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白月に涙叫を  作者: 弐村 葉月
七章 影と真実
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―脱出―

——数分前。


「はー……で? これなんなんだ?」


ソートの森中腹。夜空色の巨大なドームが広がる冬景色の森林の中に、グリムは居た。側には数人の掲剣騎士の姿もある。鍵乙女により突然巫女が連れ出され、かと思ったら今度はソートの森方面から自然ではない光と衝撃がコルストにまで伝わり、異常を察知した掲剣騎士がグリムを連れてここまできたのだった。グリムはグリムでメルシアが居なくなった事もあり昼寝でも、とソファに横になったところを起こされており、その赤い瞳は何処か寝惚け眼だ。


「はっ! どうやらこれはなんらかの術により形成された強力な結界である、との事です」


グリムの問いに傍らの騎士が一名はきはきと答えるが、グリムとしてはその答えに点数をやれない。


「いや……んなこた見りゃわかんだろーがよ……」


と、言うことである。眠いので面倒くさそうに呟くグリムが怒ったと勘違いしたのか、慌てて騎士が言葉を足した。


「鍵乙女様と従盾騎士様及び巫女様の三名の帰還も報告されておらず、恐らくはこの結界の中に閉じ込められていると推測されます!また、一部検証によるとこの結界に使用されている術式は全く解読出来ない為、魔具によるものとの説も……」


「ふーん……魔具ねぇ」


教会の最上位に位置する三人が閉じ込められている、ということにはあまり心配の様子を覗かせないグリム。術に関してならメルシアの右に出る者はいないと知っているし、もし彼女が今この中に居なかったとしてもオルヴスがどうにかする。それがなくともアーノイスには烙印術がある。よって、別段心労をかける必要性を感じなかったのだ。彼が興味を引かれたのは、その兵士の後ろの報告の方。“魔具”と言えば思い出すのはたった一人。以前己を打ち負かした、生涯二人目の男——クオンである。そいつが関わっている、となればグリムも手を出す事に吝かではない。徐に、彼は結界に手を伸ばした。


「——っ痛!」


指先が暗黒へ触れた瞬間、まるで異物を弾き飛ばすように電気のような衝撃が走り、彼の指を退けた。指先から少しだけ煙が上がる。


「へぇ……面白ぇ。お前ら、ちょっと退いてな」


にやり、と口角を釣り上げ、ぞんざいな台詞で周囲に待機している掲剣騎士達を下がらせ、業炎と共に紅き槍をその手に呼び出した。


「お、お待ちくださいグリム様! 中には鍵乙女様達も——」


「うるせぇ。あいつらこんなんでどうにかなるタマかよ。いいから下がってな。じゃねぇと……」


もうグリムは騎士が退くのを待たない。全身から立ち上る焔が彼を包む。


「消し炭になんぜ!!」


踏み込む、火の球。あまりの熱に大気を焦がしながら、それは地表に落ちてくる隕石の如く燃え盛りながら夜空へと走る。暗黒はいとも簡単に破れた。






雨の中で、メルシアは一人立ち尽くしていた。草木の一本もない荒野にただ一人、そこはアーノイスらが閉じ込められたのと同じ結界の中だというのに、彼女の周囲には“影”が居なかった。それもその筈、彼女はこの結界の中に閉じ込められると同時にあの鏡の起こす術に対する防護術を自らに施していたのだから。それ故に、今の彼女は先程に引き続き成人した女性のものだった。


「“魂の鏡スペコルマニアイム”まで持っているとは……あれは確かムーゴの何処かに消えたとの話だったと思うのだが。奴等はトレジャーハンターか何かか?」


逃がしてしまったエトアールの亡霊の事をつらつらと悪態を吐きながら、メルシアは周囲を見渡しながら思考を巡らせる。この結界の中にアーノイスとオルヴスが閉じ込められているのは既に霊覚知覚により察知ずみだ。本来なら高濃度の魔具の霊気に包まれている為霊覚による探知は正確さにかけるが、そこは千年の時を生きてきた時紡ぎの魔女である。魔具の霊気だけを選別して知覚から除外する術を唱える事など朝飯前も良いところだ。となれば後は何かしらの霊術によりこの空間を破るのが手っ取り早いのだが。


「……ふむ。やはり外の様子まではわからんか」


そう。内部の状況は何とか分かるとしても外までは霊覚が広げられなかった。そもそも、隣に居た筈のアーノイスとオルヴスが別の場所へ飛ばされている事からしても、今メルシアの立っているこの大地が先程までは雪原だった本物の地面の上とは限らない。また、頭は今曇天を向いているがそれが本当に外の空の方向なのかもわからない。さらには結界の境界が何処かも、だ。魔具により造られているこの結界を破るには相当の威力のある攻撃を叩きこまなければならない事は必然で、もしも今メルシアが攻撃を放ったとして、その余波がコルストもしくはソートの森に居る誰かに当たりでもしたら眼もあてられない。


「うむ。やはりアーノイス達と合流すべきか」


本来ならば今すぐにでもこの結界から逃げ出すべきなのだろうが、そうも言ってられない。アーノイスの烙印術ならば周囲への被害なく魂の鏡のみを“閉じる”事も結界のみを“開く”事も出来る。でなくとも呪印交霊を持つオルヴスに魔具自体の霊力を喰らってもらえばいい。と、そこまで考え、メルシアは踏み出しかけていた足を止めた。


「む……?」


彼女の霊覚が鋭敏に、結界の霊気の乱れとその波を感じ取った。誰かが結界の中で暴れたか、もしくは外部から——。

だがしかしその思索は完了する前に撃ち消された。突如として魔具により造られた風景を焼き焦がした炎の塊の出現によって。


「ふぇっ!?」


情けない悲鳴を上げながら、メルシアは反射的に空へ跳び上がった。彼女の周囲には外部からの攻撃に対して自動的に防御する術式が既に組まれているのだが、あまりの火球の勢いに回避したのだ。そんな彼女の真下一歩手前、元彼女が立っていた地面のほんのすれすれで、その火球が解け、中から赤髪の青年が顔を覗かせた。


「ん? おお! メルシアじゃねーか。ビンゴビンゴ」


槍を肩に乗せ、その上に両腕を乗せる格好になり、グリムは満面の笑みを浮かべた。数秒、状況を読み取るのに時間のかかったメルシアだったが、空間にぽっかりと空いた焼け焦げた穴とグリムとを数度見、空から降りて、同時ににっかりと笑う青年の頭頂部をはたいた。


「痛ぇっ!」


「ば、馬鹿者! こんな力技で魔具に突っ込んでくる馬鹿が何処にいるんだ馬鹿が! 危うく燃やされるとこだったぞこの馬鹿!」


腕を組み、目を吊り上げながらうずくまるグリムを叱りつけるその様はまるで姉のようだ。普段とは違う姿が故に余計に様になっている。


「おいおいなんだよ。助けに来てやったのにそんなに馬鹿馬鹿言うなよな。俺様へこんじゃうぜ」


「うっ……あ、す、すまん……びっくりして、その」


助けにきた、とのグリムの言葉にメルシアも叩いた事に罪悪感が芽生え--


「ま、俺も魔具ぶっ壊すのみ興味あってきただけなんだけどなー」


「ぐっ……ちょ、ちょっとは心配とかしたらどうなんだ!」


なかった。


「いや、お前に限ってそらねーだろ」


「うぐぐぐぐぐ」


いつもの戯れを見せる二人。この場においてさしたる緊張感がお互いに存在していないのは流石と言うべきか否か。反論の次の手が浮かばなず唸るメルシアだったが、やがて深呼吸して冷静さを取り戻した。


「まあいい……出口は出来たんだ。とっととこの結界を壊してしまおう」


彼女の懸念していた攻撃の方向を考える必要はなくなった。グリムが突き破ってきた穴から外に出て外郭を吹き飛ばせばそれでいい。


「結界を決壊させるってかー?」


「……うわぁ」


「うぉぉおい! んな冷めた眼で見てんじゃねぇええ!」


今は馬鹿は放っておこう。

そう心内で愚痴て、メルシアは些か早足で結界の外へ出るのだった。

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