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白月に涙叫を  作者: 弐村 葉月
七章 影と真実
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―報復者―

動いたのはどちらからか、力の均衡が崩れると同時に互いに数発の剣撃と拳打をぶつけ、距離を取る。


「貴様と戦う事も吝かではない、が……今は“依頼”を受けている最中なのでな。そこのノラルの姫君を回収に来ただけだ。邪魔しないでもらおうか?」


それまで呆気に取られ微動だに出来ていなかったココとクルスが驚いて、クオンを見た。彼女に彼の仮面の男との面識はない。しかし、彼は彼女の、ノラル国王女という肩書を知っていた。


「ほう。姫君、ですか。それはそれは大変な事を知ってしまいましたねぇ」


そうは言うものの、オルヴスに動揺や焦燥は全く見られない。むしろ幸運だという顔をしていた。


「それはそうと……」


クオンの首が巡り、地表へと向く。仮面をしているせいで目線はわからないが、アーノイスは、彼が自分を見ているのだと気付いた。


「よくもまあ強くなったものだ鍵乙女殿? 我の存在を事前に感知してくるばかりでなく烙印術の“心唱”までしてくるとはな」


「……」


愉快だ。そう言わんばかりに嬉々とした口調で語るクオンに、彼女は答えを返さない。ただ黙って、射抜くような眼で見返しているだけ――ではなかった。


『ディエ・オフェロア』


返答は確かにあった。だがそれは、声ではない言葉で綴られた、魂による詠唱。九つの光球が瞬時にクオンの斜め上空を囲む。かつて遭遇したフェルに向けたものより小さいものの、それぞれ九つの光条となった全てを閉じる光がクオンを襲った。一本で当たれば体に風穴が生まれるだろうそれを、クオンは瞬時に没して回避する。

それを見越していたのか、アーノイスは右手を、その先の光糸を己の左前方へと伸ばし、躍らせた。見事にクオンの移動先へ糸は向かったものの、舞う五閃は地面と木々とを切り刻むだけで、彼に傷一つ着けずに避けられる。


「これはこれは……どうしてなかなか。強いではないか鍵乙女。正直、侮っていたよ」


「強くなるわよ。私は、貴方達を絶対に許さないから。貴方達さえ居なければあの子が死ぬこともなかった。だから!」


叫び、先程よりも速く、アーノイスは右手を動かす。逃がさない。そう目標を睨み、先程は見えなかった速度の動きを見極めようと霊気を高めて、クオンを囲むよう光糸を暴れさせる。だが、その行動が完了する事はなかった。不意に、彼女は頭上に襲いかかるプレッシャー。ただ後一つ、光糸へと繋がるその右手を握れば標的を細切れに出来るというのに、直上の重圧がそれを押し止めて、彼女の体を反転させる。視界に映るは白い輝きを放つ流星。速いだとかそんな事を思うよりも速く、それは彼女の眼前へ迫って視界を覆い尽くしていた。音速ですら見切る今のアーノイスの視力を持ってしても、それは上回っていた。

眼前が、暗転する。同時に巻き起こる爆発のような衝撃音と余波が巻き起こす突風。吹き飛ばされそうになるアーノイスであったが、肩に回された何かに、支えられた。


「戦う時は常に周囲にも気を配って居なければなりませんよ? アノ様」


粉塵の隙間からオルヴスの声が彼女に届く。晴れて行く視界を確認すれば、アーノイスを支えるオルヴスと、片方の手で止められている白く光る流星――クルスの姿が見えた。


「にしても、わざわざ攻撃を仕掛けてくるとは、ね。それもアノ様を標的にするとは……覚悟はよろしいのですか?」


「事情が変わった。我らはそこの仮面の男人と共にノラルへと帰らせてもらう」


オルヴスの返答はなかった。既に彼は聞いたのだ。覚悟はいいのか、と。それを過ぎて尚語る必要性は、彼の中にはなかった。

鮮血が飛ぶ。オルヴスの手がそれまで留めているだけだったクルスの纏う光を突き破り、その鼻っ柱に指を突き刺したのだ。痛みに身を引こうとするクルス。だがオルヴスはそれを許さず、もう一息指を突き立てると共に振り上げた。アーノイスを抱いた手を引き寄せ、体を半回転させて後方へとクルスを投げ飛ばす。背後から迫って来ていたクオンに、天馬の巨躯が襲いかかった。それを受け止め勢いを殺す為止まるクオン。しかし、それが誤算であった。


鋼の処女アイアンメイデン


響き渡るはメルシアの心唱。足元への霊気の流れを感じ取ったクオンは瞬時にクルスの首根っこを掴み、その背に乗るココごと飛び上る。と、一瞬遅れて深雪の大地から、周辺の針葉樹よりも遥かに巨大な鉄の棘が無数に突き出し生えた。後少し遅ければ串刺しだった、そんな事を思う間もなく、彼は辺りが暗い事を感知して上空を見上げた。そこには、地べたの針山と同じ棘の森が、一枚のこれまた巨大な鉄板に生えて今まさに彼らを押しつぶし貫通せんと落ちてくる所であった。仮面で隠れていないクオンの口元が歪な頬笑みを形作る。この状況を楽しんでいるのか、他の何かか。どちらにせよその微笑は鉄板に叩き潰された。


「……言った筈だエトアールの亡霊。借りは必ず返すとな」


いつの間にか上空に飛び上り、その姿を童女から成熟した女性のものへと変えていたメルシアが吐き捨てるかの如く呟く。琥珀色の瞳には、鋼の処女の鉄板に刻まれた天使のようなレリーフが、冷たく写っていた。


「借り、か。こんなもので良かったのか? 時紡ぎの魔女よ」


二枚の鋼鉄の間からクオンの声が発せられ、天使が割れる。何故、何をしたのかわからないが、突如として鋼の処女は爆散し、破片が霊気として煌めき消えて行った。

手には一本の赤銅色のハルバート。彼のこれまでの戦闘からすれば間違いなく魔具であろう。さらに足元にはクルスとココが横倒しになっていたが、クオンも含め全員が無傷であった。


「鍵乙女に従盾騎士に巫女……そうそうたる顔ぶれとの面会は非常に心惹かれるのだが、我も暇に飽かせているわけではないのでな」


酷薄な笑みを浮かべて、クオンはハルバートをいつもの歪にしまうと同時に、一本の刃を引きずりだした。それは、ともすれば赤黒い色をした剣に見える。いや、事実そうなのだが、一般的に剣と呼ばれるものとはある一点が決定的に違っていた。柄がないのだ。その身は刀身のみで構成された両刃の剣、刃そのもの。故にクオンはその刃を指でつまむような形で持ち、異様なその姿と血にしか見えない色が、それの異常性を認知させる。


「無理よ。もうここは隔絶の結界の中。烙印術を持たない貴方に抜け出す事は出来ないわ」


そう言ったのはアーノイスであった。再び標的を見据えて右手を翳す。逃げ出す事は不可能であり、さらには従盾騎士に巫女の存在と、傍から見れば絶望的と言えない状況。アーノイスらにしてみれば好機と言えたが、それでもクオンは何処か余裕を感じさせる態度を崩さなかった。


「そうだな。だが、我もそれなりに準備はしてきているのだよ」


何を言っているのか、そうアーノイスは思っていたが、オルヴス、メルシアの両名は緊張をより張りつめていた。烙印術がそう易々と敗れるとは思わないが、根拠もなしにクオンがそんな妄言を吐く相手だとも思えなかったのだ。

無造作に、クオンは血色の刃をダーツでも放つかのよう軽く投げた。三人は身構えたが、それは明らかに狙いが外れており、また速度も脅威にはなり得そうにないものであった。真っ直ぐに、刃は虚空を突き進み、そして、隔絶の光壁に“突き刺さった”。


「応えろ。“報復者(アンサラー)”」


クオンが言霊を吐く。それに呼応し、刃が震え淡く光を帯びた。耳鳴りのような甲高い音が激しく辺りを震わせ、そして。

薄氷が砕けるかのように、隔絶の壁が散った。


「嘘……」


「馬鹿なっ。鍵乙女の烙印術だぞ、破れるわけが」


「成る程、やってくれます」


三者三様の反応を見せる。共通している呆気に取られたという表情をクオンは愉しむように見下しながら、手招きで刃を自らの手元へ戻した。

その様を目線で追う三人。その六つの瞳がさらに、何時の間にかクオンの手に現れていた手鏡を捉えた。淵の材質は黒金だろうか、艶のある漆黒で渦を巻きながら鏡の部分を囲んでいる。その鏡面は一目には普通の鏡だが、よくよく覗き込めば鏡なのに何も映していない事がわかった。


「ユレアには感謝せねばな。こうも簡単に事が運ぶとは」


零れ落ちるように、鏡がクオンの手から捨てられる。宙を回りながら落ちるそれがアーノイスらへ向いた、その瞬間。周囲全てが暗黒へと塗り替えられた。

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