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白月に涙叫を  作者: 弐村 葉月
一章 鍵と盾
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―フェル―

「そういえばグリム。セパンタでフェルと戦ったそうですね?」


「あ? なんで知ってんだよ。まー俺様にかかれば小物だったが、街の警備団やただの掲剣騎士クァイターにゃ荷が重そうだったからな。腹ごなし程度に――」


グリムが合流し、教会へと進路を変える一行。オルヴスは騎手を、アノは幌の中、グリムは「鍛錬の一環!」と馬車に併走していた。


「ご丁寧にアノ様の事を吹聴したそうですね」


「ああー……そんな事もあったっけか……」


山道を抜けて野道を進む三人。何もない原っぱに続く、人々の足跡が作った路がただ一本、地平線の彼方へと続いている。


「そのせいでトラブルを被りました。大司祭様にご報告しておきますね」


「ちょっ待てよー、わざわざ親父に言い付けるこたぁねぇだろ。フェルっていう化物の襲来に怯える無辜の民草に、一筋の希望を与えてやっただけだぜ?」


「駄目よ。そのせいで騒ぎになっちゃったんだから」


「そういう事です」


冷たい二人の言葉にがっくりと肩を落とすグリム。年頃の少年に有りがちなように、彼は父親である大司祭との折り合いがよくなかった。本来ならば司祭の後を継ぐべく教会にて信官となるのが通例であるのに、本人は現在掲剣騎士の一員として、オルヴスとアーノイスの二人に先んじて門の元へと赴き、道中の危険その他を排除、探知を目的とした任についている事からもわかる。

掲剣騎士とは、アヴェンシス教会の庇護の下に人々を守る為に剣を掲げる騎士たちの事である。本来はそれぞれの街や村の教会に駐在し、その街をフェルから守る事を役目としている。グリムは形だけは掲剣騎士となっているが、前述の通りの仕事をしているので、普通とは違う扱いの場にあるが、教団の構成員には変わりない。それを総括しているのが彼の父親である大司祭となっていた。


「ったく……あの糞親父、俺がなんか小さなミスしても付け込んでここぞとばかりに説教喰らわすからな。やってらんねーっつーの」


「……まあ、あの件はグリムだけのせいではないのですが」


「ん? 何か言ったかー?」


「いいえ何も――ん? グリム、止まってください」


雑談の最中、ふと前方を見たオルヴスがある事に気づき馬車を止める。何事かとアーノイスも幌から顔を覗かせた。


「どうかした? オルヴス」


「女の子、ですかね」


す、とオルヴスが道の先を指さす。そこには一人の藤色の髪をした童女が何をするでもなく立ち尽くしていた。


「こんなとこであんな小さい子一人何してんのかねぇ。ちょっくら聞いて来るわ」


「いってらっしゃいロリコン」


真っ先に近づいて行こうとしたグリムの出鼻をアーノイスがくじく。突然の言われようにグリムが思わず地面に突っかかり振り向いた。


「あのな姫様? 俺は別に幼女趣味じゃないの。幼女にコンプレックスとか持ってないから」


「何言ってるのよ。メルシアにいっつも引っ付かれてるじゃない」


「ばっ、あれは幼女とかそういう次元の人間じゃないだろが!」


メルシアというのは教会にいる、ある少女の事だが今は割愛。


二人がくだらない言いあいをしているのを余所に、オルヴスが未だ棒立ちのままの少女に近づいて寄っていった。


「あっ、オルヴスの奴……なあ、あいつの方がロリコンっぽくないか?」


「オルヴスをあんたと一緒にしないで」


「はいはい……いつもながらゾッコンですこと」


そんな二人を尻目に、オルヴスは少女の眼の前で屈み、目線を合わせて話す。


「一人で何をしているのかな?」


「あのねー、待ってるの」


少女は突然現れた青年にも怖気づく様子もなく、朗らかな笑顔を浮かべて応えた。


「待ってるって誰を? お母さんかお父さんかい?」


オルヴスの言葉に首を左右に振って否定する。


「んーんー。鍵乙女さまがね、近くにいるらしいって、そんちょーさんが言ってたから」


それを聞き、オルヴスは怪訝な表情を浮かべた。

そこへ、言い合いを終えたのかグリムとアーノイスもやってくる。


「んで? なんだってオルヴスさんよ」


「あ! 鍵乙女さまだ!」


オルヴスがグリムの問いに答える前に、少女がアーノイスの方へ駆け寄る。突然の事に少々驚いたアーノイスだったが、無垢な少女の笑顔を見、柔らかな笑みを浮かべて膝を折った。


「えっと……どうしたの? 確かに、鍵乙女は私だけど……よくわかったわね」


「写真で見たの。おとーさんが、新聞を見せて『これが新しい鍵乙女様だよ』って教えてくれたの。うわー、写真で見るよりもっと綺麗ー」


「あ、ありがとう……」


忌憚ない子供の賛辞に照れるアーノイス。そんな事はどうでもいいグリムは、先程から何か考え事をしているようなオルヴスの方へ声を掛ける。


「で? 結局何だったんだ?」


「さぁ……僕もまだ聞き損ねていまして」


思索に更けるのをやめてグリムの問いに答えると、オルヴスはもう一度少女の側へと行く。


「お嬢さんお名前は?」


「ユレアだよ」


「ユレアちゃんか。いい名前だね。ユレアちゃんは何で鍵乙女様を待っていたのかな?」


そう、今度は核心を突いた質問をする。すると、少女は表情を曇らせて少し俯き答えた。


「村の近くにフェルがたくさん居て、危ないから鍵乙女様に助けてもらおうと思って」


答えを受けて、二人の表情が険しくなる。残りの一人たるグリムは嬉々として自分の拳を鳴らす。


「フェル、ね。よっしゃ、ここは一つ俺様がちゃちゃっと片付けてやろうかね。嬢ちゃん任せな。フェルの百匹や二百匹、マッハで消し炭にしてやんよ」


「あははっ、マッハってなーに?」


「マッハってのはな、すっげー速ぇって事だ」


「すっげーはえぇ……?」


グリムが少女と戯れている間に、アーノイスがオルヴスに話しかける。


「ねぇ、オルヴス……」


続きを言い淀むアーノイス。それを見てオルヴスは肩を竦めて見せた。


「アノ様が行かれると仰るのであれば行きますよ。グリムも居ますし、フェルならばそれほど時間はかからないでしょうから」


「うん。行きましょう……あんまりこういう事に首を突っ込むのはよくないのは、わかってるんだけど」


鍵乙女は門を開閉するのが何よりの、唯一の使命である。故に、このような小事――と言っては当事者に悪いが――に一々構わず、旅を優先するのが第一だ。その為に教会も掲剣騎士を各地に派遣しているのだから。


「村の近くに出ている、とわかっていて見過ごせる筈ありませんからね」


しかし、アーノイスがそれを常に適応出来るような人間ではないと、オルヴスはわかっていた。

自分も行くと伝えるべく、彼女は少女の元に向かう。


「……それに、少々気になる事もありますし、ね」


それを見つめていたオルヴスの呟きは、誰の耳に届くでもなく風に溶けていった。

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