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白月に涙叫を  作者: 弐村 葉月
七章 影と真実
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―幻獣―

アーノイスとオルヴスが教会に着くと、そこは物々しい雰囲気に包まれていた。

いつもであれば礼拝堂に行き来する人々で賑わっている前庭も、今は信者と思しき人々の姿は無く、騎士団の甲冑に身を包んだ掲剣騎士団ばかり。ここコルストは霊峰アングァストを挟んでとある国と国境を隔てており、千年もの昔から領地を巡っての小競り合いが絶えないと言われる場所で、この地に設置されている教会というのも、数多くの掲剣騎士を擁している。

とはいえ、世界の平和と安寧を謳う教会が大々的に兵力を保持している事をアピールするわけには行かないので、騎士団は全て地下に匿われており、普段甲冑姿で表に出てくるなど居ても数人程度なのだが、今回は前庭を十数人もの騎士が慌ただしく動いていた。まるで、すぐ近くに強大なフェルでも現れたのではないかと思われる程だ。


「グリム。これは一体何事ですか?」


あちらこちらに走り回る掲剣騎士達の中からグリムを見つけ出したオルヴスが、馬を降りて彼に近づく。


「どうやら街近くの林ん中に幻獣が見つかったらしくてよ。どうにもそれがノラルのとこにしか住んでない奴らしくてな。まあ、幻獣と言やぁノラルだからな」


ノラルというのが前述のアヴェンシスと小競り合いを続けている国の名前である。霊峰と海峡を挟んで向こう側の気候は冷帯であるものの雪は中々降らず、生物が棲みやすい環境となっている。そこから生まれた生物の多様性は、他の地ではそうそうお目にかかれない“幻獣”と呼ばれる生き物達の巨大生息地を作り上げた。幻獣は他の動物とは一線を画す霊力と各種能力を備えた存在だ。故に人にとって、ときにはフェルと同等の危険度を持つ個体もいるという。それが、ここコルストの付近に現れたとの話だ。


「ということは山を越えてきた迷子か――」


「ノラルからの密偵その他ってとこね」


オルヴスの出した推測の後をアーノイスが引き継ぐ形で口を開く。


「場所はどこ?」


続き、アーノイスはグリムに向かって質問をぶつける。どうやら自ら行く気満々らしい。オルヴスもオルヴスで何処かの宿か教会の中に籠っていても仕方がない――それ以上に彼女が言い出したら聞かない――と思って、別段止めはしなかった。


「あーソートの森の中だって言ってたっけな。オルヴスが許すんなら行ってくりゃいんじゃね? 俺は幻獣にゃ興味ないからパスだし」


「俺らとしても行って来てくれるって言うんなら止めねーよ? だって面倒そうだし」


やる気なさげなグリムの言葉に続き、もう一人男の声がアーノイス達の会話に混ざる。ヘイズの街より先んじてコルストへ来ていたバーンであった。


「いいのかよバーンさんよ? こういう化物相手は翳刃騎士が専門だろ」


いきなり割って入ってきたバーンにも、いつもの調子で話かけるグリム。


「んなこと言ったってよ。誰かさんの訓練に付き合ったせいでうちの貴重な戦力一人と一匹がグロッキーなんだぜ? ガガとアンナに任せてもいいけどよ。仕事にゃ現場監督人が必要なのよ。それって俺じゃん? 俺は今後顧の憂いなく寝なきゃなんないんだよね。気分的にさ」


彼の言葉にバーンは気だるげな笑い方をしながら答えた。職務を全うする気はおろか、一にも二にも気力が足りていない。


「鍵乙女様が行くってんなら従盾騎士サマも行くんだろ? なら俺達の出る幕じゃねーわな」


グリムと似たような事を言うバーンの台詞に、オルヴスは肩を竦めた。この二人と違ってオルヴスは一応任務については真面目である。ことアーノイスの盾となる事にのみと言えるが。


何にせよ、オルヴスとしては護衛対象たるアーノイスが行くと言うなら着いて行くしかないわけで。結果、動向の決定権はアーノイスに委ねられオルヴスとバーン、そしてついでにグリムが彼女の一言を待つべく視線を向けた。


「それじゃあオルヴス。悪いけど付き合ってもらえるかしら? 大丈夫。貴方にだけ仕事を押し付けたりしないから」


答えは予想通りというか予定調和というか。グリムはやはり関心薄そうに、バーンは口笛を吹いて早々に教会の敷地を出て行く。


「言うと思いましたよ。ですがくれぐれも油断なさらないでくださいね。修業したとはいえ、アノ様の実戦経験はそこらの掲剣騎士より下なんですから」


オルヴスもオルヴスで特に嫌そうな顔はせず、いつもの笑みで了解の意を述べた。尾ひれに“師匠”としてのお小言付きではあったが。


「肝に銘じておくわ。じゃ、詳しい事聞きに行きましょ」


オルヴスに忠告に素直に頷くと、二人は近くの掲剣騎士を捕まえて例の幻獣についての詳しい情報を求める。そうしてアーノイスとオルヴスの二人は旅の休息もそこそこに、コルストの北西、ソートの森へ、向かうことにした。

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