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白月に涙叫を  作者: 弐村 葉月
七章 影と真実
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―閃―

雲海を突き抜けて、グリムは目標とする霊気の方向へと向かう。“こういう細かい事は苦手”と自評するグリムだが、それは平時の場合の話であり、戦闘という彼自身が心から望むことに関して言えば、その能力は例外ではない。戦闘中でもなく、ただそこに在るだけの二つの微弱な霊気を――とりわけ一つを―敏感に感じ取っていた。

片方は漆黒、もう片方は純白な雰囲気だと、グリムは思う。無論、黒がオルヴスで白がアーノイスである。以前メルシアにそんな感じの話をしたら自分は深紅だと彼女に言われたのを覚えていた。


「めっけ」


空を駆けてすぐに、彼は目標を見定める。通常であれば点でも見えないような距離ではあるが、霊覚による知覚は視覚などよりも遥かに正確で早いというよりはラグがない。向こうはこちらに気づいているだろうか、との考えがグリムの頭を過るが、彼はすぐに考える事を止めた。気づいていない筈がない。白い方はともかく黒い方はそんな安穏としていない。そう思い直すというか強引に結論付けて、グリムは槍を振り翳した。






一代の馬車が雪原を歩んでいく。荷車の屋根にもそれを引く馬の頭にもそれを御する騎手の肩にも、白い雪が降り積もっている。辺り一面の銀世界に加えて、徐々に風景の一部に溶け込んでしまいそうだ。いつものように馬を引くオルヴスは、冷帯に属するここコルスト周辺の気孔に合わせ、いつものカッターシャツとベルボトムの上に黒いロングコートを羽織っていた。その所為か、全身が黒ずくめであり少々不穏な空気を持っているように見えなくもない。

ふと、オルヴスは馬車の歩みを止めた。す、と顔を上げて灰色の雲に覆われた空を見つめる。旅の道中に間々起こる一つのお約束事の如く飛来しつつある赤く感じる霊気に、やれやれといった呆れといつも通りだなという安定感を抱いていた。


「アノ様――」


少し行ってきます。

そう続けるつもりだった言葉は、突然肩にかかった柔らかな力強さに押し止められた。


「オルヴス。ちょっと、肩、借りるわね」


続き、オルヴスの右肩に少し固い靴の感触と圧力。力のかかったのと反対の方向に視線を向ければ、曇天にも雪景色にも負けずに光る水色の髪と純白の衣装に身を包んだ少女が矢の如く宙に放たれていた。






「いっ!?」


グリムは驚愕した。振り上げた槍の先端に火炎を纏わせ、後は空を蹴って目標目掛けて突貫するだけであったというのに。万が一にも、その目標では無い方の霊気がわざわざ飛び込んでくるとは思わなかったからだ。雪にも負けない白さを放つ存在が彼に向けて飛んでくる。空気の抵抗を受け流すように下げられた両手の先からは、目には見えないが五本ずつ、計十本の糸のようなものがはためている。

どうしたものか――そんな事を考える暇も与えず、彼女、アーノイスは動いた。左の腕が大ぶりにグリム目掛けて振るわれる。個々に角度をずらして伸ばされた五指から伸びる不可視の線が、それぞれにグリムを狙った。攻撃されたならば防ぐしかない。グリムは穂先に火炎を纏わせたままで五本の煌めきを撃ち払った。が、見た目に反し糸の弾く力は凄まじく、グリムの体勢が大きく崩れた。大した質量もそこまでの速度もあったとは思えない攻撃の思わぬ威力に、グリムは驚愕を隠せない。それが隙だった。グリムの戦闘に際し鋭敏化した霊覚が、アーノイスの姿を捉える。それは彼の頭上そして背後。アーノイスはグリムに目掛けて開いていた左の掌を、その指先から伸びる五本の閃を握り閉じた。あの線はヤバい、とほぼ直感で理解したグリムは距離を離すも糸の範囲は長く、五つの先端とおぼしき辺りを槍で弾いて、結果先程よりも巨大な衝撃を受けて地表へと落とされた。


「――っの野郎! おいおいおいおい姫様よぉ! いきなり何のつもりだ!」


高空から叩き落とされたとはいえ、その程度で手傷を負うようなグリムではなく、普段の自分の事を棚に上げ、空から静かに降りてくるアーノイスに向けて怒号を飛ばした。


「ごめんなさいねグリム。少しオルヴスに鍛えてもらったから、貴方にどこまで通じるか試してみたかったのよ」


地上に降りて、アーノイスはもう戦意はないとの意味を含めた頬笑みを浮かべて返答する。いまいち状況の呑み込めないグリムが後ろに居た馬上のオルヴスに助け舟を求める視線を配った。


「すみません。決してけしかけたわけではないのですが……止める暇もなく行かれてしまったもので」


いつもの役柄を奪われてしまった事とアーノイスを止められたなかった事に苦笑いを浮かべながら、オルヴスは弁明する。グリムとしては色々と言いたい事や聞きたい事があったが、蒸し返しても仕方ないと大きく息を吐いてから話題を変えた。


「ったく、何かと思ったけどよ。さっきの技は悪くなかったな。まあ相手が俺様だから何とかなったが、間違いなく初見殺しにゃなるだろな」


事戦闘に関してなら興味というかほぼ全神経を傾ける彼らしく、珍しく饒舌になるグリム。アーノイスもアーノイスで、以前までは戦いなどとは少し一歩引いて居た筈だったのに、少し身を乗りだすようにして彼の批評を聞いていた。放っておけば“もう一戦”と洒落込みそうになる気がして、オルヴスはそんな二人の間に割って入った。


「戦闘談義はそのくらいにして、一先ずコルストに入りませんか? 雲行きも怪しいですし、一降りくるかもしれませんから」


確かに、街の外の雪原でするような話ではないと、アーノイスとグリムも納得して、アーノイスは再び馬車の中へ。グリムは先んじてコルストの教会に行くと告げて飛んで行った。馬を再び走らせ、見えなくなりつつあるグリムの背中を眺めながら、オルヴスが口を開く。


「アノ様。いくら相手がグリムだとわかっていたからといきなり飛び出して行くのは無しですよ?」


「だって……貴方以外と戦った事無かったから、自分がどれくらい強くなったのか知りたかったのよ」


オルヴスの台詞に幌の中から顔を出したアーノイスが、叱られてしゅんとなった子供のような眼をして答えた。その眼の色には幾分かの仄暗くも確かに宿る意志の光が見え隠れしていたので、オルヴスもそれ以上の小言は口にしなかった。


「アノ様には世鍵がある。その力は如何な霊呪術よりも高位の力です。扱いにさえ気をつければ、大抵の相手に引けは取りませんよ」


仕方ないなと幼子をあやすような優しい笑顔の中に厳しさを混ぜた声でオルヴスは告げる。


「本当なら、貴方には戦っていただきたくないのですけどね」


そして、付け足しのように呟かれる本音。声量も確かに小さかったが、全く聞こえない程ではない。それでもアーノイスはその呟きにわざと言葉を返さず、再び幌の中へとその身を隠すのだった。

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