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白月に涙叫を  作者: 弐村 葉月
六章 記憶と悲嘆
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懺悔と祝詞

ギティア大陸東の寒村、レラ。四方を標高低めの山に囲まれた自然豊かな村であるそこは、世界には有り触れた場所の一つではあるのだが、ただ唯一、その他の村とは一線を画するものがあった。

「門」である。初代鍵乙女が最初につくったのがこのレラの門だと言われている。故に、レラは「始まりの場所」と称される事もある、教会にとっては神聖な村だった。その為、人口はさほどではないもののレラの村は活気に満ち、人々が自然の中に身を委ねて生きる事の出来る、いわば安住の地であった。しかし、昨夜までは。


今、レラの村には二人の少年少女しかいない。彼ら以外の人間はおろか、家畜や野良猫一匹、草木の一本すらなかった。一夜の内に、千人程の人間その他ただ一つの命も残さず消え去ってしまった村は虚構そのもののよう。


そんな、死んでしまった村を二人は歩いて回っていた。全部の民家を訪ね、生存者が居ないかを捜索していたのだ。チアキは今朝目覚めてから調子の悪そうなアーノイスに休んでいるよう提案したのだが、彼女はそれを断った。彼女とて、昨夜に起きた事態が尋常ならざる事だと察していたからである。


しかしながら、そんな二人の賢明な行動も徒労に終わった。探せば探す程に見つかるのはゲル状の死骸、溶け崩れた人の成れの果てばかり。その無残さはアーノイスが思わず吐気を催してしまう程であったが、今は何とか耐え、二人して死骸の片付けをしていた。「死者をこのままにしておくのは可哀想だ」とのアーノイスの弁である。出来る限り飛散しないよう丁寧に

集め、村の中心部にチアキがこさえた巨大な墓穴へ葬っていく。そんな作業を二人は陽が暮れるまで延々と続けていた。






小枝の爆ぜる小気味良い音と共にいくつかの火の粉が宙に舞いそして夜の闇に溶けていく。

その光景がまるで魂が天に昇っていく様子に見えて、アーノイスは思わず膝を抱える手に力を込めていた。目の前には小さな焚き火、その向こうには無数の人だったもの達の亡骸が放られている穴。こういうのを送り火とでも言えるのだろうか、そんな事をアーノイスは考えていた。


「はい、どうぞ」


そんな少女の目の前に、湯気を立たせる暖かなカップが差し出された。声の主は無論チアキだった。



「ありがとう」


仄かに甘く香る紅茶を受け取るアーノイス。チアキもその横の地べたに腰を降ろす。時はもう既に夜で、日の欠片も見えないのに、彼女らの周りの家々はただ一つの明かりも灯していない。夜という暗闇がより一層、村に漂っている死の匂いを濃くしているようだ。


「ねぇ、チアキ」


沈黙を破り、アーノイスが口を開くもすぐに二の句は告げなかった。村の雰囲気がそうさせるのか、安易に言葉を発してはいけない気がしていたのだ。そんな彼女の心情を読み取ってか、少年はおもむろに立ち上がり、焚き火の方へ数歩だけ近付き口を開いた。


「これからどうしようか。待っていれば救助はいずれ来ると思うけれど……こっちからロロハルロントに向かう事が出来ないわけじゃない。山をいくつか越えないといけないけど、ね」


言葉を受けてアーノイスは思う。

ここに留まるか、向かうか。この村を出て行くのは無論一人では無理だが、チアキが一緒ならば大丈夫だろう。しかし彼にかかる負担が大きい。彼女は一人では何も出来ないからだ。でなければ救助が来るまでこの村で過ごすか。幸い、食糧は昼間チアキが探した所何とかなるようだ。自分に生活力があるとはアーノイス自身全く思っていないが、祖国ロロハルロントまで行くよりは何とかなるかもしれない。


「救助は……来る、わよね?」


待つのならば唯一の懸念がそれだ。しかし、それは杞憂だとチアキが首を振る。


「それは問題ないよ。教会かロロハルロントか、どちらかが必ず来るから」


世界で唯一の存在たる鍵乙女であり、大国第一王女たるアーノイス。ここレラに至るまでも最大限の警戒と万全な体制を持ってこのまで来ているのだ。時間がかかるかもしれないが、それでも救助隊が送られてこないなんて事はない。


「そ、っか……ごめんねチアキ」


チアキの返答に納得の意を示したアーノイスは次に謝罪した。もしも自分にロロハルロントまで徒歩で行けるような能力があれば、すぐにでも此処を出る事が出来た、そう思っているのだ。そんな彼女に、チアキは落ち込んだ声音で語り始めた。


「見たかい? 村の惨状を」


突然の話題の切り返しに少々動揺しながらも、アーノイスは肯と答える。尚も少年は続けた。


「全く惨い事をするよね。一晩の間に女子供、人間畜生果ては植物まで一切の容赦なく殺してしまうなんて。彼らには、何の罪もない筈なのに。本当、酷い事を」


台詞の割には憤慨も悲哀も感じさせない口調に、アーノイスは一抹の不安感を募らせる。彼の言葉はまるで本の一文でも口にしているようだったから。


「……それなのに、どうして。僕は生かされているのかな」


小さく、か細い震えた声が途切れると共に少年の体は支えを失ったかの如く力が抜け、膝立ちになる。アーノイスは慌てて、彼の側に駆け寄りその肩に触れた。


「ど、どうしたのよチアキ。ほらしっかりして--」


少女は言葉を失った。力無く項垂れ、虚ろに開き切った彼の双眸から二筋の雫が流れている。


「僕の、所為なんだ。僕の、僕が……こんな!」


絶望と悔恨の叫びを上げながら、チアキは自らの胸部を「破り捨て」た。飛び散る服の切れ端と肉片に噴き出す鮮血。アーノイスは始めて見る血の色に慄くより先に、血に塗れた彼の指が再び傷口に向かわぬような半ば飛びかかる。


「なにしてるのよチアキ! 馬鹿な事はやめて!」


「僕がこんなものに呑み込まれたりしなかったら、皆、みんな死ぬ事なんてなかった。僕が、僕が殺したんだ……僕は、ただ、守りたいって、だから力が要るんだって、だからっ」


いけない。とアーノイスは咄嗟に思った。何がとか何故とかの疑問や細事が入り込む隙はそこにはなく、ただ彼女は少年がそれ以上の言葉を発する事のないよう掻き抱く。


「安らぎあれ。終焉の果てに祝の始まりを。安寧の場にて安穏を待て。汝らの(イノチ)に幸あらん事を」


そのまま、アーノイスは鍵乙女の祝詞を唄った。意味も起源もよく知らない。けれどそれは、その言葉の響きに惹かれ、少女が最初に覚えた祈りの言霊であった。

ただただ、自分の腕の中の少年が哀しみに蝕まれてしまわないよう、少女は繰り返す。


「汝らの(イノチ)に幸あらん事を」

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