―強く―
暗いな。とアーノイスは思った。瞼は開いている筈なのに一切の光が見えない。全身にかかる重力とそれに付随して伝わる柔らかく滑らかな感触から、自分がベッドに横になっているらしい事は把握した。
ともすれば、眼の辺りにも何か感触を掴み、彼女は恐る恐る自分の目があるであろう辺りに両手を持っていく。手が伝えたのは少し固い布地の感触で、それが包帯である事がわかる。そこでようやく、自分の視界が閉ざされている理由を理解した。
「お目覚めですかアノ様」
ドアが開く音がして、足音と共にオルヴスの声がアーノイスの届く。
「どうですか。まだ何処か痛みますか?」
続いて彼はそう問い、問われてアーノイスは全身を動かすように身じろぎした。全体的に鉛が張り付いたような重いが、痛みはない。
「大丈夫……みたいね」
一瞬、自分の身体に感覚が通ってないだけなのではと妙な杞憂が彼女を襲ったが、大丈夫と彼女は答えた。
「此処は?」
見えるわけではないが、オルヴスの気配がする方向へ首を向けて問う。本当なら半身くらいは起こしたかったのだが、まるで力が入らなかったのだ。
「……リシェーナさんの御宅です」
答えに窮して間のある返答だったが、アーノイスもそこにつっかかるような事はしない。ただ静かに、そう、とだけ呟いて唇を噛んだ。薄いその皮膚が切れるくらいには力が篭っている筈だったが、そうはならない。アーノイス自身が思っている以上に、彼女の身体は衰弱しているようだった。
「お食事の類いは食べられそうですか? あれから三日経ちますからね。そろそろ何か口にしないとお体に障ります」
いつもの調子でさらりと告げられたオルヴスの言葉に、アーノイスが驚愕を露わにする。眼も見開かれているのだろうが、包帯のせいで見えはしなかった。
「み、三日も? 嘘……」
驚きを隠せないアーノイスにオルヴスは事実である事を告げる。
「教会への連絡も済ませてあります。この先の事もありますから、アノ様が全快なさるまでこちらに逗留する心算です」
続いてそう報告する彼に、アーノイスは嘆息だけで答えた。
沈黙が流れる。その間にオルヴスはベッドの脇に置いておいた水の張った桶からタオルを取り出し、絞ってアーノイスの額のものと取り替えた。冷たいおしぼりの感覚にほんの一瞬肩を縮めるアーノイス。
その一連の動作の後、オルヴスは手持ち無沙汰な様子でベッド隣に持ってきていた椅子に腰掛ける。そんな彼の動きを気配で察知したか、静かにアーノイスは口を開いた。
「何度目かしらね。このシチュエーション」
オルヴスに話しかけているのか己へ向けて独白しているのか、どちらでもあるような声音で彼女は続ける。
「術を使って倒れて貴方に運ばれて、貴方に介抱されて、目が覚めてやっぱり貴方が側に居て。ああでも、包帯巻かれてるのははじめてかしら……」
若干矢継ぎ早に紡がれる言葉は、終わり際になるほどに震えがまじっていた。込み上げる感情を必死になって抑えているようだった。
「オルヴス……私っ」
布団の中に隠れていた両腕が、額の上のタオルを掴み握り締め、既に隠れている両の眼を覆うように押し付けられる。
言葉を紡ごうとするも嗚咽が混じって上手くいっていない。強く握られたタオルから水が染み出して包帯を濡らしていった。止めどなく、泣いているようにも見える。
「私、強く……なりたい……っ! もう誰も、誰もっ、失いたくなんかない!」
震える喉が願いを捻り出す。それは、悲しみと憤りの果ての彼女なりの答えなのだろう。それを知ってか知らずか、オルヴスは何も言わず、ただ固く握られた彼女の両手を包むのだった。