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白月に涙叫を  作者: 弐村 葉月
六章 記憶と悲嘆
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少女と黒手

少女は瞳を閉じ、両腕を広げて祈を捧げていた。純白の法衣に包まれたその姿は、幼いながらも神々しく、また触れれば溶けてなくなりそうな粉雪の儚さも併せ持っていた。今まさに、彼女は儀式を執り行おうとしている。少女の眼前には古びれた門。周囲の教会やロロハルロントの騎士といった人々は取り巻いてはいるが遠巻きにだ。儀式は、これから先少女がその命尽きるその瞬間まで付き合って行く事になる責務そして一種の枷

。数多いる世界中の人々の希望。故に彼女は全身全霊を込めてこの儀式に臨んでいた。

だからなのだろうか。だから少女は、背後から迫り来る闇そのものと言えるその気配に気付くのが刹那遅れた。

はじめに聞こえたのは悲鳴の如き風切り音。続いて水瓶をひっくり返したような水音が何度も続き、さらに風切り音そして。


「やめろ! 止まれよっ!」


苦悶に満ちた少年の叫びだった。

少女は自体の異常さに恐る恐る目を開き、ゆっくりと振り返った。最初に映ったのは今にも自分の顔面を握り潰してきそうな真っ黒で指先の尖った手。その禍々しさに崩れ落ちそうになるのを、指と指の間の向こうに見えた少年の存在が留めてくれた。手は、迫ってくるように見えてぎりぎりてわ止まっているように思える。よくみれば、その元は少年の胸部から生えて、そこに少年の両手が食い込んでいた。


「チ、アキ……?」


「逃げろアノ!」


一体何があったのか、そんな事を聞く前に言葉は少年の叫びに遮られた。少しでも状況を把握しようと首を巡らせる少女の視界には、何もない。取り巻いていた人々の姿は忽然と消えて跡形もない。ただ、盛り上がった水溜りのようなものがいくつかあるなと思ったが、果たしてそれがはじめからあったのかどうか、夜が深く視界ぎ悪い事もあいまって緊張の中にいた彼女に判別がつかなかった。


徐々に徐々に、棒立ちの彼女から黒の手と少年が離れ--ようとして再び引き寄せられる。


「ぐっ……あああっ!」


出会ってから始めて聞く、少年の余裕のない声。それだけで彼女にはこれが尋常ならざる事だと言う事くらいわかったが、それでも少女はこの場から逃げ出そうという素振りは見せなかった。むしろ逆に、彼女は彼に向いて小さく一歩を踏み出した。


「なっ、何、してるんだ!」


少年の怒気が入り混じった声が響くが、少女はそれを気にしない。また一歩、二歩と踏み出し、一歩ごとにその速さをまして少女は少年の眼前までやってくる。それに対し少年も何とか体を魔の手を彼女から離すべく後ずさり、時に横に体を振られを繰り返し、それでいて尚も遠ざかる事だけを考えるが、そのうちに背中に触れる固い感触が限界を告げる。チアキの背後零距離にそびえ立つ、古びた門。


「アノ?」


少女は尚も少年の元へ歩みを進めた。

何故か、少女はここで逃げてはいけないとそう感じていた。それは、先程まで世界の人々の為にと強く願っていた現れなのか、少女は以前自分を助けてくれた彼を見捨てるような前はどうしても出来なかった。

よく見れば、少年は恐怖と焦燥に塗れた眼の色をしている事に、近づいてはじめて彼女は気づいた。未知な恐怖に怯える子供のようだと、そう思った。そんな感情が、意味も理念もわからないまま、彼女を動かす。


「大丈夫。大丈夫だから。チアキ」


少女の幼い細腕が少年の頭を包む。乳飲み子をあやすような手つきで撫でてはじめて、少女は彼が自分より背が小さい事を知った。


「アノ……」


呆然とした少年の呟き。尚も頭を撫でる小さな少女の手。いつしか黒の手の動きも収まり、静けさに辺りが包まれると共に少年が、少女がゆっくりと眼を瞑る。

それと同時に生まれた光。

その光が広がって二人を包み込んだ事を、恐らく彼女らは気づかなかっただろう。

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