―誓い―
「もうやめてよ!」
叫び声と共にアーノイスは飛び起きた。身体は汗だくで起きたばかりだというのに息が上がっている。
山小屋のベッドの上、窓から望む空はまだ夜だった。虫も鳥の声も聞こえず、深い夜だというのが経験からアーノイスにも何となくわかった。
荒い呼吸を整えて何とか落ち着きを取り戻そうとする。だが、余りにも静かな夜という環境が、夢から醒めた今でも先程の声をリフレインされるような気がして、彼女は思わず耳を塞いだ。無駄な事は分かっている。だが、恐怖が彼女をそうさせていた。そのまま、ふと気づいて小屋の中を見回す。満月の月明かりが入って来ているおかげで、室内は少しくらいなら見えた。故に、自分が眠りに着くまではそこに居た筈の存在が消えている事にすぐに気付く。
「……どこ行ったのよ」
独り暗闇で呟いてベッドを下り、小屋の出口へ向かった。本来ならそこまでで彼を踏みつけていてもおかしくはないのだが、残念ながらその感触はなかった。
ゆっくりと戸を開き外を見る。人工的な灯りなんてものは一切なく、月明かりだけがぼんやりと昼間見た外を照らして、まるで別世界のようだった。
「眠れないんですか?」
突如掛けられた声に驚いてアーノイスの身体が跳ねる。けれどその声の主がよく知っている人物の声で彼女の心に安堵が戻ってきた。それはまるで酷く久々の感覚にも思えていた。
「お、オルヴス、貴方何してるのよ。そんなところで」
声の主、オルヴスは小屋の前の階段に腰掛けている。別に手に何かを持っている様子もなく、一体全体何をしているのかアーノイスにはわからなかった。
「いえ、特に何をしていたというわけでは。アノ様こそ、大丈夫ですか? 酷いお顔をしていますよ」
言って、オルヴスはポケットから取り出したハンカチで汗の滲むアノの額を拭う。
「や、やめなさいよ。それに、酷い顔とは何よ酷いとは」
少しの間されるがままにしていたものの、恥ずかしさが勝ったのかやめさせて、オルヴスの言葉に膨れたフリをするアーノイス。
「いえ、アノ様はお美しいですよ?」
「そういう事を言ってるわけじゃ……」
反論しかけて自分の言葉が先程とちぐはぐになっている事に気づいて言葉を失う。
「それで、どうかしたんですか?」
オルヴスはそれに気づいた素振りを見せずに話を元の場所へ持って行った。アーノイスは少しの間口をつぐんでいたが、オルヴスが何も言わず見つめて待っていて、ゆっくりと口を開く。
「また、声が聞えたのよ。それだけ」
それだけ、と強がっては見たものの、オルヴスにそれは通用しない。そんな事は彼女自身熟知しているが、それでも繕わずには居られない性分なのだ。
「霊魂の声、ですか……今度教会に戻ったらその辺りについて詳しく調べてみましょう。何かいい策があるかもしれません。残念ながら僕の知識では上手い解決方法が見当たらないもので」
最近になって彼女の耳に届き始めたという声。オルヴスも詳しい所までは聞かされていないが、どうやらそれは彼女の行う儀式が原因となっている気がするとの事はアーノイス本人が以前語っていた。
「あ、ありがと……でも、いいのよ別に。そんなことまでしなくったって」
オルヴスの言葉に珍しく素直に感謝したものの、遠慮を示すアーノイス。そんな彼女に従者は首を横に振った。
「僕は貴方を守ると誓った、貴方の従盾騎士です。それが僕の使命、ですよ」
そこまで言われては押し黙るしかなく、少女は顔を背けて青年の横に腰を下ろす。
その後少しして、少女は青年の肩を借りて眠りはじめた。もう、声は聞えなくなっているようだった。