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白月に涙叫を  作者: 弐村 葉月
五章 苦痛と悲哀
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―再来―

「美しい光景ですね」


ツバリ湖の遥か上空。雲も超えたと思われる程の高度から、畔にて戯れる二人の少女を見下ろす五つの眼がそこにはあった。年端も行かぬ少年少女の一組と、その左目を眼帯で隠したメイド姿の女。言葉とは裏腹にその視線は厳しく、夜風をより一層凍りつかせるかのようだ。


「世界で最も孤独な鍵乙女。その鍵乙女とは過去に怨恨のある異種族の“友人”。感動的ですね」


淡々とした口ぶりながらも、その響きは何処か皮肉が混じり、隻眼の女性の両脇に控える少年少女の眼もまた異常なまでに冷たく見える。


「でしたら、放っておいていただけると有難いのですけどね」


その三人の背後から、青年の声がそう釘を刺した。突然背後から声を掛けられたにも関わらず、女性は特に驚いた様子もなく、自然と振り返り来訪者を迎える。


「そうですね……なんて、言うわけがないのはご存じだと思いますが。マルガ、ジェイ」


冷たい声音で、少年と少女に呼びかけ、何かを促す。名を呼ばれた二人は何処から取り出したのか、彼らの上半身程度はあろうかという鳥籠を二人で抱えていた。銀の骨組みに、隙間は黒い板で覆われて中がどうなっているのかわからない。だが、それは時折音を立てて揺れる。中で何かが暴れているのは明らかだ。正体不明のその物体を前に、青年が眉を顰めた。


「一応、主から仰せつかっておりますのでお聞き致しますが……。魔狼殿。鍵乙女アーノイス嬢と共に我らに協力するつもりはありませんか?」


空間から愛用である鎌を取り出して女はそう告げた。


「言葉による返答が必要ですか?」


態度にも口調にも、台詞通りの意味はないと誰の眼にも明らかなその状況を青年は笑う。その答えを受け、女が間髪入れず動いた。手に持った鎌を振りかざし、黒い断裂の刃を青年へ放つ。同時、籠を手にした少年と少女が地表のアーノイスとリシェーナ目掛けて飛んでいった。






「何っ……!?」


湖畔にて佇んでいたアーノイスは、突如上空から降った目に見えない圧力に天を仰いだ。一瞬遅れて、リシェーナもソロを見上げる。そこには、宙に浮かぶ二人の子供が大きな籠を二人で手にして立っていた。


「こんばんはお姉さん」


「こんばんは」


相対するのは少年と少女。発した言葉も何てことはない、可愛げのある挨拶の言葉。だが、アーノイスもリシェーナもその二人の放つ雰囲気に毒されてか、震えが隠せない。


「駄目じゃない。子供が、こんな夜更けに出歩いちゃ……」


リシェーナを庇うかのように前に数歩出て、言葉を絞り出すアーノイス。こんな夜更けに突然の来訪者。それだけで、自分を狙ってきていることくらい彼女にもわかった。


「お姉ちゃんも駄目じゃない」


そこで少女がはじめて無邪気な笑みを浮かべた。だが、それは邪気がないだけで、どこか壊れているかのような眼の色。


「そうだよ。鍵乙女、なんだから」


少年が、籠を持っていない方の手を翳す。同時、風ともつかない見えない何かが、強引に、アーノイスの背後に居た筈のリシェーナを大きく吹き飛ばした。


「きゃっ!」


「リシェーナっ!?」


少年は笑う。何が愉快なのか、アーノイスには、いや誰にも理解出来ないだろう。その少年の傍らで同じく笑う少女を除いては。


「そう、鍵乙女、だもの」


「皆と違うんだから」


要領を得ない二人の言葉を意に介さず、振り返ったアーノイスの瞳には憤怒が滲み出ていた。


「あなた達……お遊びでも許さないわよ」


ゆらり、と感情に昂ぶった霊力が彼女の髪を僅かに揺らめかせ、服に隠れた烙印を仄かに光らせる。


「マルガ、ジェイ。何をしているのですか」


二人の背後の空間が裂け、女が現れた。同時、アーノイスの前にもオルヴスが空から降り立つ。


「アノ様、ご無事ですか」


「私は。リシェーナをお願い」


それだけ言い、アーノイスはオルヴスの前に立った。その行動は予想外だったか、少しうろたえながらも彼女を引きとめようとオルヴスは踏み出したが、それをアーノイスは手で制した。


「ご友人を思うお気持ちは素晴らしいとは思いますが……その心配は無用です。鍵乙女、魔狼。あなた方二人の本当の力を見せてもらいにきたのですから」


言って、女は少年と少女に目配せする。従い、二人は手に持っていたその籠を中空へ放り投げる。重力に引かれて落ちるかと思われたそれはぴたりと不自然にも止まった。


「これは“捕魔の籠”。あまりに強過ぎる……そう、精霊と化したようなフェルを封じる為に造られた神具。『開け開けや牢獄よ。災厄もたらす命の果てよ。解いて放たれ世に還れ』」


冷たく、女が呟いたのが詠唱だったのか。籠が一人でに開かれ、中から無数の眼が外を覗いていた。それは人間のものなのだろうか。どれも瞳としての形はしているが、その色は白。白いからと言って光輝いているのではなく、まるで闇についた染みのような、そんな色。その無数の瞳がアーノイスを、オルヴスを見据える。そして、一瞬全ての瞳が閉じたかと思われた瞬間、『闇』が籠から解き放たれた。悲鳴のような音を立てながら、彼らの遥か上空で球体状をかたどる闇。徐々に形を成し、先程覗いていた瞳が次々と開かれていく。


「オ……オォ」


獣とも人とも取れない、地の底から鳴っているかのような声。少しずつその形を顕わにした時、彼らが認識したのは、醜悪な人如き顔の、集合体。いくつもの顔、それも一つ一つが人間の大きさを遥かに越えたものが、乱雑に無理矢理にくっついている。男であるとか女であるとか子供だとか赤子だとか、そんな区別はつきそうにもない。ただ、世界にある全ての色を混ぜた結果であるような黒色の肉の塊が、ヒトの顔を模しているだけとも言えるだろう。あまりに醜悪、あまりに凶悪なその姿は、今までアーノイスが見てきたどんなフェルとも似ても似つかない。


「かつて、このフェルはある小国を一夜の内に消滅させました。これが現れた大陸には未だに、様々な災厄が降り注いでいると聞きます。とはいえ、私もその力を見るのははじめてですが」


女が得物を構える。


「それでは、はじめましょうか」


「オオオオォォォオォ!」


その宣言に呼応し、異形が吠え声を上げた。

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