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白月に涙叫を  作者: 弐村 葉月
五章 苦痛と悲哀
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―リシェーナ―

少女の家は湖畔のすぐ近くだった。人魚の家だからと水底にあるわけではなく、呪術を用いてその姿を隠した木造の一軒家がツバリ湖のすぐ近くにあった。水の霊力に対して親和性の高い人魚ならではの高等な呪術の賜物である。


「バレシアナとはここヘイズの西にある小さな島の町で、僕がアノ様の従盾騎士を決める御前試合に向かう前に居た場所です。そこから船でヘイズへと行く途中にですね」


「私が船に乗せられそうになっているところを助けていただいたんです」


言って、台所から運んできた紅茶をテーブルに広げる人魚の少女。人魚とはいっても、今の姿は殆ど人間と同じ――下半身が魚の尾ではなく人と同じ二本の足になっていた。


「なんで船なんかに?」


先程の態度は何処へやら、すっかりいつもの調子に戻ったアーノイスが紅茶のカップを受け取りながら質問する。


「今はこの通り、皆様と殆ど変りませんが――」


す、と少女は自分の髪を持ち上げ、隠れていた耳を出す。それは形が人間とは違い、青白色の平たい貝殻のようでもあった。


「この通り耳の形だけは変わらないんです。当時はまだ髪も短く、人間達の間で亜人がどう見られているのかわからなかったものですから。陸に上がったとほぼ同時に人魚だとバレて、見世物にされるところだったんです」


少女は笑ってそう語るが、あまり笑えた事ではなく、彼女以外の三人は苦笑いくらいしかできない。全員分のお茶を汲み終え、自分も席に着き、今度は彼女が口を開いた。


「それで、人間が怖くなってしまって……でも、貴方に会いたくて、耳もしっかり隠れるくらいに髪を伸ばして、こうして何とか人里へと辿り着き……貴方に、会うことが出来ました」


若干涙ぐみながら、少女は語る。


「でも、それならどうして私達もいるのに出てきたの? ガガはともかく、私はどう見たって人間だし」


アーノイスがそう疑問を口にするが、少女は頬笑み、首を横に振った。


「私を救ってくださった方がご一緒しているのですから当然です」


「……随分と信頼されてるじゃない?」


言い切る少女の言葉を受けて、アーノイスはフードの下からオルヴスを睨む。本当に彼女が語る一件だけなのか未だ勘繰っているのだ。


「いや……その、僕は急いでて偶然この方を助ける形になったしまっただけですので……」


オルヴス曰く、彼女が船に乗る事を嫌がり、抵抗しているが為に船がなかなか出発しなかったので、仕方がないから無理矢理乗船させようとしている男達を黙らせただけだという。


「それでも、助けていただいた事に、私の気持ちに偽りはありません。私の名はリシェーナ。よろしければ、あなた様のお名前もお聞かせ願えませんか?」


「オルヴスです」


「オルヴス様ですか、やっと、お名前を知ることが出来ました」


再び感極まったのか、情熱的な視線でオルヴスの事を見つめはじめるリシェーナ。困り果てて愛想笑いを返すオルヴスに、興味があるのかないのか黙したままのガガ、そして複雑な表情をするアーノイス。一向に話は進んでいないようで、聞きたい事としていた、何故ここにいるのか、何の目的で、という二つはもう勝手に完結してしまった。この様子ではエトアールとの関係はまずなさそうだ。


「俺は戻ろう。バーン達に報告してくる」


それをガガも理解してか、出された茶に手も出さずに席を立つ。


「そうですね……なんだか随分とあっさりですが、案件も解決してしまいましたし」


それ以上に複雑になった気がしないでもないが、そこについては触れないオルヴス。


「もう、お帰りになられるのですか……?」


「私達はちょっとこの湖の様子を見に来ただけだから。長いしても悪いでしょう?」


ガガに続き、アーノイスも立ち上がる。問題がないとなれば元々今晩には儀式を執り行う予定だったのだ。あまり、のんびりとしている暇はない。


「そんな……折角お会いできましたのに」


「僕達は故あって旅をしていますから。すみませんが――」


オルヴスまでが立ち上がろうとした瞬間、リシェーナがその腕にしがみ付いた。


「せ、せめて今晩だけでも! お部屋ならありますから、どうか恩返しをさせてください! お願いします!」


声も腕もどこか震えて必死な様相で、悪意のないその願いに返答に窮してしまうオルヴス。アーノイスもその様子には何か思うところがあるのか、何処か哀しさか寂しさの色を覗かせた瞳を向けてた。


「……良いのではないか。報告も宿のことも任せてもらって良い」


数瞬の沈黙を破ったのはガガであった。それを皮きりに、未だ答えを出せないオルヴスに代わるかのようにアーノイスが口を開く。


「私の寝る場所もあるっていうなら、いいけれど」


「は、はい!」


「アノ様?」


「いいんじゃない? 別に。悪い子じゃなさそうだし」


涙ぐみながら破顔するリシェーナと驚きと戸惑いのないまぜになったオルヴスに、ばっさりと言って彼女は再び席に戻った。


「それじゃガガ、悪いけど……ってあれ?」


それから声を掛けようとした時には既に、ガガの姿はなかった。事の顛末を見届け、早々に戻ってしまったらしい。仕事が早いのか不作法なのか。


「まあ、いいわ。リシェーナ。私はアーノイス。一晩よろしくね」


「はい! アーノイスさん」


人魚の少女は嬉しそうに立ちあがった。

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