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白月に涙叫を  作者: 弐村 葉月
五章 苦痛と悲哀
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―ヘイズ―

ヘイズはアヴェンシスの北西に栄える港町だ。ギティア大陸と他を結ぶ玄関口として知られている。というのも、マイラでは砂漠という環境が厳しく、アヴェンシスの南にあると言われる寒村はどうにも余所者に厳しく、交易が結べそうな場所ではない。コルストは世界で最も高いとされる霊峰がある山脈に隔てられているからだ。故に、北方と西方の国々にはここヘイズが都合が良いのだ。だからこそ、ここには世界各国の様々な文化が集まり、街の様相もそれに応えるかのように多様性に富んでいる。木造とレンガと石造りの建物が混在していたり、人々の格好もこれまた様々である。統一性がないと言えばないのだが、それ故の特色がこの場所にはあった。


「ここはあれね。来る度にちょっとずつ変わってるのか、ジャメヴュを感じるわ」


「同感です。ええっと、確かバーンさん達がこちらに先に来ているとの事ですが……この『るつぼの小宿』っていうのはどこでしょうねぇ……」


活気に溢れた街中をオルヴスとアーノイスは歩いて行く。ここまで役だって貰ったラクダや特性の橇は既に教会に預け、その返却を頼んでいた。あれ程の橇ならば砂漠という過酷な環境でもすこぶる活躍しているだろうから、早めに返しておこうとのアーノイスの進言故だ。


「全くあの方々は大人しく教会にいればいいものの。どうしてわざわざ宿を取るのでしょうね」


「まあ、それは私達もだけど……」


とはいえ、アーノイスとオルヴスが教会に部屋を借りずわざわざ宿に泊まるのは、もし教会に参拝に訪れた信者に見つかった時の騒ぎを未然に回避するための意味合いを持っている。一般の人間にも鍵乙女アーノイスの姿を知られているとはいえ、自分達が普段生活しているような場にそんな重要人物がふらりと現れるとは思っていないだろうし、従盾騎士であるオルヴスの顔はそこまで広まっていない。だが、信者ともなれば流石に話は別で、オルヴスの事もよく知られてしまっているのだ。


「あ、あれですかね」


と、乱雑というかちぐはぐというか、ともかくまとまりのない町の中で、目的の宿屋の看板を下げた建物をオルヴスが見つけた。小宿と名乗る通り、まるでレンガ造りの一軒家のように見えなくもない。兎にも角にも、二人はその『るつぼの小宿』に足を運んだのだった。






「……来たか」


二人を出迎えたのは宿屋の店員、ではなく、全身を外套で覆った大男――ガガであった。入口を潜った瞬間に現れた巨漢に、アーノイスが一瞬たじろぐ。


「お久しぶりですねガガさん。バーン隊長とアンナさんはお部屋ですか?」


「バーンは昼寝だ。アンナは町を見ている」


「ああ……では貴方はお留守番というわけで」


「返す言葉もない」


ガガの案内で、二人はようやっと部屋に落ち着いた。どうやら彼がもう一部屋とっておいてくれたようだ。寡黙ではあるが気の利く男である。人は見掛けによらないとはこの事か。オルヴスとアーノイスは荷解きもそこそこに、ガガから門の様子を聴くことにした。

ヘイズの門は湖の中にある。初代鍵乙女が意図してそこに置いたのか、それとも千年という時がそれを湖の中へと隠したのかは定かではない。門を隠す巨大な湖ツバリ。その水底に門がある。町の人間には神聖な場所であるという認識が行き渡っているとともに、教会の人間によって管理されている、筈なのだが。


人魚ゼーワイフ、ですか?」


オルヴスの言葉にガガが無言で頷く。曰く、一月程前からその湖には人魚が棲み付いているとの噂があるのだという。その姿を見た者も少なくなく、人魚は夜な夜なツバリ湖を悠々と飛ぶように泳いでいるという。


「何故人魚が人里の……それも教会の関係がある場所に」


人魚は水棲の亜人である。女性単一性の種族で、人間の雄や他の亜人の雄と交わって子を産む。生まれた子が女児ならばそれは人魚だという。世界各地の海にそれは生息していると言われ、通常人間のように集団で社会を形成して生きる種族だと言われている。昔は人間とも多様な交流があったと言われるが、いつの頃からか、人魚は教会引いては鍵乙女に敵対し、その姿を人々の前に滅多に表さなくなったという。


「湖にね……。ねぇオルヴス」


「はい? アノ様」


「人魚って淡水魚なの?」


「さ、さぁ……僕も見た事はないですから」


現代の人間が人魚に対面したという話は少ない。そもそもの個体数が少ないのか減少しているのか、それとも彼女らが人間から隠れているのか。世界のどこに行こうと人間を見ないなんていう土地は恐らく早々ないのだから。この場にメルシアが居れば、何か詳しい情報が得られたかもしれないが、それはない物ねだりというものだ。


「ともかく、人魚は水霊術の扱いに長けた亜人で。尚且つ、教会とは怨恨がある。それが門の近くにいるとすれば……」


アーノイスはオルヴスが言外に言わんとしている事を悟った。そう。つい先日のようにこちらを襲ってくるエトアールの亡霊となんらかの関係があるのかもしれない。となれば戦闘になることは必至だった。


「まずは僕が様子を見て参りましょう。目撃例も妙に少ないですしもしかしたら何かの間違いかもしれませんが、念には念を入れて間違いないでしょう」


「そうね。じゃあ、行きましょうか」


「はい……え?」


言って、オルヴスよりも先に立ちあがったアーノイス。オルヴスは呆気に取られ、椅子に座ったままだ。


「先に言っておくけど、今回は一人では行かせないわよオルヴス。ここ最近なんだか貴方危なっかしいから。私も行くわ」


彼女の中では既に決定事項なのだろう。しっかりとテーブルに置いていたフードを被り直す。


「仕方ありませんねぇ……」


溜息をつき、頭を振りながらオルヴスも立ち上がった。共に行くとしても待ってもらうにしても心配は変わらない。近くに居た方が守りやすくはある、と自分を納得させていた。


「良いのか?」


成り行きを見ていたガガが口を挟む。アーノイスはもはや聞く耳を持たない様子で、オルヴスは肩を竦めた。


「同行しよう」


隊長であるバーンは眠っているし、アンナもまだ帰ってはこない。となると、彼とてもはや宿屋で待機していても暇なのだろう。


「好きになさい」


アーノイスとしてはどっちでも良いようだが。


「では、人魚様のお顔でも拝みに参りましょうか」


言って、オルヴスが先頭を務め、三人は一路ツバリ湖へと向かった。

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