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白月に涙叫を  作者: 弐村 葉月
五章 苦痛と悲哀
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―黒闇―

オルヴスの対応は実に冷ややかなものであった。男の来襲に気づいていながら、アーノイスが深く眠りにつくまで待ち、それからゆったりと外へと出てきたのだから。普段ならば、気配を察知した時点で早々に飛び出してきそうなものだが、今回に限っては実に緩慢な対応と言えるだろう。部下の報告や自分の見地からそれを想像していたクオンは正直、面食らっていた。


「遅かったじゃないか魔狼殿? よもや我の存在に気づいていなかったわけではあるまい。そうぞんざいな対応をされるとこちらとしても哀しいよ」


言外に、オルヴスの対応の甘さを非難する。やろうと思えばいつでもやれた、と。だが、オルヴスは喉の奥で押し殺した笑い声を響かせていた。


「何がおかしいのですか?」


その無礼ととれる反応に、クオンの右手後方に控えていたユレアが、常に携えている大鎌の先端を向け、殺気としか取れないような色をした視線でオルヴスを射抜く。そうしてはじめて、オルヴスはああ、と半笑いのような表情で口を開いた。


「こちらの存在を確認しておきながら術を仕掛ける準備をするでもない、殺気をぶつけてくるわけでもない。ただ霊気を垂れ流しにして『構ってくれ』なんて言ってる方々の相手をするのが億劫だっただけですよ。これでも一昨日から寝ていないのでね。少々疲れてるんですよ」


小馬鹿にしたオルヴスの態度、挑発にしか取れないその言動に、ユレアが動いた。砂の地面を蹴る、と同時にその大鎌を振るい、空間に断裂をつくり、その中に入る。亜空間へと入り、敵の間近に接近して襲いかかる、ユレアの常套手段であった。相手は己の360度どこから彼女が、彼女の持つ刃が来るのかわからず絶命する。しかし。ユレアが空間を切り裂く歪な風切り音よりも先に、まるで薄氷かガラスを砕いたような音が夜の砂漠に響き渡った。

音の場所はオルヴスのすぐ左側。無造作に突き出された彼の左腕が、空間を突き破り、亀裂と穴をつくっていた。黒とも取れない闇の中を貫く左手が強引に引き抜かれ、ひびからさらに大きな何かを無理やり引きずりだし、その何かをゴミでも投げ捨てるように5mは離れたクオンの足元へと放り投げた。


「あうっ!」


投げられたそれがうめき声を上げる。それは、先程亜空間に潜った筈のユレアであった。


「ほう。力技だけで空間の壁を破るか。ユレア、無事か?」


顎に手を当て、オルヴスを、その左手、人間のものではない、暗黒の肌と深紅の爪をした手を見つめるクオン。ユレアは短くはいと返事をし、柄を支えに立ち上がってクオンの前に出て再び鎌をオルヴスへと向ける。


「それは呪印交霊の成せる業なのか? だとしたら是非教えてもらいたいのだがな」


自分を護るように立っていたユレアを下がらせ、空間の歪みから細身の長剣を引き出し、先端をオルヴスに向けて立つクオン。対するオルヴスは変化していた左手を元に戻し、クオンと相対していた。


「さあ知りませんねぇ。知っていたとて、お教えすると思いますか? 単なる襲撃者である貴方がたなどに」


「それは、そうだな。とはいえ我は今日は戦いにだけ来たわけではない。話を聞いてもらおうか? ただし――」


クオンの姿が没する。ユレアのような特殊な術を使ったものではない。ただ単純に、己の持つ速度だ。


「戦いながら、なんてのはどうだ?」


声は、オルヴスのすぐ背後。容赦なく串刺しを狙って突き出された剣はオルヴスの服を掠る。半回転して避けたオルヴスはその勢いのまま、クオンの剣を握る手元を蹴り上げる。直撃したに見えたが、彼の手は剣を離さず、むしろその勢いを使って身体ごと宙へと舞った。それを追おうとしたオルヴスの眼前に、突如として現れる空間に亀裂と刃。ユレアであった。寸分違わぬ、息のあった連携での攻撃。だが。垂直に襲いかかる刃を青白い光を纏わせた左手がいなし、そのまま鎌の柄を掴む。右手でも鎌を掴むと、断裂から現れたユレアごと持ち上げ、その腹部を力任せに柄尻で叩きながら、その後方にいるクオンの方まで吹き飛ばした。


「ぐっ!」


「なにっ」


体勢を崩した二人の頭上に飛びあがり、眼下の二人を睨む黒眼。


「二対一。やっかいですね」


黒い瞳が捉えるは大鎌を持つユレア。空間から突然現れるその予測のしづらさを厄介と判断したのだ。薄く青白い光を纏っていただけだった両手の内、右手の掌に、黒い光りを放つ球体が出現する。無機質な悲鳴のような音を上げるそれは、一目でも尋常な物ではないとわかる。


「消えろ」


これまでに発した事のないような、低く暗い声音と共に、黒球がユレアに向けて落とされた。着弾と同時、爆発的に膨れ上がった黒球がユレアもクオンすらも包み込んだ。

攻勢を終え、砂の地面に降り立つオルヴス。その視線は、収縮しつつある黒球から目を外さない。


「良いな。その強さ。素晴らしい」


黒い塊が霧散する。台詞を述べたのは、塊を切りはらったクオン。いつ立ち位置を入れ替えたのか、ユレアを庇うような位置におり、それでも目立った外傷は見当たらなかった。


「ユレア、もう無理はするな。我が指示を出す。それまで、下がっていろ」


負傷したとは見えないが、ユレアにそう指示を飛ばすクオン。一瞬、ユレアは歯噛みするような顔を見せたが、すぐに無表情の仮面に戻り、数歩下がって裂いた空間の中に消えた。


「すまんな魔狼。どうやら、貴公を甘く見ていたようだ。そのままの姿でも、なかなかやれるではないか」


クオンが楽しげに笑みを浮かべる。対してオルヴスは呆れたような眼で愉悦を見せる男を見ていた。


「無傷とは。少々応えますねぇ。何をしたのかもわからないとあっては……やれやれ」


そう言って笑みを消し、右手を顔前に、隠すかのように添える。


「あまり長引くとアノ様を起こしてしまいかねませんからね。一つ、本腰を入れるとしましょうか」


黒い靄がオルヴスを覆い尽くす。銀黒の魔狼が、その姿を現した。

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