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白月に涙叫を  作者: 弐村 葉月
四章 焔と魔女
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―父子―

――深夜。


グリムは一人始祖教会の中をふらふらと歩いていた。別に夢遊病の気があるわけでもなく、夜中に徘徊癖があるわけでもない。今の今までメルシアの研究室に居ただけの話だ。普段教会に居る時は夜まで鍛練を繰り返しているのだが、今日はガガとの訓練の後、メルシアに連れ去られ身体検査のようなものを受けていた。霊気の乱れや身体の不調などを調べる幾つもの呪印の上に寝かされ、メルシアがそれをチェックするという、グリム本人にとっては何がどうなっているのかわからないもの。怪我の事もあると思ったのだが、メルシアはあまりそれには触れず、昼間の戦いの際に使った技を「絶対に二度と使うな」との命令だけを彼に押しつけた。思いつきで使った技に何がそんなに気にかかるのか、聞いてみたグリムだったが返答はなく、取り敢えず約束していた剣の強化だけしてもらい、その後も適当に駄弁っている内に夜になってしまったのだ。


ふとグリムは立ち止まり、自分の手を徐に握り締める。昼間のあれは彼にとっても予想外の威力があった。手法としては、ただ火霊力として返還した自らの霊力を自分の身体に再度通しただけ。いつもは己の得物に使っているものだが、媒介とするものが何もなかったので自分の身体で代用したに過ぎない。しかしながら、グリム本人が驚く程の速度と威力をそれは引き起こし、加えよようとした一撃を咄嗟に弱めなければガガがどうなっていたかもわからない。そんな強力な技を、メルシアは使うなと言う。それも見た事のないような剣幕で。


「……わっからねーなぁ」


誰よりも強くなる。母を自らの手で討ったあの日、彼女に聴かせた誓い。それをずっと彼女は応援し支えてくれている事をグリムは知っていた。何かと世話を焼く、小さな魔女。口にはしないが感謝はしている。だが、今になって彼女はそれにストップをかけた。全く持って、グリムには理解し難い。検査の結果も特に問題があるような素振りは見せなかったのに。


「そういやあいつ、笑ってなかったな」


自分と接している時は基本的にニコニコと笑っているのが、グリムのメルシアに対する印象だ。殆ど前提みたいなそれが今日は違った。それだけで何処か調子が狂う。


「やめだやめ」


そんな事を考えた矢先、グリムは頭を振った。考えるのは性に合わない。悩むのは自分の得意とする所じゃない。そう思いなおし、また自室に向けて歩を進めようとした、矢先。


「グリム。こんな時間まで何をしている」


聞きなれた声に顔を上げ、見飽きる程見てきた姿に辟易し、グリムは溜息を吐いた。


「んだよ。そうとんがるこたねぇーだろ。大司祭サマ?」


アヴェンシス教会大司祭アバン=ティレド。グリムの実父にして彼が苦手とする人物の一人だ。幼い時は幾度となく司祭としての教養を強要され続け、今では顔を突き合わせれば――でなくとも呼び出されて嫌味を言われるような素敵な仲だと、グリムは公言して憚らない。


「警備以外の騎士諸君は既に就寝の時間だ。その騎士の規範となるべき立場に居るお前が深夜徘徊などしていては、下に示しがつかん。大体だな」


はじまった。

グリムはそう思い、アバンから視線を外さないながらも、その姿を見ず、無論声も右から左へ聞き流す。長年親子をやっているだけあり、これがグリムの親父の小言への最良の行動であった。下手に口を挟めば長引き、かと言って延々と頷くのも自分自身が苛立つ。故に聞いているフリという、まあ安直な方法に落ち着くわけで。


「聞いているのかグリム!」


「あー、わーったわーったよ」


ほら終わり。

心の中でそう笑い、お決まりの返事だけ残してグリムは立ち去ろうとする。が、今回は何処か勝手が違うような気がした。そう、言う事は言ったのにアバンが彼を見つめている。言い終われば自分は忙しいんだとでもばかりに歩きだすか、何か作業をしはじめるかだというのに。アバンは何かを確かめる様な、探すような視線でグリムを見つめていた。


「……まだ何かあんのかよ」


その視線に気づいたグリムが口を開く。正直、小言はうんざりな彼だが、決まりが悪いのは気になる性分だ。


「剣は、どうした」


先程よりも幾分、押し殺した声でアバンは言った。彼が言ったその「剣」というのが、今グリムが持っている物ではない事は明らかだった。グリムの母の、アバンの妻の遺品たる大剣。それを差しているとグリムにもわかった。


「悪いな。失くしちまった」


殺し合いに負け、いずこかへ失ってしまった。自分に非がある事は、グリムとて重々承知の上だ。今回ばかりは説教を喰らう覚悟を決める。

しかし、アバンは何も言わない。グリムの言葉を受けても返答をせず、また先程みたいにグリムを見やっていた。何も言われないというのはそれはそれで居心地が悪い、がグリムはアバンが口を開くまで待った。


「……そうか」


長い沈黙の先にアバンがまず言ったのはそれだけ。どれだけの罵詈雑言を蓄積していたのかと身構えていたグリムは正直拍子抜けだった。


「傷の具合はどうだ?」


続いての言葉はグリムの身体に関する事。一体どうした、らしくない。グリムはそう思う。そればかり思って返事が思いつかず、妙な静けさが流れた。


「まあ、夜中に出歩いているくらいだからな。大きな問題はなさそうだ。翳刃騎士ガガとも訓練をしたとも聞いている」


「相変わらず耳聡いことで。つかなんだよ。用がねぇなら行っていいか? 俺はそろそろ寝たいんだよ」


適当な話題を広げて何か本題を隠している、グリムはそう直感し、この場を去ろうと切り出す。グリムはアバンのこういう、自分の本心の所を隠し通せもしないのに試みるという姿が嫌いだった。最も、その分析は当の本人ではなくメルシアのものであり、グリムはそんな細かいとこまでは知った事ではないのだが。


「ああ、そうだな。早く戻れ」


長引いたのはお前のせいだ、と言葉が頭を過ぎるがグリムはそれを飲みこみ、足早にその場を去った。


「……ゆっくり休めよ」


先程までとは打って変わった、慈愛を思わせるような声音での父の呟きは、息子に届いたかどうかはわからない。

グリムは何の素振りも見せず、少しだけ歩を緩めて自室へ向かった。

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