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白月に涙叫を  作者: 弐村 葉月
四章 焔と魔女
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―発起―

(あーあ、どーすっかな)


ガガの術により霧の中に閉じ込められたグリムは、柄にもなく頭を巡らせていた。


前回、彼と戦った時の事を思い出す。その時は、大剣に通した霊力を火霊力に変換し、振るう事で霧を払いながら戦っていた。


しかし、今回に至っては媒介となる武器がない。全力で霧ごと吹き飛ばしてもいいが、それだと教会に被害が及びかねないし、隙をつかれる事請け合いだ。


そこで、どうしようかと柄にもなく思索を巡らせていたのである。


先の敗北に、それは起因していると言って間違いない。あの時は完全に相手にペースを握られ、何一つ見切れず無様にも死にかけた。同じ轍は踏まない。


しかし、今度は対策対策と思考の袋小路。その果てにピンチ。しょーもねぇーな、とグリムは心の底で自嘲する。


剣があれば。確かに幾分か楽かはしれないが関係ない。戦場では状況を選べない。そんな事くらい、グリムとて百も承知だ。


(母さん)


今はもう失ってしまった剣の、亡き主を思い浮かべる。彼の戦いは強さは、全て彼の母親の模倣が元となっていた。剣一本だけを残して消えてしまった、自身が殺してしまった、母。

翳刃騎士として名を馳せ、並ぶ物なしとまで言わしめた教団史に残る女傑、ローラ=ティレド。

グリム=ティレドはそれに憧れた。夢見た。決意した。

彼女を無くせど、形見の剣を失おうと、揺るぎない強さへの渇望、誓い。


ならば。簡単な事。


「剣が無いなら、自分が武器になればいい」






ガガは勝利を半ば確信していた。剣持たぬ剣士等、いくら強くとも無意味だと、そう思っていた。

だが彼は、それを愚考と打ち砕く。


無数の針と巨大な槍がグリムを挟み衝突する瞬間。強烈な紅い閃光が全てを吹き飛ばした。

針と槍だけではない。ガガが隠れていた霧と全てだ。


「な、何なのっ!」


グリムの真下の地面を焦がす程の熱風が修練場全体を駆ける。


「こ、これは……!」


グリムがいつも起こすような爆炎とは明らかに異質である事、さらに、千年の時で覚えのある感覚である事をメルシアは感じ取っていた。


「思ったより、いい感じだな」


中空に浮いていたグリムがゆっくりと地面に降り立つ。その全身は紅の淡い光を帯び、周囲に熱を振りまいている。

同じ土俵に立つガガが、一瞬慄いた表情を浮かべるも、すぐに元に戻った。


「……奥の手とは。驚嘆した」


「んなもんじゃねぇよ。思い付きだ思い付き」


「思い付き、だってぇ?」


驚きの声を上げたのは、外野にいるアンナだ。それもその筈。炎を出している時のグリムは出鱈目な霊力を放出している。霊術を少しでも齧った事があるなら驚愕するレベルで、だ。しかし、彼は今それ以上の密度を持った霊力をその身に纏わせ、そのくせ紅い光以外に発現が見られない。

強大な術であればある程その現象が肥大化していくのが基本である。個人差はあるが、人が霊力を密に出来るのには上限があるからだ。

グリムの戦いは強大な霊力と特異な業を駆使した物で、これまでそんな技巧、素振りも見せなかった。それが、今この場で。驚くのも無理はない。

対してメルシアはどこか難しい顔で、半ばグリムを睨んでいるようにも見えた。だが、それに気付く者はいない。


「別に技の品評会じゃねぇんだ。あんただって本業は接近戦だろ?」


「……そうだな」


グリムの指摘にガガが薄く笑う。ガガは水霊術の使い手であると同時に、武闘家である。先程までの術の連発は彼の本質ではない。


「剣無き故、ハンデ、と思ったが。不要か」


「おいおい、気ぃ抜くなよ。思い付きで使ってみた業にしちゃあ気分がいい。加減出来ねぇかもしれないからな」


答えるように、ガガの周囲にどこからともなく霧が集まりはじめた。口元を見れば、ほんの僅かだが動いているのがわかる。詠唱しているのだった。

やがて、濃い霧がガガの姿を完全に覆い隠す頃。グリムの姿もまた忽然と消えた。遅れたのは、音と、光。変わったのは彼と彼の位置。響き渡る轟音、生じる爆発的な圧力。一瞬の内に巻き起こったそれを、把握している者はこの場にいなかった。

ただわかったのは、グリムがガガの居た場所を通り過ぎたらしい、という事と、天高く打ち上げられたガガだけだ。


「そこまでだ。グリム」


落ちるガガを柔らかな風で受け止め、床に寝かせながら、メルシアがグリムの前に経つ。いつの間にか大人の姿へとなっているが、真意の程は不明だ。


「………………」


返答はない。眼は見開かれ、何かに驚愕している様子だった。


「グリム!」


声を張り上げ、至近距離で名前を呼ぶ。流石のグリムも、意識が帰ってきたようだ。


「なっ、何だよ? あれ? つかなんでその姿」


「良いから。もう戦闘は終わりだ。帰るぞ」


勝手に場を切り上げ、強引にグリムの腕を引っ張って行くメルシア。その表情は今だに不機嫌で、何処か憂いているように見えなくもない。


「えっ? ちょ、帰るって俺の家あっち」


「ちょっと私の部屋まで来い」


「は? つーか何で怒ってんのー?」


ズルズルと引きずって行くも、途中で大義になったらしく、結局瞬間移動の術を詠唱し、修練場から去って行くのだった。

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