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白月に涙叫を  作者: 弐村 葉月
四章 焔と魔女
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―霧陣―

その後、今後の予定を聞いていなかった三人にダズホーンが事後説明をした。勝手に方針を決められていた事にマロリが反論の意を示したが、ダズホーンは聞く耳持たず、適当にあしらって何処かへと消えて行った。団長たる彼には多くの仕事があり、昼下がりのこの時間は新米のしごきに入る筈だ。


マロリも相手にしてもらえない事を悟るや、スティーゴ半ば誘拐気味に連れ去り、街へ出て行った。バーンは話が終わるや否や一番に会議室を後にして、騎士団宿舎の空き部屋を探しに。


残るメルシアとグリムも各々自室に帰ろうとしたのだが。


「手合わせ。願いたい」


外套で姿を覆い隠した大男、ガガがグリムにそう告げたのだった。

病み上がりだから、とメルシアが半ば叱り気味に止めるものの、戦う事に関してグリムが否を唱える筈もなく。彼等は第十一修練場へと足を運んでいた。


「全く……怪我がまだ治っていないんだぞ。だというのに何を考えてるんだ」


「敵はこっちの事情まで汲み取る余裕はない、ってのは戦場における定石だけどねぇ」


メルシアは当然ご立腹で、ガガの付き添いとしてきた女戦士も彼女に同意を示してはいる。


「そう思うんなら止めてくれたって良いんじゃないか? アンナ」


意見には一応同調してくれるも、本人は特に行動を起こさないアンナと呼んだ女をメルシアは睨む。


「あたしの言う事なんか聞きやしないわよ。大体グリムだってそうでしょうに」


その視線を受け流し、もう既に修練場のど真ん中で睨みあう二人の男を見やるアンナ。彼女の方へ目線を向けていたメルシアも、修練場の方へ意識を写す。

片方は任務が終わったばかり、もう片方はまだ怪我も治っていないと言うのに、こうして訓練などと信じられない。二人ともに男たちの行動の馬鹿さ加減に呆れているところは一緒だが、もはや彼等にそんな機微は伝わらない。


「言っとくけど本気でやっからな。剣ねぇからって勝たせねぇぞ」


硬く握り締めた両の拳を胸の前で打ち付け、標的である外套の男に微笑むグリム。


「……既知」


当然、そう言わんばかりに強く重い語気で返事をした男は、己の全貌を包む麻色の布の肩の辺りを引っつかんだ。はじめて布の外へと露わになるその肌の色は浅葱。それも、光沢と深い淀みのある浅葱色であった。おおよそ、人間の皮膚の色ではない。さらに指が掌の二倍の長さを持ち、切りそろえられてはいるが爪は根元まで深い紫だ。


掴んだ部分に皺を寄せていた布切れが、勢いに任せて取り払われる。全身を覆っていた外套がなくなり、ガガと呼ばれていた男の姿が日の元に晒された。


人間? 彼をはじめて見るものはまず、そう疑問符を浮かべざるを得ないだろう。肌は全て、先程垣間見えた手と同じ、黒光りする青緑色で、毛はない。まるで爬虫類の鱗に近い質感を持っている。また、さらに異形なのは肌だけではない。フードに覆われて全形がわからなかったが、その頭部はもはや人間と似てもにつかないものであった。首は人の三倍程の長さがあり、その先には人の二倍程はあろう蜥蜴の如き頭部がついているのだ。


「相変わらずイカした素顔だぜ。わざわざ隠す必要なんかねぇだろ? なぁ?」


からかう様子はなく、本心からグリムがそう言う。表も裏もない彼の事、とガガも理解しているらしく、ただ少し、その広い口の口角を僅かばかり上げただけだ。


「無理を言うな」


フードに邪魔されず修練場に響き渡る彼の声は、より一層質量を抱えているかのようだ。

長い首を左右に振り、若干の伸びを見せてから、ガガはその異様に長い指をした手を軽く握り、構えを取る。


「無駄話は嫌いだってか。ま、いいけどよ。んじゃ、はじめますか」


グリムの宣言を受け、戦闘ははじまった。同時に、ガガの姿が没する。体の端から、まるで空間に溶けていくかの如く。


「……スイ サイ リュウ ル」


修練場に、まるで染み込んで行くが如く紡がれるガガの詠唱。

姿見えぬ当人と、渦巻く霊気。常人であろうと肌で感じられ程の霊力の高まり、その中心に居て尚、グリムは微動だにしない。

目を閉じ、腕を組み、顎を引いている。何かを聞いているように見えなくもないが、その当たりは誰にもつけられない。


「なんだ? スタイル変えたのかあいつ?」


アンナがその姿を見、メルシアへと問う。グリムの戦い方と言えば、誰にいつ聞こうと、猪突猛進豪快無比で説明が付くのだが、今回ばかりは違う。

彼とガガの闘いに毎度立ち会ってるアンナが疑問を抱くのも無理はない。


「知らん。剣がないからじゃないか」


まあ、それでもいつだって頭の上に乗っている、そこが定位置となっている巫女に聞けばわかるだろうと、彼女は考えていた。

しかし、対するメルシアの返答はやけに素っ気ない。それどころか若干不機嫌であるようだ。

それもその筈。彼が戦いの中、待ちの姿勢でいるのははじめてだし、そんな戦い方を知っているとは知らされていなかった。そこに、少々不満を持っているのだ。


いつもと違う。それに関し、最も威力を受けているのは、言うまでもなく現在戦闘中のガガ本人である。

らしくない、なにを狙っている。

その逡巡が頭を支配し、詠唱しつつも次の一手へ進みあぐねていた。


「どうしたガガ。こねぇのか?」


グリムは目を閉じたまま、どこかへと身を潜めているガガへ声をかける。


「……スイ サイ リュウ ル」


返答は詠唱の一部に留まった。だが、それを聞いてグリムは笑みを浮かべる。


「相手がいつもと違うから様子見ってか? おいおい……お前は戦場で一見様お断りでもするつもりか……よっ!」


グリムの身体が半回転し、炎をまとった右手が、彼の左後方の虚空を打つ。焦熱が何かを蒸発させて煙を出す。

突き出したままで止められた拳の横で、浅葱色をした蜥蜴顔の一部が浮かんでいた。


潜映(センエイ)……見破られていたか。ならば」


その一部に、すぐさま何処かからか水滴が集まり、覆い隠す。ガガの姿は再び見えなくなった。


「スイ サイ リュウ ル……ホウ エン」


詠唱が続きを、最後の一句を交えて紡がれる。瞬間、渦巻いていた霊気が詠唱により力を発現し、周囲を深い霧に包んだ。


「潜映……霧尋(ムジン)


先程同様、その呟きもどこから発しているのか検討もつかない。






「おーい。なんかカッコつけてたけど、結局霧ん中かよ。あの中入ったら苦労するって、学ばないのかい? あいつは」


「ガガは水霊術を得意とするんだったな。まあ、覚えていたとしても閉じ込められてから思い出すだろうなグリムは」


やれやれ、と呆れ顔を隠しもしないアンナだが、メルシアの台詞に不思議そうな顔をした。

それもそうだろう。覚えているなら対策を練っておけばいいのだ。先程はそのような姿勢も見られたが、気のせいだった。

しかし、メルシアは笑い飛ばす。


「覚えておく必要がない。何故なら、何度もそれで勝って来たんだからな」






「あ、やっちまったなおい」


周囲を視界ゼロの白霧に覆われて、グリムはようやく前回 (だったかいつだったか)のガガとの決闘を思い出していた。


ガガは水霊術使い。そのフィールドに何の抵抗も無く入り混んでしまったのは、はたしてこれで何度目か。


「おーいガガさーん? 出してくんなーい?」


駄目元で聞いてみるも答えはない。当然である。

人差し指を立て、意識を軽く集中させてみる。が、何も起きない。霊力によって生み出されたこの霧の中では、術者以外の霊術が行使し辛い。その上、グリムが用いるのはこの霧を生み出した水霊術に相反する火霊術なのだ。


「……剣無き身で、どこまでやれるか。見せていただく。水玉、展乱(テンラン)


四方からこだまする声。同時に霧の中に、大小様々の大きさをした水球が幾つも出現する。それらは一箇所に留まらず、緩やかにだが法則性を持たず自由に動いていた。


「あー、剣ねぇ……」


「シッ……!」


剣、剣、とほうけて呟くグリムを無視し、水球の一つが音も無くグリムに向かって直進し、重い音を鳴らして彼の肩当てにぶち当たる。

だが、水球は割れる事無く、それどころかぶつかった肩当てをへこませ、グリムを二、三歩よろめかせた。


「おっと……いけねいけね。戦いの最中に考え事なんざぁ、俺らしからねぇよな」


崩れた体制を戻し、深呼吸するグリム。大きく息を吐き、口元を引き締め、霧中を見据えた。

そこへ、背後から先程とはまた別の水球が迫る。見向きもせずに右の裏拳で砕き、隠れるよう左下の死角から向かっていたものを踏みつけて壊した。

視界ゼロの霧の中、その上術者は霧も水球も同じであるが故、霊力の質も同じという、非常に感知しにくい状態であるのにも関わらず、だ。


「おらもっとジャンジャン来いよぉ!」


吠える赤髪の獣。


「ようやく。戻ったか」


それに霧の中から少しばかり上気した声音で答え、応じるように水球が踊り出す。

緩慢だった動きに急が入り、変則的な軌道を描き、グリムへと襲いかかった。

止め度無く、尚且つ絶妙にタイミングをずらして迫る水の鈍器をグリムは次々と叩き壊していく。動きと動きの間の必ず出来る隙を水球は確実に狙っている筈なのに、グリムはそれを強引に、動きの速度を上げる事でずらして、ガガの攻勢を退ける。


埒が明かない。彼らは同時にそう思った。

元来、少々戦闘を継続したからとへばるような体力、霊力は双方していない。故に、この攻防では終わらない。

動いたのは、ガガからだった。


「スイ バク ル リュウ……ゴウ ホン」


「いいねぇ! デケェの来いよ!」


ガガの霊力の高まりと詠唱を感じ取ったグリムが叫ぶ。今だ無数の水球に囲まれ攻撃されているが、そんな事意に介していない。


「水牙……連束(レンソク)


水球の動きが止み、数カ所に集まり融合。人の数倍はある水塊が数個出来上がる。一瞬の間を置き、塊から水流が吹き出した。

水滴集まりとは違い、強固に凝った太い水流。その先端は槍のように鋭く、各々が巨大な蛇のようにうねり、グリムの周囲を数本が渦を巻いてとり囲む。

その内の一本が地面を抉り、グリムへとその鋭利な先端を突き出した。引きつけ、大きく跳ねて交わす。宙に舞った彼を追い、さらに数本が襲いかかる、が空を蹴って避けるグリムに追いつけない。


「捻れ」


さらに上空へと逃げるグリムに、どこからかガガの言葉が届く。途端、グリムを追い昇っていた数本の水流が捩れるように集まり、一本のさらに巨大な馬上槍を型取った。


「うぉっ?」


勢いを増して天を衝く槍は、回避行動を取ったグリムの脇腹を掠り、抉る。だが、傷と呼ぶには余りに小さい。


「スイ サイ テキ ル……シン ビョウ」


一端体制を整えようと、グリムが地面へ落下する、が。


「水牙……夥尽(カジン)


無数の水の針が地面に現れ、グリムの着地を阻止した。止む無く、空中に留まる。

ガガの狙いはそこであった。


「行け……!」


地面に生えていた針が全て、中空に静止しているグリムへ放たれる。彼が避けた槍も元の数本にほどけ、各々が今度は頭上から彼にその先端を向けた。

下から降る雨と上から迫る濁流。逃げ場など、なかった。

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