―落着―
「さーて。俺も動けるようになったし、行くならとっとと行っちまおうぜ、始祖教会」
オルヴスとアーノイスが門へと向かった後、簡単に身支度を済ませたグリムとメルシアは宿を引き払って外へと出た。
丸一日寝ていたせいで体が気だるいグリムは、伸びをしたり上半身を捻ったりして筋を伸ばす。活動的な男である為、動かないというのが何より苦手なのだ。
「う、うむ……そうだな」
その隣を歩くメルシア。だが、その声音はいつもに比べ弱い。
「んだよ歯切れ悪いな。調子狂うっての」
前に立ち、腰を屈めて彼女と同じ目線になったグリムが不満そうな顔でそう言った。
「いや、その……なんだ。お前がやけにアッサリとしてるから、その……」
それから眼を逸らし、呟くメルシア。
「負けて死にかけて、ついでに形見の剣まで失くして落ち込んでる、とでも思ったか?」
淡々とそう述べるグリムの言葉に、メルシアはギリギリで音になっているような声と共に顎を引く。
だが、グリムはそんな事を気負った風もなく、鼻で笑い飛ばしていた。
「へっ。そりゃ、悔しくねぇか? ったら悔しいさ。でもな、それ以上に嬉しい。オルヴス以外にもあんなに強ぇヤツがいた。やっぱ世界ってのは広いぜ」
「お前は、またそんな……!」
そんなグリムの台詞に、メルシアはバッと顔を上げて憤りの声を上げる。
「落ち着けって。そりゃ、一昔前だったら俺もこんなんじゃなかっただろうけどさ。焦ったって仕方がない。慌てるなんて以ての外ってこった」
「私がどれだけ心配したと――わっ!」
メルシアの台詞が言い終える前に、グリムが彼女の体を軽く持ち上げて自分の両肩に乗せる。いつもはメルシアが勝手に居座る場所だ。青年が少女を突然肩車しはじめたそんな光景に、街を行く人々が一瞬眼を見張ったが、メルシアの外見は童女そのものである為、特に気にとめられる事もなかった。
「んー、やっぱお前はこの位置のが落ち着くわ。邪魔くさいけどな」
頭に乗せたメルシアを見上げ、白い歯を見せて笑うグリム。いつも自分で乗っかる時はなんとも思っていない癖に、いざ彼からやられると恥ずかしいのか、メルシアの頬は紅潮している。
「邪魔なら降ろせばいいだろ! だ、大体傷に障るだろっ……」
「はいはい暴れない暴れない。それとも何か? トイレかー?」
「違う!」
乗せたメルシアの足をしっかり両手で持ち、街の外を目指すグリム。彼女の道具を街中で堂々と使うわけにはいかない。別段秘匿性がある物でもないが、わざわざ目立つような事をする必要もないのだ。街中で術を使う人間などそうそう居ない。
「しっかしアレだな。武器が無いってのも辛いな。かと言って持ち合わせもねぇしなぁ」
それとなく武器屋は無いものかと首を巡らせるグリムだったが、流石に剣を買うほどの金は持っていない事に気付いた彼がそう漏らす。なんとなしに肩を動かしたりしてみると、いつも背負っていた重さがなく、彼としては違和感があった。
「教会に行けば掲剣騎士の支給品くらいもらえるはずだ」
メルシアはメルシアで、いきなり担ぎあげられて抵抗を見せていたものの、観念したのかやはりこの位置が落ち着くのか、いつもの調子に戻っている。
「あー……あれかぁ、脆いんだよなぁ」
メルシアの提案に、教会から掲剣騎士へ与えられる両刃の剣を思い浮かべるグリム。昔、少し使っていた時期があったが、取り敢えず数合わせの為に簡素に造られているそれらの剣は、一般の騎士が使うには申し分ないが、グリム程となると一、二三合で刃こぼれまたは折損、彼得意の火炎を使った時には溶けてしまう事もままあった。故に、グリムとしては武器として不満しか残っていない。それに、普段軽々と大剣を振り回すグリムからしたら、あれは軽過ぎた。
「折れるわ溶けるわでなぁ……」
「剣、もらったら私が術かけてやろう。そうすれば大丈夫だ。お前の鎧だって溶けたりしてないだろ」
「お、マジで? それは助かる」
グリムが身につけている肩当てと胴当てと膝当て。それらは教会から支給されたものであるが、剣同様に彼の力に耐えきれないという事で、メルシアが特別に術を施して強化したものであった。とはいえ、先の戦闘で肩当ても胴当ても壊されてしまっているのだが。
因みに、砕けた右肩と貫かれた跡が残る胴当てを眼にした人々が、奇異の視線を度々二人に送っているのだが、どっちも気付いていない。
そんな会話をしている内に二人は街の外へと出た。
「じゃ、いいか? 行くぞ?」
「おう」
グリムの頭上でメルシアがガラス玉を取り出し、詠唱する。玉から眩いばかりの光が溢れだし、二人を包んで空の彼方へと飛んで行った。