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白月に涙叫を  作者: 弐村 葉月
四章 焔と魔女
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―形見―

「あー……痛ぇ……久々だぜこんなん」


「表面はともかく中まではまだ完治してないんだ。それなのにあんなに叫んだりするから」


「仕方ねぇだろー? お姫様がいきなり変な勘違いしやがるからよぉ」


「うっ、うるさいわね!」


「まあまあ落ち着いて。ともかく意識が戻って何より……ですが、現状を説明しましょう」


目覚めたばかりでまだ状況がよく掴めていないグリムに、オルヴスが説明をする。

ここはマイラの宿屋であること。そこに着いた途端、メルシアと傷を負ったグリムが突然現れた事。昨日、門への襲撃者が現れた事。


「あのガラス玉は合流する為のものだったのね」


グリム達が現れた際、光を放ち砕け散ったあの玉。


「そうさ。まだ試作品だったけどな。術を刻んだアレを二つ用意して、それに霊力を込めるだけで瞬間移動出来るようになってる。もっとも、一回ごとに駄目になってしまうけどなー」


アーノイスの言葉にメルシアが説明する。その状況を見ていないオルヴスと、玉の事自体知らないグリムは少々理解出来ないが、まあ、メルシアがそうだと言うならそうだろうと、安直な納得をしていた。


「まあ、何個か作っといたから……全員に渡しておこう。これとこれが、アーノイスとオルヴスのだ」


ローブの中からごそごそと件のガラス玉を取り出すメルシア。二人にそれを渡し、もう一つ取り出してグリムに渡した。


「使い方はこれに霊力を込めるだけ。ほんのちょっとでいいからな」


「これはどこに飛んでいくので?」


ガラス玉を見ながら、オルヴスが問う。


「それは教会に飛んでくようになってる。アーノイスのは私が持ってる奴の方にな。どれくらいのものを移動させられるかはまだ実験してないが……そうだな、十人くらいの人間なら余裕だろう」


そう説明をするメルシアに、グリムが怪訝な顔をした。


「おいおい。教会に行けるの持ってたんなら何で教会に飛ばなかったんだ? オルヴス達がどこに居たかなんてわかんねぇだろ?」


「う、うむ……その……本当は教会に行くつもりだったんだが……慌ててたもので」


その言葉を聞き、アーノイスは確かに、と納得する。ガラス玉から現れた時のメルシアは殆ど錯乱していたし、グリムに至っては指一本動かせない状態だったのだ。無理もない。むしろ、そんな状態でありながら的確に呪術を施し、全身火傷に肩と、特に腹部の風穴を塞ぐ程の刀傷を治す、というのは流石は時紡ぎの魔女と言ったところか。


「それは……あれだ。俺が悪かった」


ぶっきらぼうだが、負い目を感じた声音でグリムが呟く。


「ふむ。ではグリム。いい思い出ではないでしょうが、貴方を打ち倒した敵について、お聞きしてもよろしいですか?」


押し黙るメルシアとアーノイスを尻目に、オルヴスが口を開いた。相手を気遣いながらも真っ向から聞きづらい、言い辛いだろう事を率直にぶつけるオルヴスに、グリムは苦笑混じりに、事の顛末を話し始めた。






世門に続く海岸で襲ってきた女と白いゴーレム。そしてレツァーンを目前にした海上で、オルヴスが始祖教会で相対したという女と、もう一人、クオンと名乗った男と戦い、敗れた事をグリムは淡々と告げた。彼が覚えていないところはメルシアが嫌そうにだが補足する。彼女にしてみれば、思い出したくもないのだろう。やられた当人よりも、むしろメルシアの方が辛そうに見えた。


「全く、驚いたぜ。背中から腹んとこ刺されたと思ったら、次に気付いた時にはベッドの上だ。あの剣、魔具かなんかだったんだな」


グリムの台詞にメルシアが同意を示す。あの時、クオンは魔具という言葉を確かに言っていた。


「時を止める剣に雷雲を呼び出す三叉の槍……僕の目測が正しければ、あのユレアという女性の方が持つ鎌も魔具ですからね。一つだけでも厄介だというのに、一体いくつ持っているのやら」


肩を竦めるオルヴス。と、途端にグリムが右手を握ったり開いたり、肩のところに触れたり、部屋を見回したりと忙しない妙な挙動をしはじめる。


「どうしたグリム。もしかして、まだ傷が痛むのか?」


先刻メルシアが言っていた通り、腹部の傷は治り切っていない。だというのにいきなり普通にしていろというのが無理というものかもしれない。だが、そんなメルシアの心配は杞憂だとでもいうように、グリムが笑う。


「うんにゃ。そりゃまだなんかジクジクはすっけどな。そうじゃなくてよ……剣、失くしちまったんだなと思ってな」


「あ……」


グリム以外の三人がそういえば、という顔をした。彼の武器である大剣は、あの時海に落としてしまったのだ。


「すまないグリム……私のミスだ」


落ち込むメルシアの頭をグリムが撫でた。


「気にすんなって。武器よりも命のが大切だっての」


「でも、あの剣は!」


「いいって。気にすんな」


「あの剣、何かあるの?」


声を荒げるメルシアに驚いたアーノイスが問う。メルシアは口をつぐんだが、グリムは若干困った顔をしながらも、頭を掻きながら答えた。


「あれは俺の母さんの形見なんだ」


聞いてはいけない事を聞いてしまった、とアーノイスはハッと息を飲む。


「別に気にする事ないって言ってんじゃん? 剣くらい買えばどうとでもなるしな」


沈痛な空気をどうにか払おうとグリムが笑って言う。


「俺の話しはいいよ。で、これからどーすんの? っても、オルヴスと姫様は次の門に行くんだろうけど」


「ええ。例え魔具を扱う人物が障害であろうと、関係ありません。アノ様が旅を続ける限り、邪魔は全て排除するまでです」


「オルヴス……」


淀みなく、強く意志を告げるオルヴスに、アーノイスは不安と心配の混じった瞳を向けた。彼女とて、彼を戦わせたいわけではない。戦わない方法があるのなら、それに越したことはない。そうすれば、昨晩のようにオルヴスが怪我をするという事もないのだから。


「心配は無用ですよアノ様。特に、僕の事は。ご自分の身だけ案じてください」


「そんなこと、できるわけ……」


だが、アーノイスがそんなことを言ってオルヴスがどうできるものでもない。彼女自身、鍵乙女の責務を放棄するつもりがない以上、有無を言わず襲いかかってくるような相手なら、戦うしかないからだ。それをわかっているからか、彼女の呟きはか細く消え去った。


「グリム、私達は一度教会に戻ってダズホーンと相談しよう。一応伝書は飛ばしたが、こいつで行った方が早いしな」


言って、ガラス玉を取り出す。グリムもその案に異論はなかったが、そんなにホイホイ使って良い道具なのかと疑問にも思った。まあ、メルシアが良いと言っているならそれでいいのだが。詳しい話しを聞いたところで自分にはわからない、そう考えたグリムだった。


「では、僕達はこれから学術教会に寄った後、門の開閉に向かいます。その後は予定通りヘイズの門へ」


オルヴスがそう言い、昨夜の内に話しを聞いていたアーノイスも頷く。二人は立ち上がり、部屋の扉へと向かった。


「グリム、目が覚めたからと言って無理はしないように。まだ治りかけなんですから」


「ちゃんとメルシアの言う事聞くのよ?」


「わーってるっての!」


弟にでも言って聞かせるような二人の言葉に、グリムが恥ずかしさ混じりに声を荒げる。まあそれだけの元気があれば心配ないだろう、とオルヴスとアーノイスは笑って部屋を後にするのだった。

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