―フューザー―
「……ここは」
マイラの宿屋の一室。そこに寝かされていたグリムは、灯りなく暗い室内の中で目を覚ました。室内灯も点いていないせいで、目を開けている筈なのに開けていないような、そう思える程だ。状況を確認すべく体を起こそうとしたところで、自分の左半身の妙な重さに気が付く。左腕を絡め取り、肩と左足に何か温かいものが乗っているというかしがみついているというか。左胸の辺りに当たる風で、それが呼吸であり、くっついているのが人間だとグリムは気付いた。その時点で正体はほぼ10割方わかっていたものの、取り敢えず確かめようと、右腕を重たそうに持ちあげて、一本だけ立てた人差し指に小さな火を灯す。柔らかな火の光が室内を照らした。
「やっぱお前、だよなぁ」
左腕に両手両足を使って絡み付いている少女――メルシア。その姿を見た後で、ぼんやり照らされた部屋の中を見る。出来のいい洞穴とでも称そうか。そう言っては失礼に当たるだろうが、ここが宿等とはグリムの知った事ではない。無骨な岩の壁は剥き出しで、窓もない。テーブルも直接削りだされたようで、足が床と同化している。椅子は鉄製の骨組みに、着座部にだけ綿を詰めたものだ。唯一、一つだけある出入り口と思われる扉だけが木製であった。
ともかく、ここがどこかを知りたいグリムは、メルシアを起こそうと火を消して右手を持ち上げかける――が、躊躇い、止めた。妙に心地よさそうにしているからだ。
しかしこれではどうにもならない、と若干途方に暮れた時、扉が静かに開いた。
廊下の光と共に、水色髪の女性が様子を窺うように顔だけを覗かせる。だが中は真っ暗で様子がわからないらしく、首を巡らせている。
「おー、姫様じゃねぇか。てことはなんだ? ここはアヴェンシスか?」
それを見たグリムが指から、先程より少し強めの火を出す。室内がぼんやりとした光りに包まれ、グリムとメルシアを――ベッドに横たわる一組の抱き合う男女(アーノイス視点)――照らしだした。
「お、おおおお邪魔しましたーっ!」
白い頬を耳まで真っ赤にして、アーノイスは扉をそのままに廊下へと逃げ去っていっく。理由と状況がまるで掴めないグリム。
「アノ様、お二人の様子は?」
「ぴっぴ、ぴぴぴっ!」
「?」
何だ壊れた機械のような、などとグリムがボーっとしていられたのは、ほんの一瞬。
「ぴっ、ピロートーク中だった……!」
「ちょっと待てぇぇえい!」
姿は見えないが声は聞える。壁の向こう側のアーノイスに向けて、グリムが叫んだ。宿屋中に響くと思われた声量に、件の女性の方が眼を覚ましたのか、もぞもぞと動きはじめる。
「むぅ……うるさいぞグリム」
「それはそれは……では置き手紙でもしていきましょうか?」
「う、うん。その方が、ね? 邪魔しなくていいし、うん」
「だから待てって言ってんじゃん!?」
その後、メルシアの意識が覚醒するまで、グリムは無意味にも騒ぎ立てるのだった。