焔と誓い
深夜の森。
虫たちすら眠り、風もないそんな深い夜。鬱蒼と立ち並ぶ木々は空を隠して月明かりすら通さない。そんな暗過ぎる世界の中で、少年は膝を両手を地面に付いて、嘆いていた。
一つは、自分の浅はかさに。もう一つは、自分の無力さに。
少年の濡れた視線の先、地面に転がっているのは一本の大剣。それは、少年が扱っていたものではない。彼が慕い、彼が敬い、彼が愛していた人の持ち物だった。
主を失くした大剣。それは、つい先程まで息をしているかの如く軽々と振るわれ、主に襲いかかる魔物を打ち倒し、微かに漏れる月明かりに妖しくその刀身を光らせていた。だが、その持ち主も今はもういない。
どれほどの間、少年はそうしていたのだろう。深すぎる夜にあって、時間の流れはわからない。少年は徐に立ちあがると、転がっていた大剣を手に取る。
――重い。少年はそう思った。少年は夢見ていた。いつか、この剣の持ち主のように強い存在になると。だが、目指していたモノは遥かに重たい。何の変哲もない作りのその剣は、無骨で巨大な鋼の刃。
「こんなところに居たのか。探したぞ」
声と共に、空から少女が降りてくる。暗闇に包まれた場所だというのに、白い衣装か金糸のような髪のせいか、仄かに光っているようにも見えた。
「またお前は勝手にローラの任務について行って……ダズホーンとティレドが探していたぞ」
少女はふわりと少年の前に降りてくると、少々お冠のようにそう告げた。しかし、少年は顔を上げない。それを訝しんだ少女が、彼と一緒だと思っていた人物の事を探す。が、彼の背後に広がるは黒い森ばかりで、少女が頭に描いていたような人影は露と見えない。
「おい、ローラはどうした? まさかお前を先に帰らせるなんて事はあるまい……何かあったのか?」
少女が真剣な顔つきになって少年に問う。数秒して、少年はようやく顔を上げると、先程までの悲愴な面持ちから一変、焔の色をした瞳を、その色以上に滾らせた眼で応えた。
「フェルは討った。俺が、母さんと一緒に」
「う、うむ……勝手に付いて行ったのは駄目だが、お疲れ様だ。それで、ローラは」
「今言っただろ」
少女の台詞を途中で遮るように、少年が抑揚のない声で言う。少女ですらはじめて聞く少年の酷く冷たい声音に、少女は押し黙る。
「フェルは、母さんと“一緒”に、俺が討った」
そして、続いて聞えた、先程と変わらない言葉の真意を理解して、改めて少女は言葉を失うのだった。
眼を見開いて硬直する少女の横を通り過ぎ、少年が再び大剣を引きずり歩みはじめる。少女を置いて数m程進んだところで、少年は再び足をとめた。
「メルシア」
振り向かず、少女の名を呼ぶ。彼女が踵を返す足音で、声が彼女に届いていると少年はわかった。
「俺は強くなる。誰よりも、何よりも」
「……ああ」
その言葉は、日ごろから口癖のように少年が言っているものだった。少女はよく聞いていた。だが、彼が目標としていた人物はもう。
「母さんのように、なんて言わない。母さんよりももっと、ずっと……どんな奴よりもだ」
そんなメルシアの心情を見透かすかのように、少年は言う。それは誓いだった。それを何故、今、ここで、メルシアの前で言ったのか、少年の中に答えは出ていない。だが。
決意の強さを表すかのように強く握り締めた母の大剣の柄には、熱い程の血が流れていた。