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白月に涙叫を  作者: 弐村 葉月
一章 鍵と盾
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―門―

二人は人目に付かないよう、屋敷の裏口より街の外へと出た。街を覆っている塀はオルヴスがアーノイスを抱え、一足で飛び越える。今、門から出て行ったとしても衛兵も酒に酔っていると思われる程の喧騒が未だ聞えるくらいだが、念には念を入れて、だ。


「大樹は北門の道を真っ直ぐに向かうだけですね」


道の向こうは夜という事もあり、月と星の明かりだけで行き先は暗い。しかし、目標とする大樹は街から漏れる灯りで影が伺える。夜闇にさらに一層濃く浮かび上がる天まである巨大な一本の樹。空へ空へと向かって伸びるそれは、まるで道標のようにも思えた。


無言で先へ進むアーノイスとオルヴス。門での儀式に神具も魔具も必要ない。大切なのは鍵乙女という存在そのもの。言いかえれば、鍵乙女以外に門へ干渉する方法はない。


段々と細くなる街道、それが獣道のように代わり、周囲の木々が大樹が見降ろす空を隠した路をまた少し進んで、二人は「門」へと辿り着いた。


そこだけが切り抜かれたように木々も草花もない。円形に象られた広場の中央に先程影でしかなかった大樹セパンタが見える。


「本当、何度見ても驚く大きさね」


樹に近づき、もはや先が見えないセパンタを見上げるアーノイス。


「この樹は千年前、初代鍵乙女が門を創った際に共に植えた種が成長したものと言われています。千年も昔からこの場所に居たんですね」


セパンタの樹冠が今どうなっているのかは誰も知らない。頂点は既に雲を突き抜け、気球を用いたとしても見えない場所にあるのだ。


「そしてこれも、千年前造られた時からずっとここにあるのね」


そう言って、セパンタの根元すぐ近くにある巨大な壁を撫でるアーノイス。

木でもなく、石でもなく、金属でもない堅く分厚いそれは、両開きの四角い「門」。高さは5m、幅は3mといったところ。どう見ても何かの扉にしか見えないというのに、その向こうにも無論こちら側にも何もない。ただ、そこに立たされているだけの扉。霊呪術を用いて造られたその門には炎のような、水のような、風のような、何とも取れない複雑な印が模様のように浮かび上がり、厚く、堅く、冷たく不気味で、近くにいくだけで心が引き締められる清廉な空気を放っているようにも思える。


アーノイスは触れていた手を離し、五歩ほど距離を取った。今一度門を見つめてから目を閉じ、一度深呼吸をする。


「……オルヴス。はじめるわ」


「……了解しました」


アーノイスの宣言を受けてオルヴスは周囲の気配を探り、何もない事を確認してから返事した。

もう一度、鍵乙女は呼吸を整える。そして、静かに、両腕を広げた。


オルヴスは少し離れた場所でそれを見守る。周囲への探りは忘れないものの、主からは決して目を放さない。これまでも幾度と行ってきた儀式。それでも、気は抜かない、抜けない。

それほどまでに大事な事なのだ。


静かに、儀式ははじまった。


アーノイスと門、その双方から陽の光とも月の光とも取れる光が生まれ始める。ぼんやりと灯るのみだったそれは徐々に形をなし、門は印を、アーノイスはその身体から、四肢から、門と似た刻印の光を輝かせる。徐々に強くなっていく輝きが閃光となる寸前で止まり、荘厳な音を立てて門が開き始めた。

何と擦れているわけでもなく、まるでこの世界そのものと擦り合っているかのような声を上げながら門がひとりでに開く。その向こうは闇。黒い靄が蠢いている、そんな様子だった。


門が完全に開き切ると同時、その靄から幾つもの光の球が飛び出した。赤、青、緑、その他同じ色などないのではないかと思わせるほどに色とりどりに光る拳大程の球体は次から次へと「門の中」から飛び出していき、まるで何かに導かれるかの如く天へと昇りその姿を夜闇に溶かす。


空へ螺旋を描きながら昇り消えて行く光の球の出現が少なくなってくる頃、アーノイスは広げていた両腕を閉じ、胸の前で交差させる。それに反応するように突如として靄の色が黒から一切の淀みがない白へと変わった。澄み切った純白だというのにまるで眩しさを感じないそれに人が抱く感情はきっと、安堵だろう。


だがしかし、それは長続きのしない安息の光であるのかもしれない。靄が完全に白へと変わった途端。門の周囲の空気が震え、木々を揺らす。

あらゆる方向から、何かが向かってくるのをオルヴスは感じ取っていた。だが、アーノイスの儀式に毎回付き添っている彼は特別身じろぎをせず、ただずっと、自分の主の背中を見つめる。そして、大気を震わす正体が悲鳴も似た風切り音を立てて現れた。


それは黒い光球。先程の色とりどりの鮮やかなそれとは明らかに異質な光を放つ、が、明らかに違うとも言えないその球体。そして、突如現れた無数の黒い球体群は真っ直ぐに、門の向こうにある白い靄の中へと吸い込まれて行った、その瞬間。


「うっ……ああっ……!」


それまで目を閉じ、瞑想していたアーノイスが苦悶の声を上げた。交差していた両手で自分の肩を握り締め、爪を立てて唇を噛む。口元からはすぐに血が滴りはじめ、彼女の身体は何かに怯えるかのように震えていた。。

オルヴスはその様子を見、思わず飛び出しそうになるのを寸前で堪えた。ここで止めてしまっては儀式は完了しない。無数の光を空へと還す、そんな綺麗なだけの儀式ではない。それを彼も知っていた。


闇から現れる闇よりも黒い夥しい数の球体が流れて行く、凄絶な光景。先程の鮮やかな光球の螺旋など嘘のよう。


黒い球体の集合が勢いを増すごとに彼女の震えは酷くなり、遂には膝を着く。まるでそれが合図とでもなって、黒球はその襲来を止まった。

震える両腕を無理やり動かすようにアーノイスが胸の前で両手を組むと、「門」は大きな音を立てて閉じる。


と同時、なんとか膝支えられていた少女の身体は糸が切れたように崩れ落ちた。


「頑張りましたね……アノ」


地面に落ちる前にオルヴスが受け止め、頬笑みかける。アーノイスは目を瞑り、既に気を失っていた。

肩と膝に腕を回してその身体を抱きかかえるオルヴス。門は儀式の前と同じように、異質な空気を放ちながらも静かに佇んでいる。


血が滲む唇を自分の服の裾で拭い、オルヴスは抜けだして来た屋敷に戻るべく歩き始めた。

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