―双子―
――マイラ西。ムーゴ砂漠、街の姿が霞んで見える程に離れた場所。そこには巨大な石造りのドーム状の建物があった。
建物といってもそれは、かまくらのような形を巨大な岩を削ってつくったかのような場所で、天井の一部に大きな孔があり、入口は一つで街の方向を向いている。
そこが、マイラの門のある場所だった。
中へと足を踏み入れるオルヴス。ドームの中は日差しを遮り熱風の通りも制限されている為か、もしくは門が放つ霊気の為か、ひんやりと涼しい大気が覆っている。天井は見上げる程に高い場所にあり、広さも500m直径はあると思われた。
普段の昼間ならば、旅人が避暑と休憩の為に立ち寄りそうな場所であるが、今のこの場所に人影はない。そもそもこの場所には常に数人の掲剣騎士が駐在して門の警護に当たっているのだ。部外者がそうそう立ち入る事は許されない。
しかし、今回オルヴスは一人足りとも騎士の姿を見なかった。いつもなら入り口の所に最低は二人は居て、検問をしているのだが。さらに始祖教会からの先遣隊の姿も見えない。砂漠という環境で砂嵐にでもあえば遭難する事もあるかもしれないが、ここ数日にそんな天気があったとは聞いていない。そもそも、掲剣騎士がこの場所への路を間違えるとも思えない。距離があるとはいえ迷う程街から離れているわけではないのだ。
そんな不穏な状況に気を張りながら、オルヴスはドームの中央にある門に向って進んでいく。門以外には何もない砂地。だというのに、オルヴスはどこか血の匂いの残滓を感じていた。騎士たちの不在及びその感覚に従うならば答えは――。
門の直前まで進んだオルヴス。その真上が丁度ドーム唯一の天窓であり、青天から光が注いでいる。オルヴスが上を見ると同時。その光が、翳った。
咄嗟に飛び退き、影から身を引くオルヴス。そこに落ちる、3m程の雑な形をした塊状の物体が砂を巻き上げた。
「あーん、外れちゃったー。ざーんねん。ねー?」
「ねー」
門裏手から二人の少年少女が、塊状の物体を挟んで出てくる。砂色の髪をしたよくにた双子。少女と思われる方が髪が長く、藍色の揃いの衣装がスカートであり少年はハーフパンツ。そのくらいの違いしかオルヴスにはわからない。霊気を探るも二つの存在から認知できる匂いは全く同一のものだった。
「でもこのお兄さんは少し遊んでくれそうだよマルガ」
「遊んでくれそうだねジェイ」
殆ど違いのない声で交互に喋る子供たちはどちらがどちらか区別が付きづらい。と、少年――恐らくジェイと呼ばれた方――が彼の横にある塊を蹴った。
「この人たちはつまらなかったから。ねー」
「ねー」
少年が蹴った場所が時間をおいて、泥の団子が崩れるように剥がれ落ちた。黒い塊。そう思っていたオルヴスだったがその認識を改めた。黒ではなく、赤過ぎる色。鼻を吐く異臭はまるで屠殺場のような血肉の腐臭。そして、その塊を形成していたのは土や砂や鉄などの無機物ではなく。五体どころか十にも分割された人間の体だった。それも一人分や二人分ではない。十人程の頭らしきものが塊には無造作に無理矢理に詰められている。もはや原型という言葉が思い浮かばない程に千切り散られたそれらは、よくは見えない物の鎧や剣が砕けた形で混ざっているようにも見える。
「いやはや……グロテスクですねぇ……」
アーノイスを連れてこなくてよかった、とオルヴスは改めて思った。繊細な彼女にこんな凄惨な光景を見せるのは忍びない。
「お兄ちゃんすごいね。何考えてるか全然わからないよ!」
どうしたものか、と思索を巡らせていたオルヴスに、今度は少女と思われる声が話し掛けた。
「どういう意味でしょう?」
「駄目だよ! 秘密なんだ!」
次は少年。何が秘密なのか、気になる所ではあるが、要領を得ない双子の話を無視し、オルヴスは口を開いた。
「……その死体は貴方たちが?」
「「うん、そうだよ!」」
問いには二つの声がステレオで応える。嫌に快活な返事にオルヴスは眉を顰めた。
「無駄な気はしますが……何故?」
「この人たちは悪い人たちだから」
「だから僕達が教えてあげたの」
「「そうするよう言われたから」」
迷いなく笑ってそう応える双子に、オルヴスは嘆息する。教会の掲剣騎士をこの子供二人がやった事についてはそこまで疑問を抱かなかった。
「それは誰に言われたので?」
「それは言えないよ。言っちゃ駄目って言われたもん。ねー?」
「ねー!」
話にならない。そう、オルヴスが思った、その時だった。
「「うん……悪い人。お兄さんも、悪い人なんだよね?」」
双子の声音が代わり、霊力が溢れだすのが感じられ、二人の間にあった騎士たちの残骸で組まれた塊状が音もなく宙に浮く。
「悪人ですか、そうですね。素直にさっき聞いた誰かを教えてくれれば、優しく対応してあげる事も吝かではないのですが」
答えは無言。代わりに、塊がオルヴスに向かって飛び出して来た。身を逸らして躱すオルヴス。しかし避けた背後で塊は突如として砕け、バラバラになった騎士たちや鎧や剣の破片がオルヴスに向かって襲いかかった。風切り音と共に次々と襲いかかっては裂っし、さらに細かな礫となって迫りくる破片達。ドームの空間を逃げ回りそれらを避ける。勢いが余りぶつかった破片は、それが肉であれば飛散して壁や砂地に赤黒い痕を残し、鎧や剣であれば容赦なく砕く。
「やれやれ……死者を武器にするなど。教育がなってませんね」
「あはは! すごいすごい!」
「全然当たらないよ!」
ドームの中心で逃げ回るオルヴスを見ながら嬌声を上げる双子。術を仕掛けている様子もなければ詠唱をしている様子もない。だが破片は明らかにあの双子の意志を持って動いていた。
「異能力、ですか。納得です」
この世界には霊術呪術の一定の法則から外れた力を持った存在がたまにいる。それは時に人間であり馬や犬などの動物であり、血筋によって生まれるものもあるらしいが、それらは全て特異なもので、時に敬われ時に蔑まれ遠ざけられる。例外としてフェルだけがその異能と思える力を全ての固体が持っている。双子の力はオルヴスが見るにそんな異能のものであった。
「ならば」
回避行動をやめて地面をこれまで走っていた方向と反対に突っ張り、左手に霊光を纏わせるオルヴス。そこを隙と見た破片が迫る中、拳が砂地を叩き、天井まで届く砂塵を巻き上げた。
「うわっ!」
「見えないよぉ!」
砂煙はドームを包み込み双子もオルヴスの姿も隠す。それに気を取られ破片のコントロールを手放したらしく、ぼたぼたと地面に落ちる欠片たち。
異能はそれによって作用が違う。この双子の異能が念動力と呼べるようなものなのであれば。
「そこですね」
視界零の煙の中から双子目掛けてオルヴスが飛び出した。二人の首根っこを無造作に両手で掴み、そのままの勢いを持って彼らの背後にあった門に叩きつける。
「「うわぁあ!」」
何が起きたかもわからず悲鳴を上げる二人だったが、枷のようにしっかりと食い付いたオルヴスの手は離れない。捕まったと理解して両手で剥がそうとするもピクリともしない。
「暴れても無駄ですよ。さて、先程の質問に答えてもらいましょうか」
「だ、誰が言うもんかっ!」
完全に絞め付けられてはいないものの息苦しさのある中で、双子の内右手側、少年の方がそう言い返す。
「う、ううっ!」
それと同時に左側に捉えられていた少女がうめき声を上げた。少年が必死に横眼で見た少女の首元、そこにオルヴスの指が先程よりも深く食い込んでいる。
「マルガっ!」
「答えたくないというなら仕方ありません。二人同時に口を割らせるのは面倒ですから、片方は喋れなくしてしまいましょうか」
オルヴスの眼に虚勢の色は一切含まれていない。このまま少年が口を割らなければすぐにでも少女の首をへし折る。そんな意志が爛爛と見えた。
「うっ、あ、あ゛っ……! ジェ、イ……」
少女の声がさらに苦しそうに、空気を求めて上げられる。焦点の定まらない、助けを求めるかのような眼で、同じく捉えられてる少年の名を呼び、瞳に写す。
「……なせ」
「おや? 話す気になりましたか?」
「マルガを放せぇえっ!」
叫び声と共に爆発的に膨れ上がる少年の霊気。同時、少女を締め上げていたオルヴスの左腕が半ばから“爆ぜた”。
力の伝達を失った左手が少女の首から離れ、少女の体が砂の上に放り出させる。咳き込み、うずくまる少女の上に、オルヴスの分かたれた腕から流れる鮮血が降り注いだ。
「うわぁぁぁああぁ!」
収まらない少年の霊力が今度は彼を掴む右手ごとオルヴスの体をドームの壁まで吹き飛ばし、“力”をかけてめり込ませる。
溢れだす霊力に体を浮かせたまま、少年はその放出を納めようとしない。ドーム内に散った先程の塊と共に地面の砂や岩をも集め、先程よりも十倍はあろうかという巨大な砂塊を精製した。
「潰れろ!」
それを破片を操っていた時よりも速く、壁にめり込み磔のオルヴスに叩きつける。轟音がドームの壁の一部を砕き、オルヴスの姿を覆い隠した。