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白月に涙叫を  作者: 弐村 葉月
三章 鮮血と意志
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―学術教会―

翌日。

グリムの看病をアーノイスとメルシアに任せ、オルヴスは一人、マイラの中心部にある教会へと向かっていた。

休むように言ったものの、メルシアは徹夜で看病していたらしく眼の下にはクマをつくり、グリムは未だ眼を覚ましていなかった。「大丈夫。私は問題ない」と気丈に振る舞うメルシアではあったが、その顔は明らかに無理の色が見え始めており、アーノイスとオルヴスはそんな彼女をどうにか説得し、休ませる事に成功した。


かくして、昼頃の時間になり、ようやくオルヴスは本日第一の目的地であるマイラの教会、通称「学術教会ハコウ」へと辿り着いた。そう呼ばれるにはそれなりの理由がある。学術教会はその敷地が始祖教会に引けを取らない程に広い。しかし、始祖教会のように修練場がいくつも設けられているのではなく、大人数を収容できる豪奢な礼拝堂の他は殆どが研究施設である。砂漠という特異で未だ謎が多い土地であるここムーゴの研究の為に集まった研究者達を囲う為だ。研究者達も砂漠の旅は危険を伴うので、教会傘下の掲剣騎士の助力を得る事が経済的にも実益的にも有用であるという事実も関連している。


ともかく、オルヴスは先に到着しているだろう始祖教会からの先遣隊と面会すべく礼拝堂の奥にある騎士団の詰め所へと足を運んだ。






「おお! 従盾騎士オルヴス殿!」


詰め所に着くなり、顎髭を蓄えた恰幅の良い中年の騎士らしき人物がオルヴスに近づいてきた。


「お久しぶりですゴードン騎士長。お元気そうで何よりです」


一礼し、男に挨拶するオルヴス。ゴードンは大きな声で快活に笑うと、オルヴスを中へと招き入れた。


「いやいや、最近年のせいか体が重くなってきまして……」


言って、自分の出た腹を撫でる。


「そいつぁピザの食い過ぎでしょうよ騎士長!」


奥の席で何やら書類を書いていた掲剣騎士の若い男が半ばからかうように言う。


「がっはっはっは! そうかぁ最近どうも鎧がキツイと思ってたんだよなぁ!」


その言葉に詰め所に居た数人の騎士もゴードンも皆が大笑いをはじめた。オルヴスは取り敢えず苦笑を浮かべてその光景を眺めるにとどまる。彼はこういう雰囲気はどことなく苦手としていた。


「おお、そうだオルヴス殿。鍵乙女様は如何なさった? いつも一緒だったと思うが」


「アノ様は今晩行う儀式の為大事を取って頂いています」


「そうかそうか。まあ、こんなむさっ苦しい場所にお呼びしちゃ失礼ってもんだ!」


再び一同が爆笑をはじめた。オルヴスとしては若干その通りだなと思っている節があったが、敢えて口には出さない。


ゴードンは笑いながら詰め所の奥にある休憩所のソファをオルヴスに勧め、自身もその重そうな体を投げ出すように腰を掛けた。


「おいレイク! 従盾騎士様にビールの一つでも出さねぇか!」


大声で騎士の一人の名前を呼びそう告げる。


「え、いや僕は遠慮しておきます。これからまだ仕事がありますので」


「おお、そうか。確かに勤務中の飲酒はいけねぇやな」


「どの口でそんなこと言うんですか。全く」


と、ゴードンに呼び付けられたらしい青年がビール、ではなく冷たい麦茶を入れたコップをオルヴスとゴードンの前に置いた。


「レイク、お前は固いなぁ」


言いながらゴードンは一口にコップの中身を空にする。

ともかく要件を済ませてしまおうと口を開きかけたオルヴスだったが、隣に立つ青年が未だに自分の事を見ていたのに気付き、視線を合わせた。


「何か御用ですか?」


「ああ、いえ、その」


普段通りの対応しかしていないオルヴスに対しレイクは何か言いたげな表情をしながらもそれを言葉にしない。


「ああすみませんねぇ。こいつ今年になってマイラに飛ばされて来たんですが、恐れ多い事にガキの頃から従盾騎士になる事を夢見ていたそうで」


「ああ……」


ゴードンの説明にオルヴスは嘆息を漏らす。彼とて、過去に例を見ない突飛な事で従盾騎士に選ばれた事は自覚している。それ故に奇異の眼で見られる事も少なくなかった。ここ最近ではそういう事も減ってはきたが、今でもたまにあるのだ。


「オルヴス殿は自分と同い年ですよね?」


「いえ、貴方の歳を知らないんですが……」


オルヴスが彼の年齢を知らないのは、初対面なので当然と言えば当然だが、それに少々不服そうな顔をするレイク。いたたまれなくなって逃がした視線の先でゴードンが顎を引くのを見て、オルヴスは目線を元に戻した。


「自分は以前、先代の鍵乙女様が行った儀式を間近で見た事があります。その光景に感動し、教会の騎士団へ志願しました。そして今年ようやく掲剣騎士の新米として任に着く事が出来ました。オルヴス殿はどのようにして従盾騎士になったのですか?」


レイクのそんな台詞に、オルヴスは噴き出したくなるような、深い溜息をつきたくなるような気持ちをなんとか抑える。


「ご存じとは思いますが、僕は御前試合の優勝者であるグリムに決闘を挑み勝利した。その結果をアノ様が認めたからですよ」


「……そんな事で……」


口惜しそうにレイクが呟いた言葉をオルヴスは聞えなかったフリをした。わざわざ突っかかっても面倒になるだけだからだ。


「お話しはそれでよろしいでしょうか? ではゴードンさん。始祖教会の方から派遣された先遣隊の方々ですが――」


「待ってください」


話をやっと本題に持って行こうとしたオルヴスの言葉をレイクが遮る。ゴードンが腰を上げかけたが、目配せでオルヴスはそれを拒否した。


「……では、貴方と決闘で勝てば従盾騎士になる事が出来ると見てよろしいのですね?」


立ち上がり、オルヴスはそこではじめて笑みを消して眼の前の青年を見据える。僅かな挙動ながらも、レイクは少し身構える素振りを見せた。


「従盾騎士を決めるのは鍵乙女様です。貴方じゃない」


「おいやめねぇかレイク。確かにオルヴス殿の選ばれ方は異例だったが、それはもう認められた事だ」


「自分は認めていません」


ゴードンの忠告も聞かず、レイクは腰に差した教団の剣に手をかける。


「自分は儀式をこの目に焼き付けたその日から、いつの日か従盾騎士となるべく己を磨いてきました。騎士学校でもここマイラの訓練でも負けた事はありません。手合わせをした事はありませんが、騎士団で常勝無敗を誇るグリム殿にも引けは取らないと思っています」


「成る程……それで、僕にも勝てる。自分の方が従盾騎士にふさわしい実力を持っていると?」


「はい。ですので、少し手合わせ願いたい」


ついにオルヴスは堪えていた溜息を盛大に零した。零してしまってから、笑ってしまうよりはマシか、などとどうでもいい事を考えていた。


「残念ながら僕は今忙しいんです。貴方の戯言に付き合っている暇はない」


溜息といい台詞といい、どこか小馬鹿にしたようなオルヴスの態度にレイクは激昂し、手をかけていた剣を抜き去る。しかし、その瞬間に一つの違和感が彼を襲った。

慣れ親しんできた筈の剣が軽い。それも異様に。抜き去り突きつけた筈の剣身が、彼の視界にはなかった。


「なっ……!」


折れたのか、こんな場面で。そうレイクは歯噛みした。だが、すぐにそれが自分の思い違いであると知る事になる。


「お探しの品はこちらですか?」


声のする方――オルヴスを睨むレイク。その持ちあげた手には、剣の刀身だけが根元から無造作に折られて弄ばれていた。

不穏だった詰め所の雰囲気が一挙に驚愕の色に染まる。最も近くで見ていた筈のゴードンですら、眼を瞬いて事態の把握を測ろうと必死だった。


カラン、という無機質な何かが落ちる音が静寂を破る。それはレイクの腰元から落ちた、刀身と同じく折られた鞘の音だった。


「バカな……一体、何を……何の霊術を」


茫然自失として自分の柄だけの剣と刀身だけの剣を見やる。


「術など使っていませんよ。ただ……」


持っていた刀身を親指と、人差し指と中指との間に挟むオルヴス。


「こんな風に折っただけですよ」


そのまま、指先に力を込めるだけで刀身を真っ二つにし、床へ捨てた。

またしても虚しい落下音が部屋に響く。


「騎士学校で、ここでの訓練で負けた事が無い? ましてやグリムに引けを取らない? 笑わせないでください」


我を忘れて立ち尽くすレイクに背を向けて、オルヴスは詰め所を出て行こうとする。詰め所に居た全ての人間が何も言わず道を開けた。

出口のすぐ手前でオルヴスは振り返り、思い出したように口を開く。


「ゴードン騎士長。始祖教会からの先遣隊は今どこに?」


「あ、ああ……一度こちらに寄って、四日前に門のところに行って以来音信不通で……昨日うちのを二三人出したんですがそれも帰ってきてませんや。昨晩には戻る予定だったんですが……」


「そうですか。ありがとうございます。では失礼します」


それだけ聞き、オルヴスは詰め所を後にした。

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