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白月に涙叫を  作者: 弐村 葉月
三章 鮮血と意志
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―不安―

レツァーン近くでの、故国エトアールの襲撃者の話を聞き終え、一先ずグリムの治療をする事にしたオルヴス。

とはいっても彼は治癒術は使えない。アーノイスも同様で、結果メルシアが部屋のベッドに治癒呪印を施し、そこへグリムを運んだ。傷が深く内蔵にまで達しているが、数日安静にしていれば命は助かる。


オルヴスが宿屋の人間に掛けあってもう一部屋貸してもらい、アーノイスと二人そちらの部屋へと移った。メルシアにも休んだ方がいいと諭したが、彼女はただ頷くだけでグリムの側を離れない。アーノイスはアーノイスで烙印術の行使で旅の疲れも相まって、移った方の部屋のベッドに横になっていた。


「エトアール……ですか」


椅子に座り、思索を巡らせていたオルヴスが呟く。アーノイスが寝転がったままで首だけを彼に向けて言った。


「知ってるの? オルヴス」


「ええ、まあ。大陸の北方にある島国です。いえ、あった、と言った方が的確ですね。今から十年程前にフェルの大群に襲撃を受けて王家諸共滅んでしまったとか。ちょうどその少し前に先代の鍵乙女様が亡くなっていますから、辻褄が合わなくもない」


そうオルヴスは語る。聞いて、アーノイスは表情を曇らせた。


「……鍵乙女が居ないと、そんな事になっちゃうのね……でも、なんでその国の人達がグリムを?」


オルヴスは問いかけに少し黙し、言葉を選ぶようにしながら応える。


「以前、僕が始祖教会で会った侵入者と、今回の襲撃者及びその側に居た人物の特徴が一致します。話を聞く限りですが。それを考えると彼らの狙いは……」


言葉を切り、アーノイスの方を見つめるオルヴス。


「恐らく教会そのものでしょう。襲撃者はレツァーン引いてはそこにある世門を見たいと言ったそうです。ただの研究者か信者が、グリムやメルシアさんと戦ってまでそうするとは思えない。理由はわかりませんが、エトアールの人間が教会に対して何かをしようとしているのは間違いないかと」


となれば鍵乙女たるアーノイスの元に現れても、悪ければ襲撃に来たとしても不思議ではない。


「じゃあ……門に現れたっていうのも」


「可能性はあると思います」


アーノイスの表情が沈む。それに、オルヴスは頬笑んで見せた。


「ご安心ください。アノ様は僕が命を賭してお守りします」


それは虚勢でもなんでもない、強い意志が込められた言葉。


「うん……でも、出来れば……戦わないで」


フェルとの戦いは彼女も身を持って知っている。しかし、今回グリムを襲撃し、教会を狙っていると思われるのは紛れもなく人間なのだ。そう簡単に割り切れる事ではない。


「ともかく、今日はもう休みましょう。明日は僕がまず門の周囲の様子を見てきます。アノ様はこちらで待っていてください」


「え、なにそれ聞いてないわ」


オルヴスの言葉に驚いてアーノイスが体を起こす。オルヴスはそれに苦笑を返した。


「それはそうですよ。今はじめて言いましたから。ともかく、そういう事で。何があるかわかりませんから、アノ様はメルシアさんとグリムの看病をしてください。あ、メルシアさんの事も適度に休ませてくださいね?」


「……そうね。わかったわ。メルシアを休ませるのは骨が折れそうだけど」


アーノイスも少し笑顔を返し、二人は明日に備える事にした。






――その夜。

同じ部屋の別々のベッドで、二人は横になっていた。時は既に二時過ぎ。だというのに、オルヴスはアーノイスの方へ背を向けたまま、眼を開き虚ろに暗闇の部屋を見るともなしに眺めていた。普段から眠り自体が浅い彼だが、それでも一睡もしないなんてことは早々ない。だが、今日は寝付けなかった。

オルヴスもグリムの実力は認めている節がある。しかし、その彼が瀕死の状態になるまで追い詰められたのだ。敵の目的は教会である事は明確。細部まではわからないが、教会の実質最重要人物であるアーノイスになんらかの被害がないとは言えない。それは、鍵乙女を護る従盾騎士である彼にとってもっとも懸念すべき事項なのだ。


「……ねぇ、オルヴス」


そんな彼が起きているのを知っているのかいないのか、半ば独り言のような声音でアーノイスが声を掛ける。まだ起きているとは思わなかったオルヴスは一瞬、返事を仕掛けたが、無理矢理呑み込んだ。明日の夜には儀式をしてもらうかもしれないのだ。休んでもらわないと彼女の体に障る。そう思い、オルヴスは返事をしなかった。しかし。


「起きてるんでしょ…………もう」


黙っていれば諦めて寝るだろうと思っていたオルヴスの予定は外れ、アーノイスはベッドから降り、オルヴスの枕元に腰を下ろした。


「……どうして、戦う相手がフェルだけじゃダメなのかしらね」


命あるものに仇なす存在、フェル。古来より、人は力を合わせてその存在と戦ってきた。

いつから居るのか、何故いるのか、人々は知らないながらも、それが自分達を襲うからと、自分達を護る為に戦ってきた。


「皆、それだけで手一杯の筈なのに……なんで」


シーツが引っ張られる感触で、オルヴスはアーノイスが手を握り絞めているんだとわかった。先程まで狸寝入りをしてしまおうと考えていたのを忘れ、体を起こし、主に向き合うオルヴス。音で彼が起きたのがわかったアーノイスだが、振り向かず、自分のベッドの方向を見たままじっとしていた。


「怖いんですよ。人は。色んなものが。今の平穏がいつか失われてしまうかもしれない。そんな漠然とした不安が、人を戦わせる。今が平穏でないのなら尚更です」


オルヴスは誰に言うでもなく、ただ自分の言葉を独白する。


「不安……平穏……」


その言葉の一部を反芻し、噛み締めるアーノイス。


「やれやれ。明日の夜には儀式をするかもしれないんですよ? それなのに夜更かしして」


真面目な語り言葉をやめて、オルヴスはいつもの、尚且つどこか気楽な声音でベッドから降りた。室内灯の灯りを弱めに点ける。


「それは貴方もでしょオルヴス」


膨れて半ば拗ねたように反論するアーノイス。


「僕は大丈夫です。一月程寝なくとも死にませんから」


「そ、そこまではどうなのかしら」


会話をしながらオルヴスは荷物を漁り、マグカップを二つ取りだした。底には発熱の呪印が刻まれているもので、液体を注ぐと温めるようになっている優れ物だ。


「眠れないのでしたらホットミルクでも作りましょうか」


「……うん。お願い」


「かしこまりました」


言って、宿の弱冷の呪術がかかった貯蔵庫からミルクの瓶を取るのだった。

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