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白月に涙叫を  作者: 弐村 葉月
三章 鮮血と意志
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―エトアール―

――ギティア大陸西の果て。水恵都市マイラ。世界最大の砂漠地帯ムーゴの中央に位置する巨大なオアシスに人々が集まり、自然と出来上がって行った街だった。

砂漠という過酷な環境ながら、人が集まるのはこの地でしか取れない特産品が多くあり、それを求める人々が最初に、現在に至るまでにはこの岩と砂の世界を研究する人間が多く現れはじめたからだ。故に、マイラの街には荒涼とした周囲の風景に囲まれながらも、数多くの著名な学者が住んでおり、様々の独創的な知識や技術が集まっているとも言える場所だ。


「うー……なんかもう、全身が埃っぽい……」


オルヴスとアーノイスは砂漠を抜け、ようやくマイラの街に辿り着き、宿の部屋で一息入れようかという所であった。

大きな外套のフードの下で涙目になりながら咳き込むアーノイス。布で鼻と口も覆っているものの、少しの風で砂漠の砂は舞い上がる為、どうしても100%は防げないのだ。


「タオル濡らして来ましょうか? お風呂は零時からでないと貸し切れませんでしたので……」


少し申し訳なさそうにしながら、荷物からタオルを取り出すオルヴス。

潤沢な水が湧き出ている巨大オアシスであるとは言え、砂漠のど真ん中で水は何よりも大切なのは間違いない。水道は宿屋の部屋に通っておらず、一階の井戸から汲まなくてはならないのだ。


「ああ、うん。お願いするわ」


下手にアーノイスが動き回ると、セパンタの時のように騒ぎになってしまいかねない。ただでさえ、ここマイラは恵みや希望といったものに関する物を重宝する風潮が強い。厳しい環境だからこその心の拠所を常に求めているのだ。だから、教会の信者も多く、街にはアヴェンシスに次ぐと言われる大きさの教会も建てられている。

セパンタの二の舞はアーノイスとて御免だった。


「では、行って参りますね」


一礼して、オルヴスは部屋を出て行った。






宿屋は、というかマイラの建物は全て厚く巨大な石造りである。それは、風やそれに運ばれてくる砂、雨季に降る豪雨、昼間と夜間の温度差から人々を守る為である。堅固なつくりでなければすぐに風化して使い物にならなくなってしまう。それでは困るからだ。

オルヴスは階段を下り、一階のカウンターへ向かう。一人の若い女性が、暇そうに肘をついて台帳を意味もなくめくっている。


「すみません。水をいただきたいのですが」


「え? ああ、はい。こちらへどうぞ」


話し掛けられてはじめてオルヴスの存在に気付いたらしい女性は、台帳を閉じ、カウンター卓の端につけられた木の衝立をどけて、オルヴスを案内する。勝手に水を持って行かれないように、井戸はカウンターの奥にあると、部屋を取った時に聞かされていた。

左側の扉の南京錠を持っていた鍵で開けて、中に招き入れる。そこに灯りはなく、扉から入ってくる光だけが唯一の明かりだ。水源があるからかひんやりと冷たい空気が感じられる。


「旅の方ですか?」


「ええ、まあ」


井戸から水を引き挙げながら女性がオルヴスに問う。なんてことはない。ただの世間話だ。


「珍しいですね。そろそろ砂嵐の多い季節ですから、旅人は皆避ける時期ですのに」


「どうしてもこちらに用がありましてね。早めに済ませて発てば大丈夫だろうと判断したのですが」


「成る程……ああ、そういえば少し前にアヴェンシスから掲剣騎士の方々もいらっしゃっていましたね」


女性が井戸から引き揚げた水を大きな瓶に移しながらそう言う。


「アヴェンシスからですか?」


「ええ。偶に新しい騎士さんが何人か交代とかで来る事はあるんですけどね。何かあったんでしょうか」


オルヴスは女性から水の入った瓶を受け取り、微笑んだ。


「心配要らないと思いますよ。大方、偉い学者がどこか調査に行くのにでも人員を欲したのでしょう。街から離れればフェルと遭遇する可能性もありますから」


それだけ言い、一礼してその場を後にしようとするが、一瞬足を止めて天井を見上げる。


「どうかなさいましたか?」


「あ、いえ。水ありがとうございました」


怪訝に思った女性に再度会釈を返し、オルヴスは少々急ぎ足で借部屋を目指した。






「うー……あ痛っ! もう、凄いゴワゴワ……」


その頃、アーノイスは部屋を出る事も出来ないので、椅子に腰かけて髪に櫛を通していた。砂が入り、櫛がなかなか綺麗に通らないのでひっかかってしまっていた。髪をとかそうとする度、少しからまってはパラパラと砂が落ちる。諦めて、アーノイスはオルヴスがやってくるのを待つ事にした。とはいえ、何もしないのも暇で仕方ない。服を着替えたいが体を拭いてからじゃないと仕方がない。取り敢えず服の端に溜まっているであろう砂を取る事にした。あまり部屋を汚すのも嫌なので隅に移動してバサバサと服を軽く叩く。と、袖の部分から何かが転がりだした。


「あ、これ……」


それは出立前オルヴスから、正しくはメルシアから預かったガラス玉だった。拾い、天井に下げられた室内灯に翳す。相変わらず、不思議な光を放つ玉だ。

ふと、アーノイスの眼が、ガラス玉の奥に一筋の光を見る。明らかに不自然な光り方にアーノイスはより、見える筈のない玉の内側を覗き込もうとした。途端。

眩い閃光が室内を覆い尽くす。思わずアーノイスが手を放す、がしかしガラス玉は床に落ちずに宙に浮き、一瞬、より一層輝いて砕けた。


「な、何なのっ!?」


光の残像がまだちらつく中で、アーノイスは必死に状況を把握しようと眼を凝らす。先程まで、視界には無かった色を捉える。赤と白と金。とりわけ赤い色が多く見えた。

そして聞える声。小さな女の子がしゃくりあげて泣いている。何が起きているのか、アーノイスにはわからなかった。

やがて視界が元に戻り、状況を把握する。


「め、メルシア……?」


「アー……ノイスっ……う、うわぁぁぁあああぁ」


そこに居たのはメルシアであった。メルシアは泣き叫びながらアーノイスの足元に飛び付き、泣き喚く。何故彼女がここにいるか、そんな疑問について思考が巡る前に、彼女の目線に飛び込んだのは。


「グリ、ム……?」


自身の髪よりも赤く染まり上がった、グリムの姿だった。






「アノ様、お水持って参りましたよ」


そこへオルヴスがやってきた。部屋で起きている状況を予測していたとは思えないが、取り乱しはしなかった。


「お、オルヴス! グリムが、怪我してて……メルシアが」


「アノ様落ち着いてください。とにかく、グリムに時を閉じる結界を。お早く」


あくまで冷静に、それでも要点だけを掴んだ要求を告げるオルヴス。アーノイスにしがみ付いたままのメルシアを放し、グリムの周囲の荷物等の物をどける。


「わ、わかったわ」


言葉に従い、アーノイスが横たわるグリムの側に立ち、瞳を閉じて瞑想をはじめた。そして、言葉を紡ぐ。


「悠久の流転より隔絶せよ。此処は連環から外れし異空なり! エイジェンスト!」


詠唱が完了し、グリムの横たわる床に術印が現れ、彼の身体を覆うピラミッド型の結果が出現した。


「すみませんアノ様。少しの間、お願いします」


「うん、大丈夫。任せて」


眼を開き、グリムの方を、結界を見つめる。集中を切らせば、すぐに結界は瓦解してしまうからだ。


「お願いします……ではメルシアさん。状況の説明、お願いできますね?」


長くは持たない。そう判断し、オルヴスはただちにメルシアに話を聞く事にした。

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