―寒村―
グリムとメルシアは日が暮れる寸前、第一の目的地としていた小さな村に辿り着いた。
海に面し、背の低い木造の古めかしい家々が集まって立っているだけのようにも見える。
近くの町や村との交易も特になく、忘れられた村と思えるのが第一印象のような場所。
しかし、ここはアヴェンシス教会に取って重要な場所であった。
「うっわー……時化た村だなぁ……」
「ふふ、そう思うか?」
村人がちらほら見えるというのに、ひどい感想を隠そうともしないグリムを嘲笑うメルシア。その不敵な笑みに疑問符が浮かぶ。
「あん? なんかあんのか?」
「いや、貧しくみすぼらしく何も見る所がないと思っているならそれでいい」
「お前、何が言いた――」
『ここは教会が作った名もなき寒村だ』
グリムの言葉を遮り、脳に直接響く、グリムにだけ聞える声を発するメルシア。共鳴という霊術の一つによるものだった。他には音として聞えないよう、グリムにだけ響かせる“声”。わざわざそれをかけているという事の意味を、流石のグリムでも瞬時に理解した。
『人から隠れ、欠片も興味を持たせないようにわざと寂れた村を演じている。わかるか? ここにいる村人全てが掲剣騎士だ』
黙して“声”を聞いていたグリムが、眼を見開く。道端を歩く老人。取ってきたのだろう海産物を仕分けている女性や担いでいる男性。多いとは言えない村人達を見て、グリムはある事に気付いた。誰一人、子供がいないのだ。
『気付いたみたいだな。彼らはこの廃れた村でギリギリの生活を営む村人のフリをしている。後、ここの人間は外部からの旅人を歓迎しないよう命令されている。部外者に滞在してもらいたくないからだ』
言われて、グリムは成る程と行った表情をする。自分に向けられる視線がどこの街に行った時よりも鋭く、冷たいものだったからだ。
「うへぇ、俺ここ居たくねぇ……」
「まあそういうな。宿屋は一応ある。まずは部屋を確保しようじゃないか」
「こんな村じゃ宿なんて儲かんねぇだろうによ」
演技ではなく心底思っている事を吐露しながら、グリムはメルシアを乗せたまま、ボロボロの看板を下げた宿屋を見つけ、入って行った。
「……らっしゃい。悪いけど部屋は空いてねぇぞ。他当たりな」
中に入るなり、カウンターで新聞を読みながら、店主らしき男がぶっきらぼうにそう吐き捨てた。客を見向きもせずこの対応。居心地の悪さは異常だな、とグリムは感心した。
「おいおい、私にも部屋はないというのか?」
グリムの頭に乗ったメルシアが手を伸ばし、店主の新聞を奪い取る。一瞬、男は不機嫌そうな眼をしたが、メルシアを見て、顔色が変わった。
「みっ巫女様!」
「しっ!」
他に客の姿が見えるわけではないが、慌てる男を一喝するメルシア。
「ああ……部屋がねぇのは本当でさぁ。一週間程前から妙な客が居座ってまさぁ」
「何、一人か?」
「ええ」
「おいおい、一人ならもう一部屋空いてんだろ」
「生憎この宿屋は一部屋のみでさぁ」
「……マジかよ」
グリムはもうなんだか不便だとか居心地が悪いとかそういうレベルの村ではない気がしてきた。こんなところに一週間も居座ってるなんて正気の沙汰じゃない人間も居たものだが。
「あらぁ、妙な客とは心外ねぇ。傷つくわぁ」
奥の扉から一人の妖艶な女性が姿を現した。露出の激しい衣装に身を包み、眼鏡を掛けている。
「あたしとしてはこの村嫌いじゃないけどねぇ。宿屋の店主はぶっきらぼう、外の店で商品を買っても値段以外の質問はガン無視、村の人たちは挨拶すら返してくれない。もう、ゾクゾクしちゃうじゃない?」
「一応相部屋にならできますがね?」
「他を当たろうグリム」
「マッハで賛成する」
女の変人丸出しの台詞を村人同様完全に無視し、店主の提案も一蹴して踵を返すグリム。
「あらあらぁ、そんなに冷たくされると興奮しちゃうわよ?」
「店主、明日また来る」
もはや何も応えず、メルシアだけが店主に一言を残して、二人は宿屋を後にした。