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白月に涙叫を  作者: 弐村 葉月
一章 鍵と盾
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―アーノイス―

 アーノイス・ロロハルロント・ポーター。ギティア大陸の東に位置する、大国ロロハルロントの“元”王女にして現在の鍵乙女。元というのは鍵乙女となった時から彼女の身柄はアヴェンシス教会の保護下に置かれ、何人たりとも容易に近づく事が許されない存在となった為である。鍵乙女は文字通り世界の安寧の鍵となる存在で、自らが選んだ従盾騎士と共に世界に五つあるとされる「門」を巡る旅をする。

 大樹の街セパンタにはその門の一つが置かれている。街の名前にもなっている、天を衝く大木セパンタの元に、他の門同様、初代鍵乙女となった人物が造ったのだという。現在の鍵乙女であるアーノイスはその門を目指し、この街へと辿り着いたのだが。


「全く、聞いているんですかアノ様?」


「う、うるさいわね。わかってるわよ」


 その鍵乙女は現在、自分の従者である筈の従盾騎士の青年に、領主の屋敷の一室にて少々お説教を喰らっていた。扉も窓も大きめの物が一つしかないが、赤を基調とし綺麗に整頓された部屋に一つだけある椅子にアーノイスが腰掛け、オルヴスがその前に立っている状況だ。


「確かに騒ぎは事もなしに終えましたが、外、見てくださいよ。街中全部を上げてのお祭り騒ぎになってるじゃないですか。鍵乙女は民の前に姿を現さずに使命を全うするものなのですよ?」


 鍵乙女は本来、民衆に知られぬ間に門へと赴き、その役目を果たす。しかし今回はアーノイスがわざわざ自分の素性を明かし、すでに世界中の人間に知られていると思われる素顔を公表してしまったおかげで、セパンタの街は完全に祭りのような雰囲気になってしまっていた。街の全貌を見渡せる部屋の窓からは、日も沈んだと思えない程の灯りに包まれて、人々が歌えや踊れやの大騒ぎの様子が伺える。


「元はと言えばオルヴスが騒ぎを起こすからでしょ? 私は大人しくしてたっていうのに……」


「僕は従盾騎士ですから。貴方が無碍に扱われて冷静で居られないのは当然です」


 あくまで毅然たる態度で自己正当化するオルヴス。アーノイスはその言葉に呆れるやらでも嬉しいやら、複雑な心情を込めた眼差しで溜息を吐いた。


「ですが……すみません。思慮が足りませんでした」


「い、いいのよオルヴス。まあ、街の人たちも歓迎してくれてるみたいだし、宿代もかからなかったし、ね」


 とはいえやはり思うところがある様子のオルヴスへアーノイスがフォローを入れる、が。


「拘束したりせずに、真っ先に排除してしまえば良かったですね」


「そうじゃないから!」


 その思うところというのは、彼女の予想と違い随分と的外れだった。


「はぁ……全く。貴方はどうしてそう直線的な考えしかないのかしら」


「はははー、アノ様に言われたくはありませんよー」


 冗談はやめてくださいとでも言わんばかりに軽く笑うオルヴスだったが、不機嫌さを隠さない主のジト目を向けられて押し黙る。なんだかんだ、主には逆らえない従者の青年。

 従者が反省の色を垣間見せたのを見て、アーノイスは一つ咳払いをして言葉を続けた。


「こ、今回は私もその、思慮が足りなかったわ。でもそれは貴方も同罪だから、両成敗って事で、この話は終わり! いいわね」


「お言葉の通りに」


 それにオルヴスが恭しく膝を着く。


「……私も、もっと鍵乙女らしくならなくちゃ……」


 頭を垂れたオルヴスには聞こえないようにか、アーノイスは己に言い聞かすかの如く呟き、立ち上がった。


「さて、そろそろ行きましょうか。あまり長居してしまうのも悪いし、今夜の内に済ませてしまいましょ」


 それは門を訪れての儀式。鍵乙女が世界を巡る唯一の理由。絶対の使命。


「準備はよろしいのですか?」


 オルヴスが確認を取る。アーノイスはそれに頷くだけで答え、部屋の出口へと向かう。それに先立ち、オルヴスが扉を開けた。音もなくそよ風すら感じさせず瞬時に動く従者の動きは、彼女にしてみればさして驚く事でもなく、もはや慣れたものだ。


「それでは裏口から大樹の元へ参りましょう。正門では領主殿が鍵乙女様に民衆へスピーチして欲しいと首を長くして待っていますから」


「それは……御免蒙るわ」


「丁重にお断りしたのですけどね。きっと姿を見たら逃がしてくれませんよあの様子では」


 民衆の為に、引いては世界の為に、平等に。それが、彼女の役目なのだ。

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