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白月に涙叫を  作者: 弐村 葉月
二章 乙女と孤独
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―早起き―

「よーし、これで準備万端ね」


始祖教会最上階、鍵乙女の部屋。そこの中心でアーノイスは一人、両手を腰に当てて満足げな顔で頷いていた。

綺麗にベッドメイキングが施された寝床の横に、両手で抱える程の大きさの布袋が一つ。部屋の隅に至るまで埃一つなく、一組だけあるテーブルも輝く程に磨かれている。

アーノイス自身も顔を洗い、髪をいつものハーフアップにし、服も寝間着から着替え済みだ。


昨夜の風呂場でメルシアと話したのをきっかけに、とにかく今日の出発はオルヴスに運ばれないよう準備をして、部屋へ迎えに来るであろう彼を迎えようと決めたのだった。


「私だってやればできるのよ、ってね」


序に修道女達に普段任せきりなこの部屋も、ここから旅立つ時ぐらいは片付けて行こうと思い、掃除も済ませた。


「んー、ちょっと早かったかしら」


既に後はオルヴスが現れるのを待つばかりなのだが、一向に彼が現れる気配もない。

時間を――と、時計を探すが、この部屋に時計は置かれてなかった事を思い出し、逡巡する。

そして思い立ったように荷物片手に部屋の扉に向かった。


「こないなら、こっちから向かってやるのもいいわね。たまには私が起こしてあげるとしましょう」


そして意気揚々とオルヴスの部屋の前へ行くアーノイス。

いつもならノックをしようとしたところでオルヴスが出てきてしまうので、そっとドアノブに触れて開ける。


黒を基調とした、窓はないがアーノイスと似た作りの、それよりも少し狭い部屋。色調がそう思わせるのだろうか。何度も立ち入った事があるが、自分の方の部屋の色に慣れているせいか、こちらは若干の違和感は禁じえない。


「おや、アノ様。どうかされましたか?」


「なーんだ。起きてたのね」


部屋の隅に置いてある椅子に腰かけて、何や本を読んでいる部屋の主の姿がそこにはあった。

少々落胆しながらも、寝坊はしない優秀な彼に感心しつつ、アーノイスは荷物を床に置いて、オルヴスの向かいの席に座った。


「どうしたじゃないでしょ。貴方、出発の準備は出来てるのかしら?」


アーノイスの言葉を聞き、呆気にとられたような顔をするオルヴス。そこではじめて彼女は、違和感を感じた。

何故、オルヴスが旅支度をしていないのか。何故、こうやって起きているのに自分は馬車まで運ばれていないのか。

謎を頭の中で反芻するも答えが出ずに難しい顔をするアーノイス。

そんな主人の顔を見て状況を判断したらしいオルヴスが、苦笑い混じりに口を開いた。


「えーっと、アノ様。どちらに行かれるので?」


「え? 何言ってるの。貴方がマイラから行こう、って言ったんでしょ。ほら、今日は私起こされずにちゃんと準備してきたんだから。感謝しなさいよね」


可笑しな事を言うとでも言いたげに胸を張るアーノイス。そんな姿を見、オルヴスは申し訳なさそうに片手でこめかみを抑えた。


「えーっと……扉に挟んでおいた紙はご覧になられましたか?」


ああ、と思いだしたようにアーノイスが服の袖から、折られたままの紙切れを取り出す。文面は開かなければ見えないようだが、端のほうには“オルヴス”と差出人の名前が書かれていた。


「何よ。今更書置きだなんんて。言いたい事があるなら面と向かっていいなさい」


恐らく自分を起こさないよう、昨晩の内に挟まれていたと見るその紙をアーノイスは突き返した。短い付き合いでもなく、起こすような緊急でもない用を、どこか距離感のある方法で伝えられるのが彼女は気にくわなかったのだろう。


「ああー……そうですね。では単刀直入に」


コホン、とオルヴスが咳払いする。わざわざ襟を正すような間が、アーノイスに若干の緊張をもたらしたが、そこはそれ。表情には出さない。だが。


「マイラへの出発は明日に延期になりました。後、今はちょうどお昼の時間です」


そんな彼の言葉に、絶句するのだった。


「こちらの紙にはそれが書いてあったのですが……まあ、そうですね。これからは面と向かってお伝えする事にします。ああ、それで昼食は如何なさいますか? いつお部屋から出ていらっしゃるかわからなかったので、教会の給仕の方には頼んでいないのですが……」


オルヴスの台詞の途中で、アーノイスは半ば倒れるようにして机に突っ伏してしまった。

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