―消失―
オルヴス達が村から見えない所まで離れた頃。火葬が行われた現場に一人の男が立っていた。
長身痩躯で髪は短く、若草のような翠色をして、顔の半分を覆い隠す真鍮色の仮面をしている。
「あのクラスのフェルでは不足か……魔狼と謳われるだけの事はある」
深く、落ち着きのある声で独りそう呟く。
「ですが、呪印交霊を使っているようには見えませんでしたが」
その声に女の声が反応する。男の周りには誰もいないのに、だ。
「もう隠れずとも良いぞ……ユレア」
呼びかけに応えるかのように、男の隣の空間が黒く裂け、巨大の鎌の刃が覗く。続いて、その鎌を手にした美女が現れた。先程までこの村に居たユレアと同じ名前、髪の色。だが、その姿は成年に達すると思われる女性のもので、左の眼には眼帯をし、黒に近い紫を基調としたメイド服を着ていた。彼女は持っていた鎌を片手で一度回し、再度裂いた空間の中にそれをしまいこむ。
「お前にも視えなかったとなると、本当に使っていなかった、ということか。恐ろしいな魔狼。して、あのグリムとかいう剣士の方はどうだった」
「詠唱もなしに火霊術を起こす力はかなりのもので、荒削りながら元来の霊力もかなり強いと思われます。術の方は己の霊力をそのまま火と為している、と私は見ました」
感情の消えたような表情と声で、淡々と言葉を並べるような話し方だ。
「その“眼”でか?」
言って、仮面の男はユレアを、その眼帯の奥を指差す。女はそれに頷きで答えた。
「ならばそうなのだろう。それにしても……ククッ」
喉の奥で笑いを押し殺してユレアを眺める。
「どうかなされましたか?」
変わらない精巧な人形のような顔で疑問符を浮かべるユレア。男は一つ嘆息して視線を逸らした。
「幼いお前も可愛らしったが、やはり今の方が美しいな」
「お、お戯れを……」
てらいもなくそんな事を述べる男に、ユレアは頬を少しだけ染めて下を向く。
「それに加え『おにぃちゃーん』だものねぇ、あなたのご主人様もイチコロだったかしら?」
と、二人の背後から一人の成熟した、眼鏡をかけた女性が現れ、さらにその背後には顎に髭を蓄えた壮年の大男。双子らしき砂色の髪をした少年と少女が手をつないで着いてきていた。
「貴様ら見ていたな。まあいい。首尾はどうだ」
女のふざけた調子にはあまり付き合わず、そう告げる仮面の男。
「ちゃんと見てきたよ! えーっとねーボク達のとこはおっきな門があってー、そのすぐ近くでずっと騎士が見張ってたよ! ねー?」
「ねー! あ、それとその前の街は検問が厳しかったの! ねー?」
「ねー!」
質問には真っ先に双子が答えた。快活で騒がしい様子だが、男は別段気にした風でもない。ただその簡単な報告の内容を頭の中で推察しているようだった。
「ワシのとこに騎士はおらなんだ。世界の護る“門”ってのは随分と杜撰な警備じゃのぉ」
続き、大男が簡素な説明をする。
「あたしの所も同じ様なものね。全く、か弱い女性をあーんな山奥に行かせるなんて。ご主人様ったら鬼畜じゃなーい?」
同じく眼鏡の女もそう答えたが、言葉を終えるか終えないかの間に、その細い首には鈍く光る刃が添えられていた。
音もなく現れたその凶器に仮面の男と鎌の保持者を除いた三人が驚愕する。
「主への愚弄は許しませんよ、ナツ」
氷のように冷たい殺気を帯びた台詞を放ち、いつの間にか手にしていた鎌の刃を一層近くナツと呼んだ女の首に近づけるユレア。
「止さんかユレア。おぬしは少々気を張り過ぎじゃ」
止めに入る大男。しかしユレアは今度はそちらに鎌の先端を向ける。
「私に命令して良いのは主だけです。それをお忘れなきよう」
その眼は冗談や虚勢は含まれていない。次に何か言えば問答無用でその刃を振り翳す、そんな気配を隠そうともしていない。
「ユレア」
しかし、その様子は彼女の“主”の一声でおさまった。すぐに鎌を闇へと戻し、主の前に跪く。
「はっ」
「お前の気持ちは嬉しいが、少しは我慢を覚えてくれ。良いな?」
「申し訳ありません」
仮面の男は薄く笑みを浮かべながらそれだけ言い、ユレアを立たせた。様子から仲間同士でありながらこの一触即発の雰囲気。リーダーとおぼしき仮面の男もそれはわかっているだろうに、特に責めた言い方はしていなかった。
「やーれやれ。ユレアちゃんはロリっ子のまんまの方が可愛げがあったんじゃなーいー?」
「そう言うなナツ。ユレア嬢は心配性なだけじゃて」
「心が広いのねボーヴおじさんは。心配性って言うか、どっちかって言うとメンヘラでしょー。ま、そこが可愛いとこでもあるし、だからこそいじりがいがあるのよねぇ」
「やめておけやめておけ。お主じゃユレアにはどう足掻いても勝てまいて」
「自分なら勝てるとでも言いたそうね? お、じ、さん。まあでもやめとくわ。怒らせると怖いもの。怒られるのはあたしもやーよ」
「怒られるその前に切り刻まれるのがオチじゃて」
「うわーん! ごめんユレアちゃん! もういじらないから許してぇ~」
好き勝手にお喋りをはじめる二人だが、当の本人たるユレアはどこ吹く風で目を閉じ黙っている。そこへ双子が走り寄ってきた。
「ユレアさんユレアさん」
「ユレアさんユレアさん」
同時に呼びかけられ、ユレアは腰を落として双子と目線を合わせる。
「どうかした?」
纏う雰囲気は冷静平然としたままだが、口調だけは少し柔らかい。
「えっとね……ケンカはダメだよ」
「仲良くしよーよ……ね?」
先程の不穏な空気を間に受けてしまったらしく、どこか悲しそうな四つの目がユレアに請う。
「ええ。わかってる」
それは双子の意を汲んだ答えなのか、主に今さっき言われたからなのか。
「じゃ、約束!」
「約束!」
双子が突き出した小指に両手で答えて指きりをした。
「……さて、戯れはこの辺りでいいか?」
それぞれの様子を眺めていた仮面の男がそう告げる。皆が話を止め、彼の言葉を待った。
「では、行くとするか」
パチン、と指を鳴らす。同時。村が“消失”した。
まるでそこにははじめから何も無かったかのように家屋や火葬された者達の灰までもが消え、何もない原っぱへとその姿を変えた――否、戻した。
「次はどちらへ?」
「そうだな。“時紡ぎの魔女”も見ておきたい」
「了解しました……クオン様」
その台詞を最後に六人は歩き始めた。
消えた村跡に風に揺れる、赤い手向けの華だけを残して。