表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
白月に涙叫を  作者: 弐村 葉月
十章 魔狼と乙女
161/168

―拒絶―

「いつまでそうしているつもりだ」


不意に、メルシアが口を開いた。瓦礫に座るオルヴスが、ゆっくりと顔を上げる。瞳に映り込む、金髪の女性と紅髪の男。それは互いに見知った顔であるはずなのに、映す黒い瞳はまるで硝子玉のように静かだ。何ら感情を覗かせていない。隠しているのか、それとも本当に失ってしまったのか、わからない。


「何の用ですか」


抑揚のない声で、オルヴスが問う。一息吐いてから、メルシアが答えた。


「先月廃墟になったある村に何隊かの先遣隊が派遣された。たが、その何れもが島に着いたと思われる頃に音信不通になっているらしくてな」


「それの調査に貴女が派遣されたと?」


答えにさらに問いを投げかけつつ、オルヴスは鼻で笑った。一笑に伏した、と言った方が的確か。彼は一度腕の中の目を閉じたまま動かないアーノイスに視線を落とした後、上げてメルシアとグリムをそれぞれ一瞥する。


「貴女が調査の為だけにその姿で現れ、尚且つ騎士団長代理まで引き連れて来たと?」


何を馬鹿な話しを、と言外に付け加えでもしそうな口調。一歩、グリムがオルヴスに近づいた。


「俺達の任務は先遣隊失踪の原因究明とその要因の排除だ。お前がここを去ってくれれば、それで済む。……わかってんだろ? ここに居たって、何も変わらない。なぁ……チアキ」


この場所に居ては、またいつか騎士が派遣されるとも知れない。そうなれば、ほぼ確実に彼に排除されてしまうだろう。それは無用な犠牲だ。ともかく、彼の存在をほとぼりが冷めるまで隠し、その上で解決策を講じよう、というのがグリムとメルシアの考えだった。だが、オルヴスは聞き入れない。無であったその瞳に、灼熱の憤怒を宿し、グリムを睨む。いや、グリムだけではない。彼のその背後、彼の肩書きとして存在する“教会”という存在に向けて。


「黙れ」


短く、表示される拒否。


「その名前で呼んでいいのは彼女だけだ……ここへ居たいと言ったのは彼女だ。彼女が動くと言うまで、僕はここに居る。彼女が選んだ彼女の居場所を僕は守る」


言いながら、オルヴスは立ち上がり振り返ると、腕の中のアーノイスを瓦礫の上に横たわらせた。そして再びグリムたちの方へ向き相対する。精神の高揚に引きずり出されるように、その体の至るところから、黒い霊気がはみ出し、揺らめいていた。


「何処かの誰かが選んだのを良い事に、利用するだけ利用して、苦しめるだけ苦しめて。背けば反逆だと貶めて、辿り着いた居場所さえ奪って……。貴様らにわかるのか。彼女が流した涙の数が! 引き裂かれた心の痛みが!」


決して、グリムやメルシアがそうさせたわけではないことは、わかっているのだろう。だが、今の彼にはそれは見えない。目の前に居るのは、教会の騎士の一人と巫女、ただ、それだけだ。


「誰であろうと容赦はしない。彼女を苦しめようとするモノ、彼女から何かを奪おうとする存在全て! この僕が喰らい尽くす!」


悲痛な、そして狂気に塗れた叫び。共に、一瞬に渦巻いた闇が魔狼を呼ぶ。漆黒へと姿を変える青年の背後で眠る少女は、誰に操られるわけでもなく自然に浮き上がり、翼生やして自身を包み込んだ。拒絶の白、拒絶の黒がグリムとメルシアの前に立ちはだかる。


「やるというのか」


ぎり、と奥歯を噛み締めながらメルシアが言葉を漏らす。戦いたくない、戦うなどおかしい。自分達は彼らを傷つけに来たわけではないのだ。だが、そんな彼女の想いを裏切るように、紅髪の騎士が、一歩前へ出ていた。その片手は、背に負われた父より預かりし大剣、ベゼルの柄にかかっている。


「オルヴス。お前、なんでったってこんなところに居続けんだよ」


「先程答えた。ここに居ると決めたのは彼女だ。だから僕はこの場所を守る」


存外に冷静な口調のグリムを、メルシアは不思議な想いで見つめていた。まさか、この期に及んで強い奴と戦いたいと言うわけでもあるまい、と疑問を巡らせながらも、しかして彼女は口を挟めなかった。


「守る? 何にもねぇじゃねぇかここには」


一瞬、オルヴスの目が動揺の色を見せたのを、グリムは見逃さない。


「ずっとさっきみたいに、お姫様を抱っこして座り込んでるつもりかよ。そこの、殻みてぇなもんに引き篭もっちまったお姫様をよ」


畳み掛けるように言葉を吐くグリム。だが、反してオルヴスの動揺は嘘のように沈み、再びその眼は静かな怒りに満ちた。


「彼女はあれから何も語らない。離れれば、翼にその身すら隠してしまう。なら、僕は彼女が己を閉じるのを止めるまで、約束を守り続ける。ただそれだけだ」


「約束、ね。そうかい、そういうことか」


何処か得心が言ったというように、グリムは大仰に頷いてみせる。


「本当はよ、お姫様とお前揃ってどっかに隠れてもらおうとかメルシアと考えてたんだけど、やめだ」


グリムの手にかかっていた大剣が抜き去られ地面に叩きつけられる。破砕音と共に土片が散り、彼の周囲に焔が生まれはじめた。


「無理矢理にでも連れて帰る」


「グリム! 止めろ、私たちは戦いにきたわけじゃ――」


「いい。語るな」


メルシアの叫びを、オルヴスは冷たく遮った。その身に、漆黒の靄が走り始める。


「失せろ」


「断る。こんな場所に居てもどうにもなんねぇよ」


冷酷にそう命令するオルヴスだが、毅然とグリムは言い捨てる。


「失せろ。そんな場所にしたのは貴様らだ」


「断る」


二度目。語気に苛立ちが混じる。グリムが、剣を構えた。


「失せろ!」


「断るっつってんだろーがぁ!」


三度目。爪と大剣が激突し、翼閉じたアーノイスと防護膜を展開したメルシア以外の全てを吹き飛ばした。押し合いながら、グリムが右手を柄から外し、その手に紅の槍を生み出し、足元へと突き刺す。途端に立ち上る、二人を包む円柱。その頂上は、魔狼を押し上げ空へと誘った。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ