表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
白月に涙叫を  作者: 弐村 葉月
十章 魔狼と乙女
158/168

―魔物―

十色の螺旋描く光条。剣から放たれたそれは初撃とは違い、収束して魔狼を狙った。ガガの命を屠った彼を中心に五十メートルほどの直径の光柱が立つ。万物を浄化する威光が直下の大地を消滅させ、破壊をもたらす。

その光景を、スティーゴは呆然と見上げていた。僅か数メートル先に立ち上る極光の壁。傍らには、その光から彼を救ったバーンの姿がある。


「見境なしか。そんなこったろうと思ったっつーの」


バーンがそう悪態を吐く中、光がふと消える。照射された地面には光の範囲そのままに大穴が空けられて、覗き込んでも果てが見えない。


「あ、あいつは!?」


慌て、魔狼の姿を探すスティーゴ。だが、見当たらない。光に消されたのだろうか、とも一瞬希望を持った彼だったが、バーンが静かに腕を持ち上げ指差す。空に座す剣と歯車の宮殿を。言葉言わぬバーンに指先を追い、眼を凝らすスティーゴに、ようやく、魔狼の姿が映った。

神意の剣向けて、魔狼の爪が突き出される。しかしそれは、触れることを赦されない。中央から伸び一際巨大な剣の切っ先を頂点に描かれる円状に、見えぬ壁。衝撃が加わったときのみ輝き、その姿を垣間見せる壁がある。数度、両手をその壁へ叩きつける魔狼。

壁はそれを痕も残さずに弾く。


『無駄だ叛逆の徒よ』


神意の剣から声が発した。双月が反応して眼を剥く。それは、彼にとって聞き覚えのある、いつぞやのミイラの発していた声だった。侮蔑と嘲笑に満ちた声音に、驚きの色を見せていた魔狼の瞳が、憎悪へと変わる。大きく、片腕を振り上げ、そして叩きつけた。

壁は砕けない。だが、その壁に包まれた神意の剣そのものが、大きく上方へと追いやられる。


『ほう。確かに貴様強かろう。だが、ただの力でこの神意は敗れはせんわ!』


声が高らかに宣言し、九本の剣がそれに反応する。切っ先が全て魔狼の方向を向き、その剣先から細く鋭い光線を放った。照射ではなく、発射といった具合に、全ての剣から連射される光の線を、魔狼が体を捩り、避ける。その中で、中央の剣が一際大きな光線を照射した。発射口たる剣の真正面に居たことも相まって、直撃を受ける魔狼の体が、地面の、先程の光条に穿たれた穴に向けて押されていく。両手を交差して防ぐが、到底耐えられるものではない。動くこともままならないその体を、他の八つの剣から放たれ続ける光線が、次々に射抜いていく。


『貴様とは使命の強さが、重さが、崇高さが違うのだよ。我ら審判団は世界の先を負っておる。ただ一人の我侭な女を守るだけの貴様と違ってな。それも、すぐに滅び行く運命にある欠陥品などに心酔するなど。無駄な贅沢というものよ』


魔狼が、止まる。いや、剣から放たれる強大な圧を、止めた。月の瞳が怒りに爛々と輝き、黒い口元を食いしばる。交差していた腕が放たれ、光が弾けた。そこに、魔狼が踏み込む。突き出した左腕が光を食らい、その肩から黒い闇が膨張する。そのまま、彼は柱の真っ只中を突き抜けた。左肩に負った闇から腕が、その掌の中心から白い柄が伸びる。霊刀ウィジャ。霊を受け、全を断つ、魔の刃。その柄を魔狼の右手が抜き去った。

刃が扇を描く。軌跡は神意の剣の壁へと吸い込まれ、その全てを断ち切った。守り失くした空浮かぶ白の、夜空の中へ魔狼は迷うことなく飛び込んでいく。






「会うのは二度目だな。審判団」


夜空の中心で、魔狼は口を開いた。周囲には円周上に広がる騎士団の術士達の姿が見えるが、誰一人彼の存在に反応を示さない。ただそこにある彫像のように虚ろな眼をして、並んでいる。魔狼の前には七色の光の玉。それは、いつぞやの審判団の居城で見た術式と同じ色合いだ。


『痴れ者めが……この神意の剣アービターに土足で踏み入るなど』


憎憎しげな様子を隠そうともしない声を発するその光玉を、魔狼は無造作に掴んだ。


「あのミイラの死体は本当にただの死体だった。本体は、あの妙な術式そのもの、といったところか」


『そうさ。我らはこの世界を導く為に魂を縫い付けた。そう、我らなくして世界は回らぬ。貴様の女も、もはや心壊れていよう! その為の代償がこんな寂れた孤島一つとは実に安いものだよ。後は貴様さえ始末してしまえば我らに障害はない!』


声の強き言葉と共に、轟音が星空の空間に響き渡った。四方八方より、“外”からこの核の殻を破って突き刺さる、八本の刃。先程まで外に伸びていた巨大な八つの剣が、今度は外側から核自身を貫いたのだ。切っ先が魔狼の背に埋まり突き出て、腕を切り飛ばし脚を貫く。余りに大きな刃は貫くという行為で魔狼の体を幾つにも分断し、そのまま止まっていた。刃に分かたれた体が乗ったままで、立つという行動には体のパーツが足りないのに、魔狼は先程のままそこに居た。審判団の魂を持っていた腕だけが無残に飛ばされて、解放された光の玉が、うなだれる魔狼の前にゆらゆらと浮かぶ。


『痛かろう? 呪印交霊カース・イヴォルに犯された貴様がこの程度で死ぬとは思わん。恐らくはその喰らってきた魂の分だけ屠らねばならんのだろうなぁ。まあ、剣刺したままこの地に捨て置こう。動けぬまま、生と死を繰り返し続けるが良い』


この神意の剣に内包されている九本の剣は全てが魔具を元に、複製と融合を繰り返して巨大強大化された魔剣の集合体だ。個々の霊力は通常の魔具の比ではない。最初島に打ち下ろした一撃を全力で撃ったならば、島自体の消滅は愚か世界の反対側までに続く大穴を穿つだろう。それを八本、魔狼は今その身に晒している。呪印交霊により膨大な霊力と霊魂をその身に内包する存在でも、延々と死の苦痛を与えられれば、到底耐えられるものではない。

だが、それは審判団のただの思い込みであった。何の前触れもなく突然、魔狼の顔が前方、審判団の魂に向けられる。黒く染まった唇は弧を描いていた。


『ま、まだ動くか!?』


狂気に彩られた笑みにか、動けぬはずの体を動かしたことによる、不可能を意図も簡単に破られたことによる驚愕か、声は動揺を隠せない。その様子にさらに、口元だけの笑みを濃くしながら、魔狼は言葉を吐いた。


「失せろ。老害」







バーンとスティーゴはずっと空に座す神意の剣を見上げていた。魔狼にシールドを破られ、内部への侵入を赦したかと思いきや、中央の一本を除いた他の八本の刃が夜空から抜け落ち、誰にも触れられることなく神意の剣の周囲を取り囲み、その刃を白銀の球に埋め込んだ。歯車の動きも止まり、壊れたのかと思いきやそうでもなく静かに佇んでいる。夜空の向こうの世界は霊覚を用いても完全に遮断されていて伺えず、声も聞こえてこないとなれば、下手には動けない。核に剣を突き刺したまま数分の後、事態は動いた。神意の剣の直上に、突如としてそれは現れた。木か石か鉄かの区別もつかない材質をした、一枚の板。長方形のそれには真ん中に亀裂があり、左右対称に文字なのか絵なのかわからない、焔のようでも水流のようでも風を描いているようにも見える何かが浮き上がった、黒色の、門。神意の剣より遥かに大きく、ともすればこの島よりも巨大なのではないかと思われるそれは、この世界そのものと擦れ合うような鈍い音を立てながら、ゆっくりと開く。中は、夜より暗い闇。見ているだけで飲みこまてしまいそうなそれに、スティーゴは小さく悲鳴を上げた。闇の中から、ひり出る闇の塊。それは狼の吻に似ていた。

スティーゴがしっかりと見ていたのはそこまでだ。後ははっきりとはわからない。隣に立っていたバーンに首根っこを掴まれ、大きく後方へと飛んだからだ。自分では出せぬ速度で移動する世界の中で、スティーゴは門より出でし漆黒の魔物が、神意の剣を巻き込んだまま地表へ落ちてくる、その影だけを何とか映していた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ