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白月に涙叫を  作者: 弐村 葉月
一章 鍵と盾
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―魔狼―

「これは……なかなかの大きさですねぇ……」


村はずれの一角。フェルの気配を探知したオルヴスは単身、その眼前に立ち尽くしていた。

彼の前に立ちはだかるは四体の巨人。足や腕は大木のそれよりも遥かに太く、頭は天に届こうかという程。その頭頂には各々一本なり二本なりの角が生え、頭髪は一切なく、肌は青銅、双眸は丸く孔のように白く瞳がない。手や足の先には人のものとは思えぬ爪が生え、全身に黒褐色のボロ布のようなものが巻かれていた。

巨大な鬼。一言で表すならそれが最も正しいと思える。


「まあ、何でも良いですけどね」


鬼は既にオルヴスに気づいている。それでも尚、彼は普段の様相を崩さず、静かに標的を見据えた。

次の瞬間、鬼の一体が大きく吹き飛ばされ、倒れる。先程までその鬼の顔面があった場所に、黒い影――オルヴスが立っていた。

霊力を足場として固め、立っているのだ。


「ふむ……この程度では割れませんか」


右の拳を握り開き、感触を確かめるように呟く。それを隙とみた他の鬼の手が彼を捕えようと伸びる、が。それらは全て虚空を掻いた。

オルヴスの姿は既に倒れた鬼の顔面の上にあり、先程の攻撃など何事でもなかったかのよう。


右腕を引き、拳を作る。手には淡い光を纏わせ、視線は足元の鬼の眉間へ。


「まず一つ」


振り下ろされる拳。粉塵が空を覆う程に舞いあがり、地面が陥没する。鬼の頭は脳漿ごと飛び散り、その身体は光の粒子となって天へと帰った。


「おっとこれは……やり過ぎましたね。村が無くなってしまいます」


瞬間で移動し、元に鬼と相対していた場所に戻る。


「オルヴスー!」


と、背後から声。


「アノ様? 何故ここに」


戦闘中である事を意識していないのか、普通に振りかえるオルヴス。

アーノイスはクオンの家から全力で走ってきたのだろう。息が上がっており、肩で呼吸をしていた。


「何故じゃないわよ……全く、貴方がフェルなんかと戦ったら周りが、って、オルヴス危ない!」


砂塵の向こうから二人に迫る影。視界を埋め尽くす程の大きさの腕がオルヴスを叩き潰さんと襲いかかる。

オルヴスはそれを振り向きもせず片腕で止めて見せた。生じる空気の圧に吹き飛ばされそうになったアーノイスをもう片方の手で捕まえて引き寄せる。


「大丈夫ですか?」


「う、うう……全くもう……ほら見なさい! 貴方が戦うと周りが大変になるのよ! いい、すぐに隔離するから!」


宣言してオルヴスの腕を離れるアーノイス。そして。


「隔絶せよ! 風を絶ち、地を隔て、世界を閉じよ! パレート・オフェリア!」


オルヴス、フェルらの足元に突如刻まれるタウ十字型の閃光。それらの頂点が結ばれ、立ち上る光の壁が天の果てまで昇った。

薄い光の膜がオルヴス達を“隔離”している。


「これでよし……。さっさとやっちゃいなさい! オルヴス」


鍵乙女の烙印はあらゆるものを開閉する力を持つ。これは、己が指定した範囲の空間を他の空間と隔絶し、閉じる術。

その証拠なのか、自らに刻まれた烙印の内、左腕の印を仄かに光らせるアーノイス。服の上からでも十分にわかる光だが、門での儀式の際程ではない。


「ええ、勿論ですよ」


だが鍵乙女の業は強力であるが故に心身への負担が重い。それを知らぬオルヴスではなかった。


「少し、本気でお相手させていただきますよ」


鬼の方へ向き直り、いつも崩さなかった笑みを消すオルヴス。同時に彼の周囲の大気が歪む。そして、その歪みから生まれ出ずる漆黒の、炎とも水とも風とも取れぬ不定形の黒く濃い靄。それは一瞬の内にオルヴスの姿を包み――霧散した。


中から現れたのはオルヴスその人、の筈であるのにその姿はつい先ほどまでの彼とは似て非なる存在。

背中まで伸びたたてがみの如き、逆立つ銀の髪。肌は闇よりも黒く変色し、指の先には深紅の鉤爪。両頬には白い逆さ十字の刻印が浮かび上がり、目は満月をはめ込んだかのような黄金色をしていた。


「……魔狼」


その様子を遠目で見ていたアーノイスが思わず呟く。何者にも屈せず、与せず、ただ唯一、己の意志でのみ彼女に着き従う孤高の存在。彼のその姿を知る教会の人間には“魔狼”そう呼ぶ者も少なからずいる。見る者の畏怖を刻みつけ、敵と認識された存在は二度とその姿を現す事はない。


三体の鬼が、銀灰の魔狼の放つ威圧感を感じ取ったか、地を震わす咆哮を上げた。

音圧で地面が割れるような隔離世界の中、オルヴスの姿が消える。声が、途切れた。


アーノイスの眼にはオルヴスが消えたその瞬間から気付かなかった。見えたのは、隔絶された空間の向こうで、三体の巨人の内の一体が消滅するその光景だけ。

いくつもにも寸断された鬼の両腕両足胴体頭部。どうやったのか、なんてはじめて魔狼を目の当たりにしたアーノイスは聴いたものだが「爪で切っただけですよ」なんて当然のように青年は応えており、それ以降彼女は彼の強さについて疑問を持つのをやめた。

彼がそうしたのだから、そうなのだ。それしか彼女にはわからない。


残り二つの鬼の背後に現れたオルヴスは、無造作に静かに、右手を左胸の前に翳した。

空間に突き立てられる五指の爪。硝子か何かに爪を立てた時と似た不快音を鳴らしながら、ゆっくりと爪が虚空を裂く。

刹那の間を挟み、彼の眼前が“分断”する。それはそこに立っていた筈のフェルも関係なく、閉ざされた世界の中をただ六つに断ち切った。


為す術もなく千切れ崩れ、空へ帰るフェルを見て、アーノイスは術を解いた。

術を行使した反動でふらつき、地面に転びそうになるも、その身体はいつの間にか傍らに辿り着いていたオルヴスの手に支えられていた。


「あ、ありがとう……」


いつの間に魔狼の姿から戻ったのか、顔を上げたアーノイスの前にいるのは、いつもの笑みを浮かべた彼女の従者の姿であった。


「いえ。アノ様こそ。わざわざ術を使っていただくなど……お手数をおかけしてしまって」


「いいのよ。大体、結界もせずにあんなのされたら私が巻き添えで死んじゃうわっ」


体勢を整えるのに取っていた手を話して毅然と言い放つアーノイス。少々の無理は押しているが、ずっと彼の手に支えられたままなのは恥ずかしい、というのが本音である。

それをわかっているのかいないのか、オルヴスは辺りを見回しはじめる。


「……静かですね。グリムの方も終わったのでしょうか」


「さあ? そのうち戻ってくるでしょ。さ、ユレアちゃん達のところに戻りましょう」


そう宣言して早々に歩を進めるアーノイスにオルヴスは数歩遅れてついて行った。


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