―断罪―
艶美な音色が、アーノイスの霊覚に滑り込む。
この一夜のうちに完全に耳に染み付いてしまったその音が、何を意味するのかアーノイスは理解していた。そう、判ってはいたのだが。目の前で名も知らぬ少女を殺され、己の手で味方である筈の騎士を殺し、あまつさえ今アヴェンシスで起こっている、掲剣騎士による暴虐を短時間の内に味わった彼女に、それを考慮するだけの冷静さは残されていなかった。何よりもまず、今その瞬間に殺戮と破壊をもたらしている騎士達を止めなければならない、と思考が脳裏に浮かぶよりも早く彼女は動いてしまった。
笛の音に誘われるように、“空”が動き始める。人の死に伸びてその魂を食らう手が十数、アーノイスに到来した。十の光の糸が両腕の一振りで彼女の周囲を球に囲み、手の襲来を防ぐ。
「うぐっ!」
だが、その手はアーノイスの想像以上の“重さ”を誇っていた。糸を伸ばしている全ての指先が、罅割れる。ガラスに入った亀裂のように、指先に網目状の裂傷が生まれ、そこから血が溢れ出していた。元々使用には大きな代償を伴う烙印術を、細く凝縮して反動抑えたのが、アーノイスの扱う光糸である。効力の範囲がごく小さいとはいえ、そこに多大な負荷が掛かれば、それ相応の反動が伴うのは必然の事。だがアーノイスは歯を食いしばり、五指の先に霊力を込めた。一際強い光を放つ十本の糸が張り付き押しつぶそうとしていた黒い手を跳ね飛ばしまた切り裂く。そのまま体を回転させて空の方を向き、そこに広がる暗闇を破らんと手を伸ばす、がそれを為す前に彼女の体は背後からの――地上からの攻撃に揺さぶられた。放たれ受けたのは数十の矢と同数程度の霊術。火か雷か、水か風か土か。多種多様の霊術が地上から逆さの雨霰となってアーノイスに襲い掛かってくる。その、霊術と矢の暴嵐の中を、数十の剣を構えた騎士たちが霊翔して殺到する。ギリ、とアーノイスの歯が軋る。全く持って埒が明かないと、いつまでもあのユレアの手のひらの上で踊らされているだけではないかと。これを打破するには、全ての騎士の意識を一瞬で断ち切り、上空のフェルを打ち倒すしかない。だが、その二つが同時にこうして彼女に襲い掛かっている今、彼女にその二つを同時に捌く技量はない。だが、アーノイスにはわかっていた。一つだけ、この状況を引っ繰り返す手立てが。それが何なのか、アーノイス自身にもよくわかっているわけではない。ただわかるのは、それが絶対的と言える程の力だということ。感覚は、もう掴んでいた。一度目は憤怒に飲み込まれた己の内が弾けた。二度目は、傷つき、悲哀に暮れたその先に見た。全身に這う烙印、その内側から無尽蔵に活力が光が溢れてくるような、そんな感覚。まるで自分の体が自分のものでなくなってしまったかのような、世界から浮いてしまったような心地。それは甘美で、そして至極怖ろしい。
アーノイスは目を閉じ、光糸を消した。己が身に刻まれた印を意識し霊力を通していく。烙印術の発動とは違う、力を流し込むのではなく染み込ませるように。そうして完全に静止した彼女を狙い、空からの手が、地上からの矢が霊術が、到来する騎士たちの剣が迫る。だがそれは、鍵乙女には決して届かない。触れれば煌く透明の光膜が、新円に乙女を護っていた。それは外界に対しての壁であると同時に、殻だ。内側にあるモノを、この世界に存在する全てより逸脱させる為の、卵。その中で、アーノイスはゆっくりと瞼を開いた。何も映さない藤色の瞳の下、薄桃色の唇が、無機質な声を発し始める。
『御霊ヲ導キシ乙女。救済ト解放ノ果テニ。門ヨリ響キシ命ノ怨嗟ト。流転ノ歓喜ヲ受ケ入レテ』
烙印が光る。これまでで、最も強く、その光は生み出している彼女自身すらも包んでしまいそうになる程に。
『清廉ナル無音ノ地ヘ。羽バタク翼ヲ背ニ負イテ』
光の中から一対の白き翼が生まれた。羽は一度はためくと、静かに乙女の前面で交差する。
『御霊ハ叫ブ。天座ス乙女ニ。誓願イハ乙女ノ先々ヘ触レテ』
風ではない力の波にはためいた水色の髪が、一瞬の煌きと共に白銀へとその色を変える。
『乙女ハ成ル。人形ノ天ニ。始終ヲ統ベル女神ヘト』
髪が翼が烙印が、アーノイスが輝く。彼女が紡いだのは、アヴェンシスの経典の一部。初代鍵乙女そして初代にして最後となっている女神を謳ったものである。別段暗記していたわけでもないその詩が何故零れ落ちたのか、アーノイス自身もよくわかっていない。
ただ自然と、言葉が溢れ出したのだ。今、彼女の身の内より湧き上がる“力”と共に。今一度、アーノイスは眼前の光景を見据える。数メートル離れた先で、張り付く、人よりも大きな手の群れ。よく見れば、単一の黒色というよりは余りに多くの色を混ぜすぎた結果の黒といった色で、手の形はしているものの、指の本数が足りなかったり長さが同一やまちまちであったりと、異形であった。絶え間なく襲い掛かる矢や火の玉は見えぬ膜に阻まれて弾け、殺到する騎士の剣も同様に。
何故、こうなってしまったのだろう。自分はいつもそうだ。いつも、後手に回って何事も為すことが出来ない。そんな苦悶が、彼女を苛む。そうして、彼女は深く息を吸い込み――止まった。
突如として視界に爆ぜた、金色の煌き。夜闇を煌々と照らす、山吹色の波動が、アーノイスの周囲の全てを吹き飛ばした。強い光に眩んだ彼女の視界が、徐々に取り戻されていく。忘れていた呼吸の続きを荒く再開しながら、アーノイスはその黄金の正体を見つめた。金糸のごとく繊細でありながら、獅子の鬣の如く荒々しく風に揺れる、背を隠す程の長髪。扇情的でありながら、凛とした潔白の女の肢体。見慣れた“巫女”の装束。そして、何物にも汚されぬ唯一の輝きを持つ、金色の霊気。時紡ぎの魔女が、そこに居た。
「やめておけアーノイス。お前が天化する程の事じゃない」
魔女が振り返り、笑う。自信に満ちた口元と優しい琥珀の眼に、アーノイスの波立った心が静穏を取り戻していく。それに合わせ、羽も髪も烙印も、光が空気に溶けていくように霧散して、元の姿へと戻っていった。
「メルシア……」
「その力は強過ぎる。後は、私達に任せろ」
言いながら、メルシアは自分の周囲を取り囲むように百節根を出現させる。一度は吹き飛ばし止まった攻撃だが、いつまでもそうであるわけはなく、再び刃が術がフェルが到来する。それらを、全て百節根とアーノイスの防護膜が弾く。
「で、でも」
突然のメルシアの参上に、天化を一度解いてしまったアーノイスだが、任せろと言われたからと素直に引き下がれるわけもない。だが、彼女がメルシアへ否の言葉を伝えるよりも先に、爆音と、そして雄たけびが空に街に響き渡った。
「ハッハー! 久々の大物じゃねえか!!」
二人から離れた空を、汚濁の黒色をしたフェルの空を、巨大な炎柱がぶち破る。強烈な閃光がアヴェンシスの街を隅々まで照らし、その柱の中心で、一人の男が雄たけびを上げていた。炎と同様に、もしくはそれ以上に赤い髪と瞳。オルヴスと肩を並べる、教会の最高戦力の一人だ。はっ、とアーノイスはその炎柱の根元へ目線を向ける。あれだけ巨大な火炎が立ち上っているとすれば、その直下の被害は免れない。だが、焦燥に駆られた表情はすぐに安堵となる。目には見えない壁のようなものが、街への被害を抑えていた。メルシアの術だ。流石だ、とアーノイスは関心した。そんな彼女に、メルシアは言う。
「アーノイス、天化はもうするな。あれは諸刃の剣だ。この場は私達とオルヴスに任せてくれていい。お前は街の人々を避難させるんだ。出来るだけ、始祖教会から離れてな。お前はよくやってくれた」
言葉を終え、労りを込めた目線でアーノイスの頭に手を一瞬置いて、メルシアはグリムの方へと飛んでいった。
フェルはグリムの攻撃に手の収め、騎士たちの攻撃は止んでいた。いつの間に、と一瞬呆けたが今はそんなこと気にしている場合ではない。まだ戦いは終わっていないのだ。アーノイスは、地上目掛け飛んでいった。
暗い縦穴を、オルヴスとクオンは落ちていく。お互いに構えは解き、クオンに至っては腕を組む有様だが、オルヴスは警戒の色を瞳に宿らせて憚らない。そんな彼の様子を感づいてか見てか、仮面をしたその顔からはわからないが、クオンが口を開いた。
「そう睨むな。今は手を出さんよ」
「それは手を出されたくないからですか?」
すかさず、オルヴスが返答する。クオンは喉の奥で笑った。
「そうだな。それもあるが、まあ貴公にとっても損ではないと思うぞ。貴公は、審判団を知っているか?」
何を、とオルヴスは思う。審判団といえばこのアヴェンシス教会の最高意志決定機関の名前である。教会の関係者なら一度ならず聞き及んだことがある名称であろう。だがその一方、その組織がどのような人選、人員で組織され、また何処に存在しているかは、従盾騎士であるオルヴスですら知らない事だった。そんな考えを見抜いたか、クオンの口元が笑みを描く。
「さあ、そろそろ着くぞ。審判団の居城だ」
その宣言通り、二人は突如として広い地下空間へとたどり着き、しばらくぶりの地面に足を下ろす。二人を取り囲むようにして数メートルの範囲に正円を描く八本の蝋燭だけだ。薄暗く、数メートルしか離れていない互いの顔も見え辛い。この空間がどの程度の広さがあるのか、オルヴスは霊覚で測ってみたが、答えは得られなかった。非常に狭苦しくもあり、無限にも思える亜空間であった。
「随分と陰気な場所だな。だからこそ、陰惨な謀が得意なのか?」
揺ら揺らと燃える蝋燭の内の一本、その奥に眼を向け、クオンが口火を切った。数秒、何の返答も返っては来なかったが、不意に八本の蝋燭全ての灯が大きく揺らぎ、その大きさ明るさを増した。光が大きくなった空間の中、クオンとオルヴスははじめてそこに人型の何かが八体、手を組み円卓に両肘をついた格好で座しているのが視認で来た。とはいえ、明かりは一メートル離れて人の顔を判別するのが出来ない程度で、その人物達も白地に金の文様があしらわれた、土埃に塗れたローブに頭まで覆っている為、まるで同じ人間が八人居るようにも思える光景である。
「何をしに来た。亡国の皇子よ」
しわがれていながら、地の底から鳴るような低い響きを持った声が、空間全体に響き渡る。その音の発信源は、どうやらクオンの眼前の人物のようだ。言葉は発しても身動き一つしないローブに向けて、クオンは再度口を開く。
「何、幾つか聞きたい事があってな」
言いながら、先ほどの声の主の方に歩み寄り、鏡の剣を振り上げると、そのまま蝋燭の真横へと突き立てた。風に、灯が頼りなく揺れる。
「率直に聞こう。何故貴様らは、我がエトアールを滅ぼした。貴様らが忌み嫌っている筈のフェルまで用いて。鍵乙女として姉上……レーナ皇女を引き渡した我等を」
カタカタと音を立て、クオンの握る鏡の刀身が震えていた。それほどまでに、クオンの内では激情が滾っていた。だが声は、そんな彼の心内など厭わず、勤めて冷たくそして淡々と返事をした。
「異な事を。エトアールは我等アヴェンシスに対し牙を剥いた。降りかかる火の粉は払わねばならぬ。如何に小さな火の粉であろうとも、な」
声が語ったその内容を、立証する手立てはない。エトアールの民は全て死んだのだ。十数年前、一夜内に、突如として現れた強大なフェルの手で。その記憶も記録も、今となっては殆ど残ってなどいない。それはその事実が嘘だからだ。嘘は、いずれ綻びが出る。故に教会は完膚なきまでにエトアールを殺した、筈であった。鏡の剣が卓より勢いよく引き抜かれる。そのまま、剣は振るわれるかと思ったが、掲げた剣は振るわれる力とそこに留める力のどちらもが働いて振り下ろされず、クオンは柄を血が滲む程握り締めたまま、足元へとゆっくり切っ先を運んだ。
「……もう一つだ。鍵乙女となった者は、門の開閉と共に霊魂の声を聞き、精神を削られていく。それを貴様らは知っているな」
「ああ」
「では何故、姉さんを鍵乙女の任から解かなかった」
「鍵乙女は世界に一人。術式は、世に鍵乙女が居る以上発動せぬ。故に、壊れた鍵は捨て新しき物へと挿げ替えなくてはならぬ」
律儀に、しかし冷淡に答える声。それが逆にクオンの神経を逆撫でした。躊躇いなく振り上げられる剣。だが、その刃が振るわれる事はなかった。
「邪魔をするか魔狼……! 聞いただろう。こいつらは鍵乙女の命などどうとも思っていない! 貴公の護る者も、いずれは無かった事にされる定めだ! それを貴様は」
それまで沈黙を守っていたオルヴスが、クオンの剣を持つ腕を掴み、その動きを阻害していた。振り払おうと腕に力を込めるクオンだったが、静かに開かれたオルヴスの口に一端止まった。
「少々お待ちください。折角の機会ですので、僕も彼らに聞きたい事が出来ました」
掴む手に抵抗を感じなくなったのを確認し、オルヴスは手を離すとクオンの前に出る。円卓に片手をつき、先ほどまでクオンが向かい合っていたローブの男と向き合った。
「失礼ながらお訪ねします。先ほど術式と仰ってましたが、それは烙印を刻むものですか?」
「半分当たっている。その術式は、世界より鍵乙女の資質を持つものを選定し、烙印を刻む。この世に鍵乙女いる限りは、反応せんがな」
律儀に問いに答えた声に、そうですか、とだけ告げてオルヴスは質問を終え、数歩下がってクオンの背後に隠れる。
「さて、それでは覚悟はいいか。審判団」
オルヴスの問答という時間を挟み、幾分か冷静さを取り戻したクオンが、剣を持ち上げ左手で刀身を撫でながら、笑みを浮かべた。
「愚かなり。亡国の皇子」
声が、クオンを突き動かす。一瞬で纏霊を終え、一切の溜めの動作なく、鏡の刃が空を滑る。少ない明かりを全身で輝き返す鏡は、まさに光の刀身。
しかし、光の走りは押し留められる。クオンは、違和感を感じた。オルヴスが再び邪魔をしたのでない。違和感、異常は己の内より。ローブの一端を少しだけ裂き、クオン自体も無論その手にある刃も、完全な静止を見せていた。
「どうした皇子? 動けぬか?」
先ほどまで淡々と言葉を並べていただけの声が、不意に楽しげに下卑た声音となっていた。
「ここはアヴェンシスが誇る最も重要な場所。侵入者に対し何の策も弄していないとでも思ったか」
今度はクオンの背後より、別の男の、それまた年老いた声が響く。それを引き金に、円卓の八方向より、男女混ぜた老人の掠れた、あざ笑いが木霊した。
「この場はな皇子。我等の為、我等が作り上げた絶対の場。不可侵にして絶対の場所。よしんばこうして侵入出来たとしても、我等が一つ思うだけで、誰も何もする事は出来んよ」
そう、正面の男が笑う。同時、クオンそしてオルヴスの足元で呪印が仄かに発光した。 赤、橙、黄、緑、青、藍、紫そして白。それぞれ異なる色で発光する呪印が幾重にも重ねられている。そんな術式を二人はこれまで見たことがなかった。だが、一つだけ。その足元から上る霊気の濃さは、まるで底なし沼の如く重苦しいと感じさせるに十分なものであった。
「そういえば従盾騎士。お主今、そこの皇子を止めようとせんかったな……“跪いておれ”」
八人のうちの誰かが言葉を発すると同時、オルヴスの体もまた自由を奪われ、言葉通り片膝をつく。少し抵抗を見せてみたが、泥沼のごとき霊気は微弱な抵抗など関係ないと、オルヴスを引きずり込んだ。
「……そういえば疑問があるんですけれどね。鍵乙女は門の開閉という使命の果てに女神へ天化するという、教会の教え。あれは嘘ですか?」
強制的に頭を垂れさせられながらも、オルヴスは口調に何ら焦りも動揺も見せずに質問する。声はまた、淡白に答えた。
「否だ。だが、女神と成れたのは連綿と続いてきた鍵乙女の内、初代ただ一人。後は、言わずともわかろう」
「魔狼……貴公」
目線だけを仮面の奥で動かし、クオンは膝をついているオルヴスを見た。彼は、顔を上げていない。少し長い髪に隠れて、クオンの位置からは眼も見えなかったが、口元だけは見えた。浅く弧を描く口元が。クオンもまた、笑みを象る。
「わかった……一時休戦としよう」
「何を馬鹿な。もはやお主は我等の術中。むざむざ不穏分子を逃がすわけなかろう」
クオンの呟きに審判団が目聡く反応する。だが、脅迫のようなその台詞は、クオンにとっては一種の冗談もしくはセンスのない洒落にしか聞こえなかった。
「何をほざいている老害共。我は貴様らなんぞに言っていない。なぁ、オルヴス」
「……いいでしょう。僕としても、ゴミ掃除は気づいた時にしておきたいので」
次の瞬間。世界が割れる。薄氷に足を踏み入れたような、澄んだ音。と共に、荒れ狂う二つの悪魔の暴風。事はまさに刹那の内の出来事だった。何が起こったのか、それを知ることが出来るのは悪魔そのものである二人の男だけだ。風の起こりが一瞬であれば、終わりもまた一瞬であった。円卓だけが置かれた静寂の場は、まさに天災に見舞われたかの如く荒れに荒れていた。蝋燭は一本を残して全てその灯を消し何処かへと飛んでいったか、砕け散ったか。八人居たはずの審判団は、ローブだけを残し、蝋燭の残ったたった一人だけが数瞬前と変わらぬ佇まいでいる。だが、その生き残りも、クオンの手に首根っこを掴まれ、軽々と持ち上げられた。
「ほう……声と同様に醜いではないか」
鏡の剣の切っ先で、器用に蝋燭の先端を切って乗せ、揺れる灯りを自らが掴んでいるローブの人型の顔近くへ持ってくる。照らし出されたのは、醜悪な人とも思えぬ貌。肌は朽木の色、肉は削げ落ち皮が骨に張り付いてなんとか形を保っているようだ。唯一、眼窩の奥には二つの真珠のようなものが妖しく光っており、それだけが生気を保っていた。
「は、離せ痴れ物! 貴様、一体誰に手を出しているかわかっているのか! 従盾騎士! 貴様も教会の騎士ならば早くこの愚か者の始末を――」
「生憎、僕は貴方のでなければ教会のでもない、ただ唯一アノ様だけの従盾騎士ですので。ミイラ風情の一体や二体、どうなろうと知った事ではありませんよ」
声は無様に助けを求め喚き散らすが、オルヴスはまるで相手にせず背を向ける。仮面の下のクオンの唇が、さぞ愉快そうに笑う。
「一つ教えておいてやろう審判団。貴様らはこのふざけた術でこの組織を言い様に操ってきたつもりだろうが、上に立つ者は武力の刃ではなく言葉の牙を磨かなければ朽ちていく定めなのだ。覚えておくといい」
「ふざけるな! 我等は幾百年という時このアヴェンシスを、いや世界を導いてきたのだ! それは変わらぬ! 過去も、今もこれからも――」
静かに、鏡の剣が見えぬ空へ向けて垂直に伸ばされる。
「亡国の、皇子よりの助言だ」
「なっ――」
しわがれた声が空間を汚すのを許さず。断罪の鏡刃は音もなく、骸のまま生きた異形を両断した。