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白月に涙叫を  作者: 弐村 葉月
九章 亡霊と復讐
132/168

―罰―

――それは今は果てしなく遠くなってしまった日の記憶。


「やああああ!」


「どうしたどうした。そんな事ではオレに傷一つつけられないぞ」


新緑生い茂る城の中庭で、二人の少年と青年が木刀の片手に剣の試合をしている。試合というよりは、青年が少年に稽古をつけている、もしくは二人してじゃれ合っている、とでも言った方が的確であろうか。何の技巧もなく、ただ真っ直ぐに少年は木刀を振りかざして青年へ突進していき、青年はそれを流れるような動きで避け、あるいは左腕で受け止めて弾き飛ばす。かれこれ、一時間はそうしているだろうか。よく飽きないものだが、それは彼ら二人に限ったものではない。


「ほらクオン、頑張りなさい!」


「お茶が入りましたよレーナ様」


じゃれ合う二人に声援を飛ばす緑髪の女性と、その女性の横でテーブルに置いたティーカップにお茶を注ぐ少女。彼女らもまた、男二人の稽古を庭の片隅で見守っていた。


「ありがとう。ユレアちゃんも座って見なさいな。二人の分はまだ後でいいでしょ」


「はい。では、お言葉に甘えて」


女性の言葉に答え、少女もまた隣の椅子を引いて座る。そうしている内にも、女性はまた木刀を弾かれて転んだ少年へ声援を送っていた。


「頑張ってー! ダズホーンなんかに負けちゃだめよー!」


「なんかとは、またきつい事を仰る」


女性の声に反応してしまった青年の背後で、少年が立ち上がるのを少女は見ていた。あ、と声が漏れた気もするが、それが青年まで届くことはない。


「隙ありだぁ!」


威勢のいい少年の声と共に、青年の頭に強烈な一撃が決まった。試合始まって以来、少年のはじめての一撃であった。


「あら流石はいい師匠に習ってるだけあって、油断も隙もないわね」


「い、痛そう……です」


「良いのよ男の子はあれくらいで」


女性と少女が会話している最中も、青年と少年は試合の続きをはじめていた。流れはまた、青年の方に一方的に変わってしまったが、それでも少年は諦めない。また、女性は少年へ激励の声を飛ばしている。少女はまた、転んでしまった少年を恐々、心配そうな顔で見つめている。青年はまるで諦めの悪く向かってくる少年へ、笑顔で稽古をつけている。

そんな、在りし日の日常――。







はっとして、ユレアは眼帯の奥、失われた左目を抑えた。全てを見据える魔の瞳。なんと煩わしい事か、と歯噛みしながら、ユレアは右目と霊覚で、クオンとダズホーンの戦いを見た。そうして、まざまざと今を知る。青年だったダズホーンは今や壮年の男性に。少年だったクオンは、仄暗い目をした青年になって。それぞれに握るのは木刀ではなく、相手を殺すための刃持つ剣。今行われているのは試合でも稽古でもましてやじゃれ合いでもなく、ただの、殺し合い。それも、お互いの思想や怨念のぶつけ合いの、醜い殺し合い。ユレアは心なしか振るえ、手を強く握り、そしてまた気づいてしまった。自分が持っているのもまた、敬愛する姫に対して注いだティーポットなどではなく、あらゆる者を切り裂く為に作られた、魔具たる大鎌であることに。


十二の光る盾が、ダズホーンの周囲を飛び交っている。教会式霊術、連なりの盾アヴリウェス。己が身を、また何かを守る為に生み出す、光る十二の盾。それぞれが術者の意思により操られ、あらゆる攻撃、霊術を弾く術。ダズホーンがもっとも得意とし、そして奥の手とする技であった。高速で飛び交う盾たちは時に防ぎ、また時に自身を武器として目標を粉砕する武器にもなる。


「アヴェンシス教会騎士、かつての二柱。矛盾と呼ばれ、最強の矛と並びたった、最高の盾を持つ男、か」


攻撃を弾かれ、中に舞っていたクオンが地面に降り立ち、鏡の剣を弄びながら、そう口にした。ダズホーンは答えず、ただ自らの周りに盾を再配置して、次なる攻勢に備えていた。


「だが、守っているばかりでいつまで持つかな」


クオンが眼前へ垂直に鏡の剣を立て構える。同時、光を受けてもいないのに、鏡は突如として光輝いた。同じくして、ダズホーンの操る盾が動き、そして一瞬の煌きの如き一閃に十二全てが弾かれた。


「鏡の剣。別名ヤタ。鏡とは古来より畏怖の対象であった。これもまた、その一つ。この剣に起こったことこの剣にて行われたこと全てを写し、そして映し出す術。たとえば、斬撃そのものも、な。よくぞ覚えていた。でなければ防ぎきれまい……もっとも」


クオンが剣の構えを変える。それは、かつてグリムやオルヴス等と対峙するときと同じ、彼が攻める為の構え。右片手だけで柄を握り剣先を標的へ向け、左手は引いて軽く上へ向ける。相手の正面から半身逸らして、双眸で敵を見据えた。


「次は、ない!」


クオンの姿が没し、金属の破砕音と彼が移動したことにより弾けた大気の音が混ざる。十二の光る盾の一つが、鏡の刃に貫かれて砕け散った。驚くべき速度と威力だが、ダズホーンは努めて冷静に、残りの盾の五つをクオン向けて飛ばす。しかしそれは、彼にとっても遅すぎた。発動の証拠に光る鏡刃。しかしその光を先おいて、クオンに向かっていた盾の全てが砕けた。先ほど盾を壊したクオンの刺突を、剣が“映し出した”のだ。そのまま、クオンは攻勢を緩めない。連なりの盾では防ぎきれないと判断し、ダズホーンは盾を全て己の左の手盾に集め、クオンを迎える。なおも愚直なまでに、クオンはダズホーンへ渾身の斬撃を繰り出す。連なりの盾アヴリウェスまでもを取り込んだダズホーンの光る盾と、斬撃の記憶を呼び起こす鏡の切っ先が衝突し、弾けた。発生した衝撃波が、近くにあった大樹を抉り、倒壊させる。轟音と共に崩れ落ちる、千年巨樹。街の方へ向けて倒れなかったのが唯一の救いだろうか。先ほどの交差の余波で、周囲の地面も抉れ、草木が消滅している中、二人はそれぞれ同じ高度を保ち、霊翔して見合っていた。


「……強くなられましたな。本当に」


「なるさ。全ては、全てを奪われたエトアールの無念の為に。その為ならば、何も惜しくはない」


お互いに、追った傷は微々たるものだ。クオンは左肩と左手の切創。ダズホーンは頭部で背中への打撃。しかしそんなもの、お互いにとって全くの枷になりはしない。どちらもが、同じ失われた者の為に戦っている。それは同じ者の筈なのに、どうしようもなく二人は違えていた。


「だが、オレは負けられません。あの方ならば、レーナ様ならば、オレと貴方がこうして真剣を交えることを、喜びはしないでしょう」


「ほう。では、どうする」


クオンの問いへの答えか、ダズホーンの纏う霊気が増大した。もはや、視覚で目視できる程に溢れ、揺らめく炎の如く。


「全力で、止めるとしよう。かつての師として!」


言い切り、ダズホーンは空の遥か高みへと飛び立つ。もはや、視覚ではクオンを捕らえきれるところまでのぼり、そして詠唱を始めた。


「大地、空と海、太陽、月と星の座」


剣を鞘にしまい、左の手盾を掲げると、ひとりでに盾が浮き上がり、ダズホーンの正面で静止する。


「全世よ集いて我が元へ。畏れよ、これが」


浮かんでいた盾が光を発し、夕闇から夜空へと変わった空を今一度照らす。留まることを知らぬかのように膨れ上がる霊光は、空の大半を埋め尽くす円形を描き、そして止まった。


世描きの盾エイキルエイス


光が解かれ、露になるは巨大な盾。無骨な鋼色に、赤黄緑青紫の五色の宝石が放射状に何重にも散りばめられている。宝石の輪と輪の間にはあらゆる動物や木といった生命、もしくは海や雲といった自然が浮き出るかの如く描かれている。まさにそれは、世界を描いた盾であった。


「くっ!」


その威圧に、ユレアは呻いた。目には見えない、ただこの空間、いや彼女が認識できる世界全てに突如として現れた強大なプレッシャー。言うなれば、霊気の圧力とでも言おうか。その下にいて、ユレアは膝をついた。体が言うことを聞かなければ、息さえもしづらい。視覚も聴覚も嗅覚も触覚も、さらには霊覚でさえも、巨大な霊気の圧力に阻害されて役に立たない。ただただ、頭を垂れるだけだ。

その、絶大な威圧の下で、クオンは一人、無感動な瞳で世描きの盾エイキルエイスを見上げていた。霊圧を感じていないわけではない。だが、そんなことで止まりはしないだけの話だ。


「ダズホーン。貴様は、そういえば知らぬのだったな」


一歩、また一歩とクオンは中空へと見えない階段を昇って行く。霊力の足場を形成し、空に立つ。単純な初期技術ではあるが、世描きの盾の下では出来るわけがないはずなのに。まるで関係ないと、クオンは届かない、届かせる気もないのだろう言葉を紡ぐ。


「姉上がどうやって死んでいったのか。エトアールが、どうやって滅んでいったのか。知らぬのだな、貴様は」


クオンの鏡の剣を握る手に力が篭り、皮膚が破れて血が滲む。盾に近づくに連れてます霊力の圧に、少しずつ、彼の動きが重くなっていった。


「貴様にも、見せてやろう。愛した者の末路と、故国の終焉の時の、その“記憶”を」


鏡の剣の先が、まだはるか上空に座す盾の中心に向けて突き出される。そして、クオンの体の奥の“刻印”が浮かび上がりはじめた。光ではない、白い闇。そこにあるとただ主張して色立つ、呪印。そうそれは、オルヴスの持つ呪印交霊に、極めて似ていた。

白い闇がゆっくりと広がり、鏡の剣に絡みつき、光を誘発する。しかしその光は先ほどまでの輝きなどではなく、世界に現存するあらゆる色を混ぜこんだような禍々しきものであった。鏡が、染まりきる。そして。

クオンは盾を貫いた。

鏡の刃が、ダズホーンの体の中心から突き出ている。混色の靄は彼の体の前面で蠢き、貫かれた先は曇りなき鏡の刃を現して。


「ごふっ!」


ダズホーンの口から吐き出される吐血が、クオンの翠色の髪を汚した。


「眠れダズホーン。己の愛したものの最期を、夢に見ながら」


剣の柄から、クオンは手を放す。そのまま、重力に従い落ちていくかに思えたダズホーンの、その手がクオンの肩を掴んだ。驚き、目を見開くクオン。その目を見て、ダズホーンは笑っていた。


「やっと、オレにも……罰が下った、か……すまんな、クオン」


肩をつかんでいた力が弱まっていく。だが、その手が自然と力失い離れていく前に、クオンは今一度鏡の剣の柄を掴み、さらに押し込んで突き放す。もはや、ダズホーンは呻きすら漏らさなかった。ただ、全ての力を失い、今度こそ、重力に導かれ地表へと落ちていった。

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