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白月に涙叫を  作者: 弐村 葉月
九章 亡霊と復讐
131/168

―仇―

大樹の街、セパンタ。世界に五つ安置されていた門の、最後の一つがある場所。夕焼けを背にした巨木セパンタの根元に、その門はある。千年の時を経て尚、その姿を違えぬ門と共に、また千年の時を生きてきた大樹セパンタ。そこに、ダズホーンは居た。門に背を預け、いつ来るとも知れない“敵”をたった一人で待っていた。周囲に、ここ一月の間絶えず待機していた掲剣騎士の姿は一つもない。ダズホーンの命令で、退去させられ、セパンタに住む民衆の非難に当たらせたのだった。

ダズホーンはもう何度も立ち寄り、そしていつまでも変わらないこの場の景色を眺める。そして、一つの名前を呟いた。


「レーナ」


答える声はあるわけもない。その名を持つ人物は当の昔に死んでいるのだから。だが、ダズホーンには今でも、今彼が背を預けている門の前で門の儀式を行う女性の姿を思い浮かべることが出来た。新緑の髪色をした、美しい女性。己を省みず、他者の為にその身を賭けることを厭わない人であったとダズホーンは思い返す。だからこそ、彼は守りたかったのだ。レーナの従盾騎士であったことを、彼は今でも誇りに思っている。

夕焼けが徐々に沈んでく。もはや空の端は深い青色の染まり始めた頃、ダズホーンはゆっくりと立ち上がった。見開いた目に、一切の油断は見えない。その目は静かに、悲鳴の如き金切音と共に避ける空間を見据えていた。空間の裂け目、亜空の出入り口より、二つの人影が現れる。仮面の男と、鎌を携えたメイド。アヴェンシス教会を揺るがす、エトアールの亡霊、その二人であった。


「久しぶりだな。ダズホーン」


仮面の男が口元を歪め、そう述べる。騎士団長たる人物がこのセパンタの門に居るという事態にも関わらず平静で、ともすればここにダズホーンが来るのを最初から知っていたかのようだ。


「お久しぶりです。クオン=ツェン=エトアール様」


丁寧な言葉ながら礼すらもせず、ダズホーンは返答した。クオンはそれに鼻を鳴らし、さらに話す。


「ツェン=エトアール、か。今は亡き国の名など、語るに落ちるな。なあ、エトアール国王宮騎士団、元副団長」


「その名で呼ばないでもらおうか」


淡々と、クオンの言葉を切り捨てて、ダズホーンは腰に指していた剣を右手で抜き、左手で、掲剣騎士団団長の外套の下にあった手盾を持ち出す。


「今のオレは先代鍵乙女レーナ様の従盾騎士にして、アヴェンシス教会掲剣騎士団団長、ダズホーンだ。当代鍵乙女と従盾騎士、巫女、掲剣騎士を襲撃し、各地の門を破壊せしエトアールの亡霊よ。今ここで、その蛮行を終わらせようではないか」


静かに、だが確かに、ダズホーンの身に、剣に盾に霊力が纏っていく。それを確かめながら、ゆっくりとした動作で、クオンは仮面を外し、ユレアへと渡した。露になる、端整な顔立ちながらも悲しみと憎しみに囚われた目をした、青年の素顔。その額を片手で押さえ、彼は呟いた。


「残念だ。残念だよ、ダズホーン」


残った片手が、空間を貫きもぐる。そしてその手に、一点の曇りなき鏡の如き刀身の剣を握り、引き抜いた。夕焼けを受け光るその剣を見、ダズホーンの瞳がわずかに驚きを見せる。


「鏡の剣。貴様は一度は見たことがあろう。エトアール王家に代々続く、宝剣だ」


剣をダズホーンに突き出すように向けて構えるクオン。


「行くぞダズホーン。いや、掲剣騎士団長……我が姉上レーナの仇、ここで取らせてもらう!」


夕闇に映える大樹の元で、二人の剣士がぶつかり合う。鏡の刃を盾が受け、鉄の剣が空を切る。舞うように剣戟を繰り返し、受けられて尚攻勢を崩さないクオンに、ダズホーンは無駄に動かずに、体の向きと体勢を変えるだけの足捌きで、手盾を巧みに用いて攻撃を受け流しつつ、右で持つ剣で反撃を試みていた。あまり大仰に動かなず質実剛健な戦い方を見せるダズホーンに対し、クオンは前から左右から背後から時には頭上より、纏わりつく水流の如く変幻自在な動きでダズホーンを攻め立てる。お互いに、動きはそこまで早くない。まだ、相手の出方を伺っているのか、それとも。そんなやり取りの中、攻撃を加え続けるまま、クオンが口を開いた。


「何故だ、ダズホーン。何故姉上を見殺しにした!」


「それがレーナ様の望みだったからだ」


声を張り上げて激昂する彼に対し、ダズホーンの返答はあくまで冷淡だ。それがさらにクオンの怒りを加速させる。


「死に望む者など居るものか! 姉上はずっと、お前の助けを求めていた筈だ!」


飛ぶ檄と共に、強烈な一撃がダズホーンを襲う。先ほどまでとは比べ物にならない威力の一撃を盾で受けるが、流しきれず大きく吹き飛び、踏ん張る両足が押されて地面を抉っていく。


「門に取り込まれる、死した魂の怨嗟の声は鍵乙女の心を蝕み削り、いずれ壊す。姉上は鍵乙女となったが為に教会に殺された」


クオンは、握る鏡の剣の刀身を自分の面前の中央へ垂直に立てるよう構え、距離の離れたダズホーンを睨んだ。ダズホーンもまた、戦意衰えず盾と剣を構え直す。


「心壊れた姉上が自害し、それを不審に思った父は教会へ問責した。その直後だ。エトアールがフェルの大群に襲われたのは」


ダズホーンはクオンの語りに言葉を返さない。彼は知っていた。霊魂の声に心を削られすぎたレーナが、休養の為に一時帰省したエトアールで自害したことも。それに悲しみ憤った彼女とクオンの父、当時のエトアール王が教会を糾弾したことも。その結果に、教会が、審判団が取った措置のことも。また、クオンは口を開いた。


「ダズホーン貴様は、貴様は姉上を愛していたのではなかったのか」


その声はこれまでの怒りよりも失望に近い声音を伴っていた。


「愛していたさ。だからこそ、今の貴方の蛮行を止める義務が、オレにはある。この門は、レーナ様がその命を賭して人々を守った唯一の証だ。それを守る義務もまた、オレは持っている」


言って、ダズホーンは構えを変えた。それまで防御にと突き出していた盾を少しばかり下げ、代わりに剣を中段に据える。


「クオン様。貴方のその復讐に囚われる気持ちはオレにもよく理解できる。だが、今の貴方の行為はレーナ様がもたらした平穏、救った命を破壊するものだ。それだけはさせん」


ダズホーンが地面を蹴る。この戦闘始まって以来、はじめて彼は自ら攻勢に転じた。クオンは動かない。それどころか、眼前に構えていた筈の鏡の剣さえも下ろし、ただ迫り来るダズホーンを見ていた。鉄の剣が、袈裟切りで襲い掛かり、刃はクオンの左肩に食い込んだ。普通ならば、そのまま斜めに切断されてもおかしくないほどの一撃。だが、ダズホーンの振るった刃はクオンの肩の肉を少し切っただけで、彼のその肩と刀身をつかむ左手に止められていた。


「本当に、残念でならないよ。ダズホーン」


クオンの瞳にもはや感情は映っていなかった。ただ目の前の風景を、驚愕するダズホーンの表情を映すだけのガラス球のように、そこには憤怒も悲哀も決してなかった。クオンの手から鏡の剣がすべり落ち、地面刺さる――同時。ダズホーンの頭が地面へと叩きつけられた。いつの間にか、無造作に彼の頭部を掴み、強引に地べたに叩き下ろしていたクオンの右手。あまりの動作の速さに遅れた衝撃が地面を砕き地割れを起こして、大気を吹き飛ばした。轟音が鳴り止まない間に、クオンはダズホーンの髪をもう一度強く掴むと、そのまま大樹セパンタへ向けて投げつける。


「ぐっ!」


セパンタにぶつかり、巨木に亀裂が走る。頭へのダメージと背中への衝撃にダズホーンの声が漏れる。咄嗟に纏霊していたのか、頭から血は流れているものの、それほどの怪我は負っていないようではあった。


「貴様は諦めた、目を背けただけだ。それを、姉上が望んだからなどと」


クオンの手が、地面に刺さっていた鏡の剣に触れると同時に消え、ダズホーンの直前へと現れた。


「貴様は屑だ。ダズホーン」


一閃が、ダズホーンを襲う。盾でその突きを防ごうとするダズホーンだったが、咄嗟に盾を引いた。迫ってくるのは、目の前のクオンだけではない。あらゆる方位から、刃が迫ってくるのを彼は感じ取っていた。それは確かにクオンの放つ霊気と同じである。幻影などではない。そんな幻影を作る意味などない。だとすれば、その迫る斬撃は全て事実として存在するものに他ならない。そこで、ダズホーンは気づき、いや、思い出した。クオンの持つ、鏡の剣に秘められた術を。


連なりの盾よアヴリウェス!』


ダズホーンの心唱が響く。彼の盾が光り輝き、彼自身とクオンまでもを包み込んだ。

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