―先代―
ペルネッテに頼まれた買い物を終え、オルヴスとシュウそしてイラの三人は、アーノイスとペルネッテの待つ談話室へと向かっていた。
「くそがっ、こっち中濃ソース高ぇよ死ねよ」
「とかいいながらしっかり三瓶買ってる辺り、中毒者甚だしい」
相も変わらず、シュウとイラは言い争いのような日常会話を繰り広げており、オルヴスはそれを見て笑みを浮かべている。
「アヴェンシスへの輸出ルート少し見直すか。ロロハルロントの三倍とかふざけてやがる」
「いくら特産品だからって売り込む気満々過ぎ」
「一日一本のソースは医者を遠ざけんだよ」
「どっちかっていうと死神が瞬間歩行で近づいてきそう」
この場に居るシュウとイラ、アーノイスやペルネッテの母国であるロロハルロントの特産品は、野菜や果実などのジュース、ピューレなどに食塩、砂糖、酢、香辛料を加えて調整、熟成した液体調味料であり、どうやらシュウはそのソースの愛用者であるらしい。それが愛国心からなるのか、彼自身の趣向の問題かは別だが、一日一本は恐らく摂取し過ぎだろう。アーノイスのアンバタ趣向といい、ロロハルロントの人間はもしかしたら偏食家が多いのかもしれない。どちらにしても、食事の手綱は別の人間に握られているので救いなのかもしれないが。
と、そんな事を考えたり話したりしているうちに彼らは談話室の目前まで辿り着き、そして、その扉の前で立ち往生している一人の騎士を見つけた。恐らく、アーノイスかオルヴスかに用事があるのだろうが、立ち入り禁止の看板が扉に立てられている為、中に入れないのだろう。その彼に、オルヴスは背後より近づいていき、声をかけた。
「何か御用ですか?」
「これは従盾騎士殿! よかった、ノックしても何の返事もないものですから」
騎士の言葉を聴きながら、オルヴスはひそかに霊覚で談話室内の様子を探る。間違いなくそこにはアーノイスとペルネッテがおり、特に問題が起きている様子はない。談話室の壁は厚く作られているし、二人は二人で会話に花を咲かせていて気づかないのだろう。とにかく、用件を聞こうと、オルヴスは騎士の言葉を促した。
「ダズホーン騎士長がお呼びです。至急、会議室に来るようにとのことでした」
「わかりました。わざわざありがとうございます」
「いえ! それでは失礼します」
礼を述べ、騎士を下がらせると、オルヴスは持っていた買い物袋をイラへと預け、口を開く。
「という事なので、行ってきますね。アノ様には上手くお伝えください」
「面倒くせぇ、自分でごまかーーっおい!」
大方、アーノイスに余計な心配をさせないように、との意が含まれたオルヴスの言葉に、シュウが反論している最中にも関わらず、オルヴスは風を切って去っていく。にこやかな笑みと謝罪の意でも乗せているのだろう手振りを残して。
「面倒ごとを押し付けられるのは兄さんのお家芸ですか」
「うっせ。お前も口裏合わせろよ」
やれやれ、といった空気を兄妹揃って纏わせながら、二人は談話室の中へ戻っていくのだった。
始祖教会掲剣騎士団会議室。ダズホーンにより召集されたオルヴス、グリム、メルシアの三人と、翳刃騎士隊長のバーン。そして召集した張本人のダズホーンを含めた五人が、それぞれの席についている。会議の円卓は広すぎる為、一箇所に固まり声が通りやすい形ではあるが。呼んだ全員の参集を確認するや否や、ダズホーンは口を開いた。
「大体の予想はついているだろうが、今回緊急に集まってもらったのは、エトアールの亡霊に対する対抗策に着いてだ」
そのままダズホーンは言葉を続け、周知の事実ではあるが、現存していた四つの門の内の三つが破壊されたこと。それから一月の間彼らの行動が全く掴めず何も起こっていない事。至る所に異常発生しているフェルの事などを話す。その上で、彼は今後の方針の打診をはじめた。
「翳剣騎士には各地のフェルの討伐へ向かってもらいたい。スティーゴの怪我も治った頃だろう」
「ああ。マロリの穴は痛いが、まあその分は俺が何とかするわ」
いつも通りのやる気の無さ、と思いきや今回のバーンは少々違っていた。普段のとおりのだらけた座り方ではあるが、語気はわずかながら強い。隊員であったマロリの死もあるのだろう。
「マイラ、ヘイズ、コルストに隊を分けて向かえ。移動は巫女殿、頼めるか?」
ダズホーンの問いにメルシアは首肯だけで答え、バーンは席を立った。翳刃騎士の面々に告げに行くのだろう。その彼を見送り、ダズホーンは今度はオルヴスたちへ向き直った。
「従順騎士と鍵乙女はこれまで通りアヴェンシスに居てもらう。いざという時にはオルヴス、お前に任せるぞ」
「ええ。わかっているつもりですよ」
「それで、巫女殿とグリムにはレツァーンに向かって欲しい。実質門としての機能は果たしていないとはいえ、あそこは教会の最重要地」
続き述べられたダズホーンの台詞に、メルシアが言葉を次ぐ。
「そうだな……今のままではどうやっても門の再生は出来ん。最悪、世門を使わなければならないかもしれんからな」
「ま、俺は何処だって良いけどよ。あんたはどうすんだ? ダズホーン。教会に居んのか」
グリムの言葉に、三人の視線がダズホーンへと向けられる。それを受け止め、数秒彼は目を閉じ、それから言葉を紡いだ。
「いいや。オレはセパンタへ行く。巫女殿、頼めるか?」
「ああ……構わないが、一応理由を聞いておこうか。それは、騎士団長としての最善の策だと思っての事なんだろうな」
答えるメルシアの言葉は何処か責めるようだ。確かに、騎士団長という、掲剣騎士全体をまとめる立場にある人間が、この場を、アヴェンシスを離れるとうのは一大事である。それもこの混乱しきった状況の中で。だが、メルシアの問いはそれとは別の場所を指しているようだった。ダズホーンは黙する。何か言葉を考えているのか、己の考えを確かめているのか。三人は黙ってそれを待った。数十秒の時の後、ようやっと、ダズホーンは声を発する。
「先代の従盾騎士として、オレは門を守らねばなりません。それが、レーナ様が残されたものなのだから」
強く、ダズホーンは言い切った。グリムもオルヴスも何も言わない。メルシアだけが、彼を見透かすような強い視線を向けている。先代鍵乙女レーナ。ダズホーンは、その従盾騎士であった事は周知の事実だ。その従盾騎士として、彼はセパンタに行くと言い切った。普通であれば、看過できることではない。今の彼は掲剣騎士団長であって、従盾騎士ではないのだから。しかし。
「では、アヴェンシスの方はお任せください」
続いていた沈黙を破ったのは、オルヴスであった。彼にはきっとわかったのだろう。同じ、従盾騎士として、今ダズホーンの胸の内に渦巻いている思いに。
それ以上の言葉を、オルヴスは用いなかった。ただ、話は終わったと席を立つ。
「まあ、いいだろう。で、いつ行くんだ? 明日か、明後日か?」
侮蔑ではなく諦めでもなく、ただため息を吐いてメルシアはダズホーンを見る。彼は、少しだけ笑って答えた。
「いえ。それでは、今から」