―再会―
始祖教会礼拝堂。今は祈りの時間でも、ミサが執り行われているわけでもないが、礼拝に来てる人物はそこそこいる。参拝者は通年を通し結構な数がおり、混雑を避ける為に、教会関係者の方で人数制限をすることもある。アーノイスやオルヴスに日頃礼拝するような習慣はないが、教会に滞在している際のミサその他の典礼には参加したことがあるので、この礼拝堂も見慣れたものである。世界最大と謳われるだけあって、非常に広い。ともすれば高名な大劇場ほどはあろうかと言うほどだ。初代鍵乙女、女神の像に美しいステンドグラスと金色のタウ十字。どれも、教会における基本的なものだ。
そんな中、アーノイスは真っ直ぐに女神像のある祭壇へ続く中央の一本道を進んで行く。外とは違い身を隠すフードもつけていない状態で、尚且つ教会総本山の礼拝堂ともなれば、当代鍵乙女に当たる彼女に気づかぬ人間が居ない筈もない。とはいっても、流石に騒ぎにはならず、隣り合った者同士が囁き合うくらいのものだ。ここは会話ではなく礼拝の為の場なのだから、当然である。座席の最前列まで着き、アーノイスはそこに居た、四人の人間の内の、外套を羽織った女性の肩を叩く。少し驚き、顔を上げたその女性が声を上げそうになるのを、アーノイスは手振りで制して、四人を引き連れて礼拝堂の入り口で待つオルヴスの所までやってきた。
何も言わず、扉を開けて外へ出る六人。そこはまだ教会内の廊下であるにも関わらず、外套の女性は声をあげてアーノイスに抱きついた。
「お久しぶりですアノお姉様!」
突然の抱擁に驚きながらも受け止め、アーノイスもまた笑顔で言葉を返した。
「久しぶりねペルネ。元気そうで何よりだわ」
挨拶を終え、二人が離れると同時に、ペルネの被っていたフードが落ちる。アーノイスよりも少し濃い水色の髪を、後ろで花飾りつきのリボンを使い短いポニーテールにし、姉よりも少し大人びた様子の女性。姉妹ということもあり髪と瞳の色は同じで二人とも美人と言える顔立ちだが、どちらかと言えばペルネの方が年上に見えなくもない。
久しぶりの再会に笑みする二人を横に、オルヴスがペルネに着いてきたロロハルロントの三人の方へ歩み寄り、挨拶を交わす。
「遠路はるばるようこそいらっしゃいました。お久しぶりです。シュウ=ラピス=オニキオス殿」
「堅苦しい挨拶はやめにしよう。従盾騎士オルヴス。こっちは子守で大分気疲れしてるんだ」
そうして軽く握手を交わす二人の間に、桃色の物体が跳ねるよう割り込んで来た。
「おっすおっす! はじめましてミッツァでーす。んで、こっちがシュウの妹のイラっちだよーん」
オルヴスと会うのははじめてのミッツァが、同じく初対面のイラの肩を引っ掴んで無理矢理に自己紹介をする。
「は、はじめまして」
困惑しながら礼をする少女とその肩を掴む人とシュウとを視るオルヴス。シュウが片手で頭を抑えている様子から、オルヴスはこの人物が日頃からこういうテンションのものなのだろうと納得し、礼を返した。
「はじめまして。ミッツァ嬢。イラ=ラピス=オニキオス嬢。当代鍵乙女の従盾騎士を務めている、オルヴスと申します」
「兄さ――兄上とペルネッテ様、ミッツァ様の世話役をしています。イラです。よろしくお願いします」
「あ、ミッツァ女の子じゃなイング。男の子でもないけど」
イラの挨拶に恭しく礼をしようとしたオルヴスが止まり、ミッツァの一言に眼が点になる。
「えっと、それは」
「私はこの世に顕現した太陽である!」
何故か腰に手をあて、もう片方の手の人差し指をビシと突きつけて宣言するミッツァ。正直、オルヴスには何を言っているのかわからなかったが、まあよしとすることにした。シュウも相変わらず頭を抱えているし、その妹のイラも困った顔をしている。こういう人物なのだろう。
「わかりました――アノ様」
取り敢えず納得した事にして、オルヴスが既にペルネと立ち話に興じているアーノイスに声をかけた。
「ん? どうしたの」
「立ち話も何ですし、談話室を借りに行きましょう。ここにいると、注目を浴びてしまいますから」
苦笑してオルヴスが言うとおり、周囲には神父、修道女、掲剣騎士、参拝者を問わず、少しの人垣が出来あがりそうであった。鍵乙女と従盾騎士というツートップが、何やら鍵乙女と似た風貌の人物と共に、異彩放つ人間も含めて立ち話をしているあらば、目立っても仕方ない。
「では皆様、こちらに」
取り敢えず場所を変えようというオルヴスの提案に反対する者がいるわけもなく、六人はまた歩いて行った。
司祭の一人に許可を取り、教会の談話室の一つを貸し切り、六人はそこで休息を取ることにした。この談話室は普段、休憩中の教会関係者や、立ち寄った参拝客が一休みに使う場所でもあり、大きなテーブルが一つと、一人掛けのチェアや、数人で座れるソファ、人一人寝転がれるベンチのような椅子までが配備されており、簡易的な流し台とトイレもある。ごく稀に棲み付いているような人間も出る場所だ。全体的に質素な作りながら、石材と木材の使い分けが良く、あまり硬過ぎずゆるすぎずの空間を演出している。
そんな中、恒例のお茶汲みを終えたオルヴスが出口へと向かって行った。
「それではアノ様。僕は少々買い出しがありますので。街の方へ行って参ります」
「え、買い出しって……何かあったの?」
普段、旅をしている最中であれば、街中で彼が買物をすることも必然となる。だが、今は一応旅は終わり、食事その他生活必需品は教会より支給されている。その上、特に私物を持たないオルヴスが買物に行くとなると、アーノイスはその裏を気にかけずには居られなかった。彼女は、今のこの不安定な情勢で何か動きがあったのかもしれないと思ったのだ。
だが、そんな彼女の不安をオルヴスは首を横に振って否定する。
「いいえ。僕の部屋の茶葉が切れていたのと、あと読みたいと思っている本があるだけですよ。何か要り様なら買ってきますが?」
そんなことか、と事態に危険性その他緊急性がないことを知り、安堵のため息を吐き、また頼むようなものが何かあるかと思索を巡らせるアーノイス。特には思いつかないかと答えようとした彼女だったが、その先に、彼女の向かいに座っていたペルネが声をあげた。
「私が頼んでもよろしいですか?」
おずおずと手をあげて話す彼女の意見を首肯するオルヴス。
「良かった。それじゃあキャベツとひき肉を買って来ていただけますか? えーと、六人分。折角姉様にもお会い出来ましたし、今日のお夕飯は私が」
「あら、良いのペルネ。長旅で疲れてるんじゃない?」
「大丈夫です姉様。姉様こそ、今年は大変だったと伺っておりますし」
何故いきなり食材だったのか、と疑問に思うオルヴスだったが、続く二人の会話に納得する。以前アーノイスが妹は料理上手だと語っていた事を思い出しながら。
「わかりました。厨房の方に器具等借りられるよう伝えておきますね」
「ありがとうございます」
それでは、と部屋を出ようと扉をかけたオルヴスの元に、今度はシュウがやってきた。
「俺も行こう。ペルネの用事だからな」
「あ、私も行きます兄さん」
続き、イラまでもが兄の後に続く。
「助かります。では行って参ります」
特段、断る理由もないと、オルヴスが扉を開け、先にシュウとイラを通し、今度こそ部屋の外へと出て行った。