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白月に涙叫を  作者: 弐村 葉月
九章 亡霊と復讐
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―来訪―

始祖教会グロリアの前庭へ至る、長く広い階段を四人の男女が登っている。百八段あるとされるその階段は、他にも多数の信者らしき灰色のローブを着こんだ人々や、鎧に身を包んだ掲剣騎士らが往来しているが、事彼らは目立っていた。翳刃騎士の面々のような場合もあるにはあるが、それにしても、その一団はちぐはぐだ。


「ジャンプ! ジャンプ! ジャンプ! カンガルーのようにっ!」


ゆるくウェーブのかかった桃色のセミロングを揺らし、両足で飛び跳ねるように階段を上る美人。背は小さく華奢な体で、裾にフリルのついた服装と、一段飛び上るごとに何か喋るその様は少々常軌を逸しているとしか思えない。疲れないのかという質問は恐らくご法度なのだろう。


「ミッツァさん。階段は跳ねる場所ではありませんよ」


清廉潔白なアヴェンシスという都市の雰囲気をぶち壊しにかかっているようなその人物を、ミッツァと呼んで優しく諌めるのは、アヴェンシスの民と同じような質素な外套に身を包んだ女性。フードで顔までも覆っているが、声からして女性である事がわかる。


「ほっとけよペルネ。キチガイに何言っても無駄だ」


また、その女性の名を呼び、呆れたような声を出す青年。紺色の燕尾服に身を包み、茶色の、男にしては長い髪も毛の先まできっちりと乱れないその姿は、前述のミッツァに比べれば、比べるまでもなくまともだ。


「兄さんには言われたくないかと」


だが、そんな彼に冷たい言葉を浴びせる少女がもう一人。四人の中の黒一点である彼を“兄”と呼び、またツインテールの髪の色もまた、兄より少し明るいくらいの茶色で、眼の色は同じ瑠璃色である事から、血縁者である事が伺える。服装は藍色のエプロンドレスで、従者という立ち位置なのだろう。


「あれと一緒にすんなよな……」


深く溜息を吐く兄に、すかさず妹は意地悪い笑みで言った。


「じゃあ今日のご飯はソース禁止で」


「ふっざけんな! 中濃ソース無くして飯が食えるかっ! つーかなんでいきなり飯の話なんだよ!」


「ソース厨乙」


何の脈絡もない突飛な話題で言い争い始める兄妹。


「あらあら、相変わらず仲が良いですね」


「ホントだよねー。ていうかミッツァはキチガイじゃないしぃ」


そんな二人を眺めながら、柔らかな声で語るペルネと呼ばれた女性と、今更キチガイ発言に言及しはじめるミッツァ。

くだらない言い合いと雑談を交えながら、一団はようやく百八の階段を上りきる。ミッツァのように飛び跳ねる登り方をしていたら着く前にばててしまいそうだが、そんなことはなく。


息を荒くしているのは妹であった。


「はぁっ……はあ」


「およよーイラちゃん疲れたん? お疲れイング?」


「ミッツァさんのペースに合わせて来ちゃったからかしら。大丈夫? シュウにおぶってもらったら?」


「なんでこんな公衆の面前でそんな羞恥プレイしなきゃなんねーんだよ。大体体力無さ過ぎんだろ」


「あ……あなたと一緒にしないでください……。と、取り敢えず大人しく肩、貸してください体力馬鹿……」


息が乱れる程には疲れているが、兄――シュウへの罵倒は忘れないらしい。変な所で根性がある、シュウの妹イラ。


「はいはい……」


流石に、ぜえぜえ言っている妹を見捨てる程に酷薄ではないのか、肩を貸すシュウ。


「ツン兄貴のデレ期カミング?」


「あらあら」


「うっせーよ。ほら、何か来たぞ」


にやにやとした笑いを浮かべるミッツァと、微笑ましいと言わんばかりの声をあげるペルネを一蹴し、シュウは視線で前方を指す。前庭の奥から二人の掲剣騎士が、真っ直ぐに彼らへと近づいてきていた。


「失礼。見掛けぬ方々ですが、どちらから?」


甲冑という無骨な格好ながら穏やかな声で、目だしを開けてにこやかな挨拶を交わす騎士。今現在、門が破壊されているという大事件が起こっていると思わせないのは、彼が民衆に不安を悟らせまいとする心遣いなのだろう。その点に関心するシュウとペルネだったが、そんな雰囲気を壊す人間が一人居た。居てしまった。


「ロロハルロントからきますたっ! ふひひっ!」


三人から一歩前に跳ね出て、大仰な礼と共に何故か振り子のように両腕を背中側へぴんと伸ばす、阿呆ミッツァ。流石の騎士も、唖然とする。


「……うわぁー」


シュウの肩に担がれ、ようやく息が整ってきたイラがそれを視て、どうしようもない、と声を漏らした。


「お前、もう大丈夫か」


そんな妹の腕を外しながらシュウが問う。もう良いのだろう、大人しく兄の腕を外し、イラは小さく呟いた。


「うん……ありがと」


その声が聞えたのか聞こえないのか。言葉は返さずに、シュウはまだ頭を下げ腕を上げているミッツァの元へ行くと、その頭を勢いよく叩いて下がらせ、騎士達の前に出た。


「うちの阿呆が失礼した。阿呆の言った通り私達がロロハルロントから来たのは本当だ――こちらを」


何か懐から書簡を取り出し、丁寧な言葉と共に騎士へ渡すシュウ。


「痛い、頭が痛い、痛イング……」


ミッツァは涙目になりながらしゃがんでシュウにはたかれた後頭部を抑えている。


「当たり前です。いきなりあんな挨拶して」


「まあシュウがなんとかしてくれますわ」


「イラっちもペルっちも冷たイング……」


唸るミッツァにイラとペルネが慰めでもなんでもない言葉をかけた。彼女らの会話を、今度は騎士の声が遮る。


「――し、失礼致しました!」


いきなり大きな声を出した騎士に何事かと三人の視線が集まるが、シュウが手振りでなんでもない、と手を振っていた。その後も二三言言葉を交わすと、彼は三人の元へと戻ってくる。


「許可取れたぞ。義姉上にも伝えてくれるってよ」


「そうですか。それは良かった。では行きましょうか」


ペルネを先頭に、四人は始祖教会へ至る路を進み始める。騎士二人の横を通る際、一人が敬礼をし、もう一人もそれに倣った。

四人が通り過ぎた頃、先程の敬礼が一瞬遅れた方の騎士が、もう一人に問う。


「おい、なんだったんださっきの」


「お前聞いてなかったのか」


兜のバイザーを降ろし、元の持ち場に戻りつつ、騎士は言った。


「あの外套の御仁は、鍵乙女様の妹君だ」

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