―審判団―
アヴェンシス教会総本山、自治都市アヴェンシスが誇る、世界最大最古の教会、始祖教会。多くの掲剣騎士を擁する、アヴェンシス全体の守護の要諦でもあるその建物の中の、最下層。掲剣騎士の面々や神父、修道女といった教会に入信しているものですら、その存在すら知らない、巨大な地下講堂がそこにはあった。三十メートル直径の白きドーナツ状の円卓を、八人の司祭の格好をした老人達が囲んでいる。空洞の中央に立つのは、掲剣騎士団団長、ダズホーン。照らす照明はダズホーンの丁度直上にある、巨大なシャンデリア上の蝋燭立てが一つと、八人の司祭の元にそれぞれ大きな蝋燭が立てられている。室内を照らすなら通常は畜光の呪術の施された物を使うのだが、ここはあまりに地下深すぎるが故に、発火の呪術が施されたものを使っていた。白い蝋燭に念入りに施された赤い紋様により、火は消える事無く、また普通のそれよりも数倍の明るさを誇っている。
そんな、仄暗い地の底にいる八人の老人たちを、人々はこう呼ぶ。“審判団”と。
「――報告は以上です」
円卓の中央で、手にした資料を読み終えるダズホーン。
「アングァスト会戦」より一月。勃発当日に鍵乙女とその従盾騎士が敵国ノラルの王及び王妃を討ち取った為、わずか一日で終戦を迎えた戦争。だが、事はそれだけに留まらなかった。それ以前より、教会の方で危険分子として調査していたエトアールの亡霊による、門の破壊。それは霊峰頂上のものに限らず、同日。それも一時間も立たぬうちにマイラとヘイズの門も壊されてしまった。残る門はセパンタのみ。世門がレツァーンにあるが、そこはメルシアがさらに結界を強化して対応している。だが、門の失われた各地ではフェルの被害が相次ぎ、掲剣騎士の大半はその対応に追われている。クオンらはアングァスト会戦以降、何一つ動きを見せてはいないが、それは教会側が彼らの足取りを全く掴めずにいるということでもあった。
「ふん。亡国の痴れ者どもが。いっその事ここに攻め入ってくれば良いものの」
「馬鹿を言うな。今各地へ騎士が出払っているのだぞ。今攻め要られては誰がこの始祖教会とアヴェンシスの民を護るのだ」
「何心配することはなかろう? のう、ダズホーン。よもや、“同郷”の者だからと手心を加えるつもりはあるまいな」
口々に意見とも呼べぬ言葉を吐く審判団のうちの一人が、ダズホーンへ向けて下卑た声で話しかける。
「当然です」
それに、ダズホーンは毅然として答えた。表情からでは、その内面は伺えない。それもその筈。教会の方針を決める一番の頭となるのがこの審判団だ。表立った感情を、彼がこの場で出す事はない。今日は彼も交えての会議というわけではなく、ただの定期報告だ。ここで、老人たちの愚痴を聴くまでの必要性はない、とダズホーンは口を開いた。
「では、私はこれで失礼します」
審判団の了承を得る間もなく、床を軽く足で叩いたダズホーンの足元に刻印が現れる。それが、この場所へ至り、そして去る唯一の通り道なのだ。一瞬の内にダズホーンの体は光となって何処かへと転送されていった。
審判団以外のものが居なくなった円卓で、老人の一人が口を開く。
「良いのか? あの男はエトアールの」
「奴は先代鍵乙女の従盾騎士でありながらエトアールの争乱には参加しなかった腑抜けだ。問題はなかろう」
また別の男が言った言葉に、審判団の面々の笑い声が響いた。全員が全員同じ格好をして、またフードが顔を覆い隠しているが故に、誰が誰との区別もつきそうにないが、彼らには関係ないのかもしれない。公正かつ冷淡に、教会の行く末を憂い模索するのが彼らの役目なのだから。また彼らは口々に、言葉を述べる。
「先代、か。そういえば、当代の乙女は天化の予兆を見せたとか。民衆は皆騒いでおるぞ。ヘイズのツバリ湖に現れた凶大なフェルを討ち取り、アングァスト会戦において自ら勝利を掴むべくノラル城に単身乗り込み、そして王と王妃を下して勝利した。まさに戦乙女だとな」
「大方あの従盾騎士の力あってこそだとは思うが……いかんな」
「ああ。希望があまりに大きければ、それが失われた時の絶望は、測り知れぬ」
「しかしどうする。以前と同じ轍を踏むのか?」
「心配はない。門の崩壊により、聲はより彼女に流れているだろう。崩れるのも時間の問題よ。代わりはすぐに出来る。それこそ、先代よりすぐにな」
「そうだな。今は何よりもエトアールの亡霊の始末、そして門の再生を考えなくてはならん。現在巫女がどうにか探しているようだが、果たしてな」
述べては返し、返してはまた別の誰かが口を開き。意見の交換というよりは統合するかのような、各々が各々で語っていながらその意志はまるで、木になる果実のように、一本の元から出来あがっているかのようだ。
「今は待ちの時であろう。鍵乙女に力があるのなら、それで護ってもらおうではないか。我らを、アヴェンシスを」
その発言が会談の閉めとなる。最後の言葉、その余韻が消えうせると共に、また室内を照らしていた蝋燭の灯りもまた消えた。完全なる暗闇と静寂だけが、そこには残った。