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白月に涙叫を  作者: 弐村 葉月
八章 戦と死
122/168

―ココ―

硝子が砕け散るような音に、アーノイスとココは顔を上げた。音の方向に、二つの人影が現れる。


「ルギフ!」


「チアキ!」


全身を覆っていた甲冑の大半が砕け、片目と片腕を失い、口元には血を吐いた後を残しながら、太刀を突きつける男。全身から血を噴き出し、銀白の髪を血に染めながらも、右腕の爪を伸ばす青年。太刀は青年の顔面の横を通り過ぎ、爪は男の胸元へ届く前で、両者は完全に止まっていた。

二人の名を呼んだココとアーノイスも、同じように一歩も動けず、二人の男の姿を見つめる。数秒、時が止まったかのような静寂の後、銀髪の魔狼が崩れ落ち、膝をついた。魔狼化が解け、同時に、彼は口を開く。


「僕に……」


項垂れていた顔を上げて、オルヴスはルギフを見た。ルギフは動かない。それもその筈だった。その左胸は、レツトアルタイラーの裁きによる、風穴が開いていたのだから。


「僕に呪印交霊がなければ、僕もまた死んでいたでしょう……貴方の強さは本物でした。ノラル=ゴウ=ルギフ」


ルギフは倒れない。彼の命は既にここにはなく、その肉体はただの抜けがらの筈なのに、まるで生きているかのようにルギフはそこに立っていた。オルヴスは膝をついたままでその威厳ある姿に敬意の礼をして、立ち上がる。


「大丈夫、なの? オルヴス」


アーノイスが歩み寄り、彼にそう聴いていた。彼女もまた右肩には深い傷を負い、烙印術の反動を受けている。お互い、満身創痍であった。


「ええ……。アノ様こそ」


言葉を返しながら、オルヴスは謁見の間を見渡した。空が見える程に切り崩されてしまった室内。部屋中に広がる罅割れと破損。そして、物言わぬ遺体と化した天馬の姿。と、そこでココの姿がない事にオルヴスは気付いた。何処へ、と首をめぐらせれば、彼女はオルヴスとアーノイスの背後。立ったまま絶命した己の主人の側に立っていた。


「……ココ」


アーノイスはそう声をかけたが、それ以上なんと言っていいかわからなかった。彼女もまた、望んでいた筈だ。己の信じた者が、生きて返ってくる事を。だが、それは敵わなかった。その辛さを思うと、何も言葉がかけらない。オルヴスもまた、同じであった。そんな中、口を開いたのは、ココ当人であった。


「ノラルは、負けたんだね」


いつも通りの、感情の乗っているのか、わからない声。だが、視線だけはずっと、ルギフから離さない。


「ええ。アングァストの兵は即刻退去していただきます……行きましょう、アノ様」


オルヴスはどうにかそれだけを告げ、アーノイスの肩を叩き、この場から離れて行くように促す。アーノイスはまだ、何かココへ伝えたそうに二度、ココの方を見たが、やはり何も言えずに出口の方へと踵を返し――噴水のような、水音を聴いた。続き、響き渡る土砂降りのような雨音。はっと、振り返るアーノイスとオルヴスの瞳に映る、新たな鮮血。


「ココっ!?」


血飛沫は、ココの首筋から噴き出していた。そこに埋まるのは、ルギフの手から離れた、大太刀の白刃。ココは、主の刃を自らの首元へ押し当てていたのだった。


「こ、ココ……なんで」


「ルギフが死ぬ時が、ココの、死ぬ時。ルギフの屍の隣が、ココの墓場、だから」


まるで痛みを感じていないように、ココは顔だけをアーノイス達の方に向けた。彼女が口を開く度、血を流す首筋から空気が漏れ泡が浮き立つ。アーノイスは震えていた。声も、何かを掴もうと伸ばされる左手も。


「そんな! だからって、だからって自分から死ぬ事っ!」


アーノイスは彼女に近づこうとして、でも出来なかった。どうして、何故。まるで解ける気がしない疑問が頭の中を駆け巡って、痺れたように震える足を半歩も動かせない。


「邪魔、しないで。アー……ノイス。良いの。これで――」


ココの手に、最期の力が籠る。刃が、抜き切られた。白く輝いて筈の刃は今に鮮紅に染まり、ココの手から滑り落ちて、虚しい金属音が辺りに響き渡った。糸が切れたように、ココの体が崩れ落ちる。その顔がアーノイスとオルヴスの方にではなく、死して尚立つルギフの方へ向けられていたのは、彼女なりの敬愛の表し方だったのかもしれない。

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