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白月に涙叫を  作者: 弐村 葉月
八章 戦と死
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―グリュプス―

大太刀の白刃が閃光の帳を描く。青白に光る双拳はそれをいなして、太刀を振るうルギフの腹部目掛けて打撃を打ち込むが、体を逸らすごく僅かな挙動に避けられて空を切る。しかし、オルヴスは攻勢をそれだけに留めずに、霊力で足場をつくる術を応用して空に手をかけ、強引に足払いを放った。ルギフは咄嗟に、太刀をオルヴスの体の向こう側へと突き立てる。それを支点に、己の体を持ち上げ、攻撃を交わし、一回転して距離を取って再び着地し、隙なくオルヴスの方向へと刀を構えなおした。


「流石だな従盾騎士。まるで隙がない」


ルギフの猛禽類の如き黄色の眼光が、オルヴスを射抜く。対するオルヴスはゆっくりとした動作で立ち上がり、感情の捉えられない漆黒の瞳で見返した。


「もうそろそろ探りあいはいいのではないですか? ノラル王」


退屈し、呆れの混じった台詞にルギフの口角が上がる。


「そうだな。貴公の実力に敬意を表し、我がノラル国の生ける秘宝をご覧にいれよう!」


大太刀が、天へ向けて掲げられた。同時、ルギフの背後の空間が裂ける。亜空より覗く顔は巨大な鷲であった。頭だけで人間の半分はあろうかという大鷲。だが、それは間違いであった。


「来い、グリュプス!」


甲高い、猛禽類の鳴き声と共にその全容を顕わにする、ノラルの生ける秘宝。ルギフの頭上には、金色の鷲の上半身と、白き四肢の下半身を併せ持った幻獣が、雄々しき翼をはためかせてオルヴスを、ルギフのと同じ色をした双眸に写していた。

空気が震える。グリュプスから溢れ出る強大な霊力が、ただ呼吸をしているというだけの動作でも場の霊気を乱すからだ。


「これはこれは、荘厳な幻獣ですね」


オルヴスの表情が険しくなる。そこに、余裕は一切見えない。戦闘がはじまって以来、ノラル王とは何十合もの撃ち合いをした。本気はだしていなかったとはいえ、それは互いに言える


事。その上で、どちらにも有効打はない。その均衡を崩すべく、ルギフは一手を打ったのだ。その証拠の“王の幻獣”。油断など出来る筈もない。


「このままこの場で戦っては国の者も招きかねん。場を変えるが良いか」


ルギフの問いに、オルヴスは一瞬迷った。視界の端で、同じ室内で戦っているアーノイスの方を見る。空から襲いくくるクルスの攻撃を、どうにか両手の光糸を使いながら応戦している彼女の姿が見えた。彼女を護る事がオルヴスにとっては第一である。故に、この場を離れるのは得策ではないのだが。


「行って! オルヴス! それで、勝ってきなさい!」


戦闘中にも関わらず、自分へ視線が向けられたのに気づいたのか、アーノイスはそう叫んだ。そうしている間にも襲いかかる天馬という流星を、彼女は左の糸で防ぎ、また右で攻めて行く。主の激励に、オルヴスは口元を緩めた。己もまた命のやり取りをしているというのに、そうまで言われては仕方がない。オルヴスの視線がルギフへと返る。それを了承ととったか、ルギフは太刀を地面へと突き刺した。


「では、招待しよう。王の狩り場カウカーソスへ!」


グリュプスが嘶く。音の波が己とルギフそしてオルヴスの居る空間へと響き、その景色を塗り替えた。

一瞬にして広がる、無限の荒野。草木の一本もなく、また大きな岩の一つもない荒れた大地に、太陽は見えないのに夕陽一色に染まった燈赤の空。そよ風すらも無く、そこはまさに無の空間であった。


「この王の狩り場カウカーソスは無限にして虚無の世界。代々ノラルの王が、自らの手で確実に仕留めると誓った相手のみを招待する場だ。俺か貴公、どちらかの命が完全に失せるまで、この世界から抜ける事は出来ん」


大太刀を地べたから抜き、中段に構えるルギフ。もはや説明は不要ということであろう。


「うおおおおおお!」


裂帛の気合と共に、ルギフの霊力が解放される。彼の周囲の地面が数十メートルにも及び砕け、土片が舞い、尚もルギフの霊圧に落ちる事を許されず中空に縫い付けられる。全力を出すつもりなのだろう。その様子を見たオルヴスが、静かに呟いた。


「霊鞘霊刀」


彼の右肩から黒い靄が噴き出すとともに、巨大な黒い腕が現れた。腕が、オルヴスの胸に突き立てられ、中から一本の刀を引きずりだす。純白の柄と漆黒の鞘。それ以外は、何の変哲もない刀のように見えるそれを黒い手は握り、オルヴス自身の右手後方に持つ。以前、ツバリ湖に現れたフェルを一瞬の内に屠った


「ヴェソル=ウィジャ」


ウィジャの名を冠する霊刀。


「ほう。貴公も刀を使うのか」


「いえ、貴方程得手では有りませんよ」


交差する視線。

グリュプスは、戦いの勝者を見極めるべくか、空高く飛び立つ。お互いに出方を窺っているのか、瞬き一つせずに時が過ぎる。無限にも思える時の中、ルギフの霊圧にまた一つ、小さな土片が丁度二人の間に浮かび、割れた。二つの影がまるで申し合わせたかのように動きだす。先程とは比べ物にならない力で二人は撃ち合った。刀が拳を弾き、拳が刀を弾く。動きの一つが大地を砕き、空を蹴りかち合う力の衝撃が大気を吹き飛ばして、時を無視したかのような速度の攻防を繰り広げる。

だが、その中でルギフは気付いた。オルヴスがわざわざ取り出した、白黒の刀。それは三本目の黒き腕にしっかりと持たれているものの、それだけだ。オルヴスの攻防の全ては先程と同じ、両手足の徒手空拳により行われている。何かを狙っているのか、刀があるならば王が振るうのも刀で有る以上、同じ武器で渡りあった方が得策なのではないか、もしくはこちらの隙を窺っているのか。ルギフは考え、賭けに出る。突き出される霊気を纏った左の拳を、己が胸で受けた。威力よりも手数を重視した一撃とはいえ、その重さはこれまで彼が受けた何ものよりも重く、甲冑が砕け、十分に纏霊している筈の体、骨が軋み、隙が生まれた。それを見逃すオルヴスではない。次なる一手をと、容赦なく迫る黒い影。

「来い!」ルギフは心の中で叫ぶ。その、禍々しき黒き腕そしてその腕が掴む霊刀の正体を見せろ、と。だが。オルヴスが放ったのは、右による拳であった。それを刀の柄頭で叩き落とし、オルヴスを蹴り飛ばす。手に防がれはしたが、太刀を存分に振るう程度の距離は出来た。先程、ルギフがつくった隙、わざと演じられたそれを、オルヴスはわかっていたのだろうか。それとも、あの刀は腕はただの飾りなのか。ルギフの太刀を握る手に力が籠る。見せぬのなら、そのまま死に行けばいい。霊力を大太刀へと込め、大ぶりな袈裟でオルヴスへと斬りかかる。これまでの撃ち合いで、ルギフはどの程度の力で斬りかかれば手に防がれ、いなされるのかの境界を見極めていた。あの拳の光も全能ではない、ということだ。耐えきれねばそのまま拳が切られることになるのだから。故に、ルギフは全力を込めた斬撃を繰り出す。速く、速く、強く、強く。受けることもいなす事も、その光る拳では敵うまいと。

迫りくるルギフの大太刀の煌めきに、オルヴスの口元は笑みを模った。彼は、避ける動作も受ける動作も見せようとはしない。そう、彼自身は。黒い手が、それの起点となっている右肩の靄が、膨れ上がり、動いた。霊鞘を前面に突き出し、ルギフの一撃を鞘で受ける。普通のつくりの刀であったならば、真正面から刃を鞘などで受けてしまっては砕けるか切断されてしまうだろう。だが、霊鞘はびくともしない。それどころか、かち合いによる衝撃すら起こさず、まるで包み込むかの如く、ルギフの一撃を受け止めていた。

ルギフの手にもまた、その違和感が伝わる。大太刀を握る手に、全くの抵抗を感じない。だというのに、攻撃は止められている。不可思議過ぎるその現象に、ルギフは太刀を押し通す事を止めて大きく後ろへ跳び退いた。オルヴスは、追ってこない。


「流石ですねノラル王。恐ろしい程に重い一撃です」


霊鞘を元の右手後方に戻しながら、オルヴスは言う。しかし、最初とは違い、自身の右手を、その柄にかけていた。


「ですが……それが、仇になります」


右手が、霊刀の柄を握る。咄嗟に、ルギフは大太刀を己の盾にし、前面に構えた。黒い影が、彼の霊覚を一瞬の内に通り過ぎ、後方で止まった。

オルヴスの右手が、逆手に振るった霊刀を握っている。黒い腕で鞘を抑え、右で引く、独特の居合。戦闘が始まって以来、はじめて顕わとなった、霊刀の色は黄色。だが、それはまるで空気に溶けていくかのようになくなり、刃が色を失った白へと戻る。それを確認し、オルヴスは逆手に握ったままで鞘へと刃を通す。小気味のいい、鍔鳴りと同時。轟音が響いた。

防いでいた筈だった。あの構えから一直線の挙動、それも居合という限られた斬り方では、一閃の他に攻撃方法はない。故に、自らの体の前面に盾としたルギフの大太刀は確かに、オルヴスの霊刀を受けていた。だが、ルギフの甲冑は砕け散った。それだけでは飽き足らず、突きぬけた衝撃が肉体に強烈なダメージを負わせる。腕は痺れて動かせず、内蔵の負傷か、ルギフは吐血した。


「ぐぅっ!」


その瞬間、ルギフは理解した。霊鞘霊刀とは、鞘で受けた霊力を吸収し、刀にて相手へと返すものだと。故に、太刀による線の防御で、いくら霊力を込めていようと防ぎきれないのは明白。彼に襲いかかったのは、決まった形を持たない霊力そのものなのだから。口元に滴る血を手の甲で拭い、ルギフは強引に体を動かして振り向いた。


「大したものですね……ご自分の渾身の一撃と同じ威力をまともに喰らって尚、動きますか」


「見誤っているな。従盾騎士、いや。オルヴスよ」


オルヴスの賞賛を、ルギフは一笑に伏す。その眼光は未だ闘争に燃える戦士の光を失っていなかった。


「ノラルの王となるべく生まれた者は、それこそこの世に生を受けた瞬間から、ノラルの王は何者よりも強く有る為に、と育てられるのだ」


ルギフの太刀の構えが変わる。それまで正眼に構えられていた太刀が、頭上に掲げられるような上段へと据えられる。


「その修業の果てに、王となる者はグリュプスと契約し、四つの業を授かる。その業を、貴公に見せてやろう」


ルギフの霊力がさらに高まる。つい先程の負傷など、何とも感じていないのか。霊力の高まりは留まる事を知らない。もはや空気が震えるどころの話ではない。彼の周囲の空間が陽炎の如く揺らめいていた。オルヴスもまた、再び霊鞘を構えて備える。


『黒金の!』


心唱。通常、霊術霊呪術を行使する際に、術者がその本質を理解し、声ではなく魂で詠唱する事で発する法である。この期に及んで術がくるのか、とオルヴスは何処に発動するともわからない業に対応すべく、広く周囲へ霊覚を広げた。それが、過ちであった。ずっと、ルギフにのみ集中していれば良かったものの、その刹那の判断の誤りが、ルギフにとっては絶大な隙となる。


『アインスアルタイラァァァァアアア!!』


大太刀が振るわれる。その刃に籠った霊力が膨れ上がる。それは、霊力の瀑布であった。術などではない。純粋な力の放出。それが、極大の光の濁流となり、一瞬のうちに、ルギフの正面の空間全てを呑み込んだ。

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