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白月に涙叫を  作者: 弐村 葉月
八章 戦と死
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―不死鳥―

何も邪魔するものない高空。近い太陽と周囲を囲む竜巻の場所で、北風と太陽の激突は続いていた。もはや何合斬り結んだのか、お互いにも分からない。だが、状況は少しずつではあるが傾きを見せ始めていた。

グリムの型の鎧がボーヴの一撃に砕ける。噴き出す火炎の血がその傷の深さを現していた。そう。炎は風を掻き乱しはしても消しさる事が出来ない。一方風は、火を吹き消す事が出来る。この違いは、グリムとボーヴにとってとてつもなく大きなものであった。徐々にではあるが、グリムの負傷は増えていた。それが、彼の行動を鈍らせ、また新たな攻撃をもらう隙となる。もはや、グリムは満身創痍であった。最初の、太陽の法を発動する前に受けた両腕と胸の傷がもっとも深く、その他にも無数の裂傷を負っている。通常であればもう何度死んでいるかわからない程の傷をその体につくり、土壇場で発動した太陽の法も制御が難しく、さらにはその命を燃やす業故に、もはや今生きている事が不思議なくらい。だが、それでも尚彼は止まらなかった。負けられない。その思いが彼を突き動かす。母を自ら殺めた時から、いや、千年前にメルシアの前で一度死地に赴いた時からか。

グリムの体がボーヴの風に吹き飛ばされ、地面へと落ちた。グリムは霊翔で速度を緩めたが勢いを殺しきれず、あまりの威力にグリムの体の型に陥没し、さらにクレーターを描く。グリムは動かない。その様子を見て、ボーヴは風中からその姿を現し、地面へと降りてきた。


「……終わりじゃな」


斧槍を肩に担ぎ、ゆっくりとグリムの倒れ伏す場所へ向かっていくボーヴ。


「お主は確かに強かった。だが、まだ若過ぎる。お主の業にはまだ魂が込められていない。それではその精霊の力も存分に発揮できまいて」


「精霊……? 何の事だよ」


ボーヴの言葉に、グリムは倒れたまま、荒い呼吸で言葉を吐く。ボーヴは片眉を上げて少し驚いた顔をした。


「なんじゃ知らんかったのか。はじめに言ったじゃろう。儂とお主の力は殆ど同じ、とな。違いは、その魂が過去に交わった精霊じゃ。お主、普通の霊呪術は不得意じゃろう?」


そうだったのか、とグリムは妙に納得する。術がやけに不得手だった己の、霊術の基本を無視した火霊力の正体。魂が過去に交わった、とのくだりは理解出来なかったが、まあそんな細かい事はどうでもよかった。グリムの口元が笑みを描き、ボロボロの半身を起こし、座ったまま彼はボーヴを見た。


「知らなかったわ。まあ、何でもいいけど」


その不審な笑みに、ボーヴは警戒を高めた。状況を見ればもはや雌雄は決したと言えるだろう。だが、彼の焔の瞳に諦めの文字はない。


「じゃあ、あれだな。俺がお前に勝てねぇわけはねぇって事だな」


「無理じゃ。言ったろう。若過ぎるとな」


魂が込められていない。どういう意味だろうか、グリムは考えた。彼は、常に心の赴くままにその力を振るってきたつもりだった。それでは駄目なのか。


「去らばじゃ騎士よ。出来得るならばお主とは別の形で会いたかったぞ」


掲げるボーヴの斧槍に風が集まる。それは、これまでとは一線を画した霊力を込めたもの。渦を巻き荒れ狂う狂風は、触れる全てを切り刻み薙ぎ払うだろう。

グリムは、目を閉じた。

強くなりたかった。強く、誰よりも何よりも強く。いずれは己を下したクオンを倒し、オルヴスも越える、そう願って。


――それは、何故だったのだろう。


ふと、グリムは思った。自分は何故、そこまで強く有りたいと願ってきたのか。精霊との交わりという強い力を持って生まれてきたから? 心がそう叫ぶから? いや、違う。どちらもピンとこない。なら、何故。


「ああ、そっか」


瞼の裏に浮かぶは、二人の女性。一人は自分と同じ紅髪の女性。もう一人は金糸の如き髪を持った女性。片方は、失ってしまった。もう片方は、失わせてしまった。それが嫌だったんだと、グリムは理解した。だから強くなりたかった。己に、己の愛した人に、もう二度と失う悲しみを与えたくなかったから。グリムの瞳が、また輝く。

ルビーの瞳に映る、大きな男。その左手に握られた斧槍の先に見える、死の風。今まさに迫る、死そのもの。心の中で、グリムは笑った。


――大した事はねぇ、と。


「何っ!」


確実に仕留めるつもりで振るった、これまでで最も強大な一撃。しかしてそれは、死にかけだった筈の男の手によって止められていた。柄を握る手は素手。自慢の火焔すら纏っていない。それでいて尚、グリムの手はいとも簡単にボーヴの攻撃を掴んでいた。全てを切り刻む筈の、彼の体を散り散りに薙ぐ筈の風に手は突っ込まれているのに、傷一つつかず。


「魂、ね。わかったぜボーヴさんよ。あんたの言った事がよ」


斧槍を掴んだまま、グリムは立ち上がった。両腕と胸部には深い裂傷。全身には細かい無数の切創。己の業に体はズタズタ。何処にも、力は残っていない筈だというのに。


「ちょっと思いだしただけで、力が溢れてくる。あんたを倒す力が!」


火焔が、巻き起こる。グリムが握る斧槍から、その先の風をも呑み込んで。咄嗟に、柄を手放し距離を取るボーヴ。その眼には、信じがたい光景が映っていた。風が、燃えている。斧槍だけではない。風そのものが、グリムの手によって火に呑みこまれていた。ボーヴは心内で否定する。風が燃えるなど、有り得る筈がない、と。手を翳し風の刃を向ける。地面を切り裂きながら進む何本もの刃が、動かないグリムに直撃した――ように見えた。


「はっ! もうそよ風も感じねぇぞボーヴさんよ!」


風の刃もまた、燃える。グリムの焔となり、その体に纏われる。ボーヴは、唖然とし、言葉を漏らした。


「まさか、火の原性だとでも言うのか」


火は、常に何かを媒介に燃えるものである。火霊術とは自らの霊力を燃焼させるものであり、術式によってその現象を起こす。過程をすっ飛ばしているとはいえ、グリムの火霊力もそれは同様だ。だが、今彼はボーヴの霊力により生み出された風霊力を、燃やし自らの焔とした。“発火”させたのだ。命ある者同士では決して交わらないと言われる、個々たる他人の霊力を。

ボーヴが超高空へと飛び立つ。武器のない両腕を横に開き、掌をグリムへと向けた。アングァストを覆っていた竜巻が全て、彼の両手に収束する。先程叩きつけた風よりもさらに強い風力。加え、全身全霊をその風へ乗せて行く。もはやそれは風と呼べるものではなくなっていた。言うなれば、荒れ狂う力場。何物も寄せ付けぬ、何事をも消しさる、力の塊。あまりの力に、ボーヴの周囲の空間が捻れ、歪みを見せていた。

その、空に現れた歪みを、グリムは燃える紅眼で静かに見ていた。そうして、槍を構え、内なる霊力を、魂のそこから解放する。彼の体に紅蓮の炎が纏うと同時、彼の立つ大地が火と化した。大地だけではない。彼の周りにあった空気でさえも“引火”させて。グリムが飛び、ボーヴが歪みを撃ち出したのは全くの同時であった。

高空で、二つの力がぶつかりあう。歪み、景色全ての色をない混ぜにしたような風塊が、光と熱の塊、瞳で見れば簡単に潰れてしまいそうな輝きを放つ者が、押し合う。ボーヴは尚も、風塊へ風を送り続けた。己の命の底まで、叩きこむが如く。対してグリムはもはや何もしない。ただ、ボーヴ目掛けて突き進む事に全てを懸けていた。もはや、霊力を生み出す魂の弁は外れているのだから。


光が、歪みを貫く。


いや、取り込んだ。己へ撃たれた風、ボーヴの霊力、その全てを己が火焔と燃やして。


『オオォォォオォオォォォォオオォオ!』


心唱ではない、心の叫びが木霊する。それはグリム、ボーヴ、どちらのものだったのか。

取り込んだ焔を纏わせたグリムの姿はまるで不死鳥の如く、業火の翼をはためかせ、紅き槍の嘴がボーヴの体を貫いた。


「俺の……勝ちだ!」


ボーヴの体を貫き通り抜けた先で、振り向きながらグリムは高らかに宣言する。胴の辺りを完全にぶち抜かれ、もはや体の端でだけ繋がっていたボーヴが振り向き、グリムを見る。その眼は、恨みなどではない。ただ、こう言っていた。


『お主には、敵うまいて』


ボーヴの体が堕ちて行く。体に穿たれた孔の縁から発した業火が、彼の体を燃やし尽くす。体躯すべては灰となり、霊峰に吹く風に何処かへと運ばれて行った。

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