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白月に涙叫を  作者: 弐村 葉月
一章 鍵と盾
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―願い―

「それでは、十日も前からフェルが近くに棲み付いていると?」


ユレアらが淹れた紅茶を飲みながら、オルヴスはクオンに、この村に出没しているというフェルについての詳細を聞いていた。

グリムはユレアと何やら談笑しているし、アーノイスはその双方の中間にあって時折視線をオルヴスやユレアの方に向けながら、カップを傾けている。


「ええ。奴等は森の何処かに身を潜め、夜になると村の方へと降りてくる。今はまだ村に張ってある結界が持っていますが、それもいつまで持つか……」


クオンは沈痛な面持ちで俯き、そう語った。


「結界……この村には霊呪術を扱える方が?」


「結界の方は一応私が。扱える、という程ではありませんがフェルからこの村を何とか匿う程度の物は仕上げました」


霊呪術とはその名の通り、霊術と呪術を組み合わせたもので、呪術のように刻んだ印に霊力を注ぎこんで現象を起こす術の事を言う。しかし霊呪術は定義が広く、それだけに留まらないのだが。単に呪術を使うよりも単に霊術を使うよりも、それは高度な才能を要求する。


「成る程。通りで、この村には匂いがしないわけですね」


オルヴスの要領を得ない物言いにクオンが疑問符を浮かべる。それに気付き、オルヴスは笑って説明した。


「ユレアちゃんと出会った時、僕は彼女の話す村の気配を探りました。人が集まっていれば、そこに霊力が集まっている匂いを感じる事が出来る。でも、それが感じられなかった。それはつまり、その村は存在していないか、隠されているか。どうやら正解は後者だったみたいです」


クオンはそれを聞いて感心していた。


「流石、鍵乙女様に選ばれた従盾騎士様だ。霊力の匂い、ですか。確かに言われてみればわからなくもないが、意識したとしてもはっきりなんて私にはわからない。いやぁ凄いな」


「貴方も霊呪術を扱えるなら、感覚さえわかれば感じ取れるようになると思いますよ」


言葉を切り、カップの中身を飲み干すとオルヴスは、さて、と腰を上げた。


「アノ様、グリム。フェルの居場所が掴めました。早々に片付けてしまいましょう」


オルヴスの宣言を聞き、それまでユレアと戯れていたグリムが立ちあがる。


「よしきた! さーてぇ、歯応えのある奴はいるかなぁー」


「遊びじゃないのよグリム……って言っても無駄よね」


苦言を呈しながらもアーノイスも席を立ち、カップを置いた。


「鍵乙女さまたち……もう行っちゃうの?」


既に出発の準備は出来たと言わんばかりの三人に、ユレアが寂しそうな声音で聞く。


「うん……私達はね、ユレアちゃんのように私達の助けを待っている人がいるから。だから、行かなきゃならないの」


少女の前で屈み、言い聞かせるようにその小さな頭を撫でるアーノイス。

そうして離れようとする、が。その腕は小さな両手に掴まれて引き留められてしまった。


「ユレア、鍵乙女様の邪魔をするんじゃない」


クオンが叱りつけるも少女はただ首を横に振るだけ。

アーノイスは掴まれてしまった腕を振り払う事も出来ず、どうしたらいいか困り果ててしまった。


「すみません、両親が早くに他界してしまって、私があまり相手をしてやれないが故に我儘に……。ほらユレア、手を離しなさい。鍵乙女様が困っているだろう?」


二度目の叱責。しかしながら少女は手を離さない。両親を知らないが故の寂しさが、彼女をそうさせるのだろう。


「……仕方ありませんね。アノ様はここに残っていてくださいますか?」


その様子を見て仕方ないと判断したのか、オルヴスはそう進言した。彼としては主たる鍵乙女の意志を尊重したいが、このままでは埒が明かないとの判断だ。


「え、でもオルヴス……」


「グリム」


躊躇いを見せるアーノイスを余所にオルヴスはグリムへと声をかける。


「いってらっしゃいませ」


「はっ、そー来ると思ったぜ。お姫様が動けないんじゃ、お前が動く筈ねーもんな」


彼の意図を理解していたグリムはいつものように悪態をつきながらも、意気揚々と扉の方へ向かう。


「フェルの探知くらいなら貴方でも出来るでしょう?」


「なめんなっ。あいつらの気配くらい小物一匹のがさねぇっての! そんじゃ後でなユレアちゃん。鍵乙女のおねーちゃんに目一杯遊んでもらいな」


言って、グリムは一人家を出て行った。


「い、いいのですか? 彼一人に行かせてしまって」


予想外の展開に戸惑うクオンが何とかそう言葉を発する。


「大丈夫ですよ。振る舞いは雑ですが腕の方は確かです。それに彼は事戦いに関してだけは異様に頭が切れる。もし何かイレギュラーがあってもヘマはしないでしょう」


質問に答えながら、オルヴスは再び椅子に腰かけた。


「すみませんが、お茶のお代わりをいただけますか?」


「あ、ああ、はい。今お持ちしますね」


要求されてキッチンの方へ行くクオン。それに入れ替わるように、今度はアーノイスがオルヴスの前に立つ。片腕はしっかりと少女に捕まったままだが。


「ちょっとオルヴス、グリム一人に行かせて良かったの?」


掲剣騎士にフェルの討伐へ行かせる。形としては間違っていないが、引き受けたのが自分である為、何処となくバツが悪そうなアーノイス。


「アノ様こそ。ユレアちゃんを引き剥がして行っても良かったんですか?」


「それは……」


そんな彼女にオルヴスはいつも通り笑って言葉を返す。


「『鍵乙女に言葉は要らず。彼の者は心の声のみを聴き、その願いを叶う』。教会の聖書の一節でしたね。今回のそれにふさわしいと思いますが」


しかしながらアーノイスはまだ煮え切らないような顔をしたまま。オルヴスは一つ溜息を吐くと、ユレアには聞こえないようアーノイスの耳元で囁いた。


「貴方が此処に来ると言ったのはフェルを倒す為ですか? それとも少女の願いを聴きいれたからですか?」


それだけを告げてオルヴスは席に戻る。丁度クオンが新しいお茶を淹れて持って来た。


「あの……鍵乙女さまっ」


黙りこんでしまったアーノイスの手をユレアが引く。


「どうしたの? ユレアちゃん」


固くなってしまった表情を何とか和らげて少女の方へと向き直る。そんなことにも気付かない様子のユレアは笑顔で彼女に言った。


「一緒にお風呂入ろ! 剣士のおにーちゃん、フェルなんかマッハでやっつけるって言ってたもん。きっとすぐ帰ってくるよ」


「マッハ……ね。そーね、うん。えーっと」


「あまり広くはないのですが……それでよろしければ」


浴室を使う許可を得ようと言葉を選ぶアーノイスにクオンが先だって答える。


「お風呂はこっちだよおねーちゃん!」


兄の許可も得て元気が出たのか、狭い家の中を走りはじめる少女。


「あっ、ちょっと、そんなに引っ張らなくたって大丈夫――きゃっ」


「ユレアー、ちゃんと浴槽を洗ってからお湯淹れるんだぞ」


「はーい」


クオンの言葉への返事はもう既に壁を1,2枚過ぎた声だった。


「すみませんね。お茶も出して頂いているのに」


相変わらずのペースでお茶を啜りながらオルヴスがそう言う。


「いえ、フェルの討伐なんて無茶を頼んでいるのに、その上妹の我儘にまで付き合っていただいて……何だか申し訳ないくらいですよ」


クオンは苦笑いで頭を掻くのだった。

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