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白月に涙叫を  作者: 弐村 葉月
八章 戦と死
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―戦前―

「兵の転送、完了致しました」


ノラル国王城、謁見の間。王の権力を表すかのように広くそして高く造られた荘厳な場。端に立てば反対側は見えないのではと思わせるほどの広さを誇るその場には、今数人の男女が顔を付きあわせていた。


「ご苦労だった。ユレア」


仮面の男、エトアールの亡霊クオンとその従者ユレア。そして。


「助力、感謝する。クオン殿。ユレア殿」


部屋の中央奥に据えられた玉座に座す、大男。全身、手の先脚の先までもが暗褐色の鎧に覆われ、深い蒼色の髪は背中にかかる程で、荒々しく跳ねている。額にはノラル国王である証と言われる、鷲を模った頭飾りが乗せられていた。まだ王としては若いが精悍な顔付きは険しく、威厳と憤怒を溢れさせている。


「何、気にする事はない。我らにも益あっての事。それに、愛しき者を奪われる哀しみと怒りは知っているつもりだ」


王の言葉にクオンが薄ら笑いを浮かべて返答した。ともすれば不敬となる態度だが、王は気にした様子もない。組んだ両手を甲冑が軋む程に握り締めて、視線は真っ直ぐに、見えるわけ


はないアングァストの方向を睨みつけていた。


「我らの手勢も二人、アングァストの頂上に配置させてもらった。ノラル王。どうだ? 勝つ自信はあるか?」


「愚問!」


更なるクオンの問いに、力強く王は答える。


「救いを嘯く侵略者共、その上我が最愛の妃を拐かした悪人などに遅れを取る筈はない。義は我らノラルの武にある!」


「そうか。それは良かった」


憤怒の熱を隠しもしない王の言葉に満足そうな笑みを浮かべ、クオンがユレアへ目配せする。と、ユレアは鎌を振って何処かへと至る亜空の路を開いた。


「我らも我らの目的を果たしに行く。ああ、要らぬ世話とは思うが言っておこう。余り熱くなり過ぎるなよ、王よ」


異空へと入る手前でクオンは一度振り向き、そう声をかけてから亀裂を潜る。ユレアも一礼をし、後に続いた。


「……待っていろココ。すぐに救い出す」


王は独白する。己に誓う。教会という仇敵達に囚われたという姫を救う為に。







――霊峰アングァスト頂上。

ノラルへと至る深き大海と、コルストを含めた果てなき大地そして何処までも続く大空。その全てが望める場に、ナツとボーヴは居た。


「絶景、と言ったところかしらん? 晴れてて良かったわ。あの人連れてハイキングも悪くないけど、双子ちゃんと一緒にお弁当持ってくるのも良さそうね。ねぇ? ボーヴ」


清廉な空気を肺に大きく溜め込み、言葉と共に吐くナツ。山頂は氷点下を大きく下回るというのに、相変わらずの薄着がちぐはぐである。


「そうじゃな。これで、眼下に物騒な軍隊も無ければ最高じゃて」


そんなナツの台詞に、ボーヴは山の下り斜面を指して皮肉った。広がるは青銅色の甲冑に身を包んだ人垣と物々しい無骨さを持つ大砲。そしてあらゆる種類の幻獣達であった。ユレアにより送られし、数万の“尖兵”達。たった一日でこれだけの部隊を編成する王そして臣下の統率力とノラルの兵力には正直脱帽したボーヴであった。敬愛する姫が“アヴェンシスに奪われた”という情報も一因なのかもしれない。


「真っ直ぐ過ぎる情念は時に残酷よのう」


「あらそう? 何かの為に一生を捧げられるなんて素敵じゃない。たとえ嘘でも信じればその人の中で、それは真実になるわ」


虚しげに語ったボーヴに、ナツは楽観的な声音で返事した。ボーヴの視線が色を変えずにナツへと注がれる。


「そういうものか? 吸血鬼ヴァンピール


「ええ。少なくとも、私の中ではね」


ナツの変わらない軽薄な笑みの中に寂しげな眼を見つけたボーヴだったが、もはや追及はしなかった。二、三言葉をかけた所で飄々とした態度の中に堅牢にしまわれた彼女の本心を聴くことなど出来ないと知っているからだ。必然的な沈黙が降り、同時にそれを黒い亀裂が裂いた。


「ナツ。ボーヴ。準備はよろしいですか」


闇から現れるメイド、ユレア。その登場は何度見ても唐突で異様だが、数年来連れ添った仲間である二人は特に驚くこともなく、彼女の言葉に頷きを返す。と、ナツが何かに気付いたのか、そっとユレアに近づきその頬に触れた。


「な、なんですか、ナツ」


「駄目じゃない。隈が出来てるわ。あの人の為に頑張るのはわかるけど、それならお化粧くらいしなさいな。折角の綺麗な顔が台無しよん?」


突然のナツの奇行に一端驚いたユレアだったが、すぐにナツの手を払って一歩引く。払うとは言っても、どちらかと言えば押し退けるといった力加減だったのは、恐らく動揺しているからだろう。


「何を馬鹿な……こんな時に。それに、私にはそんなもの」


これから戦がはじまろうという雰囲気の中で軽薄な言葉を述べるナツを諌めるユレアだが、当の本人は今の状況など特に何も感じていないかの如く続けた。


「だーめよぉ。うちの一家にはこれからオトシゴロになるマルガちゃんだって居るんだから。お姉さんが見本になってあげなくちゃ」


ユレアは、何を馬鹿な、とでも言いたそうな視線を向けるものの、当の本人はそれを悪戯な笑みで受け流す。


「これが終わったら教えてあげるわ。みっちり手取り足とりね。楽しみに待ってなさいよぉ」


言いたい事は言ったのか、ユレアから離れて行くナツ。終始呆気に取られていたユレアも、彼女が離れて数秒してようやく口を開いた。


「……それだけ軽口が叩けるのなら準備は良いようですね。クオン様から伝言です。“これは所詮はじまりだから無理はしなくてもいい”とのことです」


主からの言伝を終えると、再び亜空へとユレアは身を収めて行く。


「ナツ。ボーヴ。御武運を」


最後にそう言って。彼女の姿は消えた。






そこは闇であった。まるで世界のありとあらゆる色を混ぜたような空間が無限とも有限ともわからずただただ広がっているだけの場所。完全なる無と無限の有の矛盾が同居した亜空の世界を、ノラル王女ココとその愛馬クルスは歩いていた。だが、確かに歩は進めているが何も変わらない景色が感覚を惑わせ、一体どれだけ自分達が歩いていたのか、もしくは歩いていると思っていたのかを明確にさせない。


「何……ここは」


疲れたのか、それとも無意味だと悟ったのか、ココは歩みを止めて座りこむ。座るとは言っても床があるのかわからないが、ともかく、彼女はともすれば宙空とも見えるような場所に腰を下ろした。それに合わせてクルスはその膝を折る。


「現世でない事だけは確かだろう。全く、あの男は一体何を考えている」


「きっと何かトラブル」


空を、といっても周囲と変わらないのだが、見上げてクルスは不機嫌に鼻を鳴らす。彼らをこの場に連れてきたクオンは、彼らがこの亜空間へ入ると同時にその姿を消していた。現れる気配もない。何か考えがあると思うのは希望的で、嵌められたと考える方が一般的だろう。しかし、クルスの主たるココの考えは前者だ。彼女は無粋に人を信じ過ぎる。


「ここ、破れない? クルス」


「分からぬ。あの女の魔具により開かれた空間ではあるが、生み出された場所ではないが故に可能かもしれん」


とはいえ、もうここに居るのもくたびれたのか、クルスに脱出を打診するココ。時紡ぎの魔女に傷を癒してもらったとはいえ、あまり愛馬に無理はさせたくない彼女だったが、そうも言ってられない。彼女は脳裏に己の夫の姿、すなわちノラル王の事を思った。真っ直ぐで力強い瞳をしている彼だが、あまり冷静でない事もココは知っている。そんな彼が自分の行方不明を知れば何をするかわからない。一刻も早く無事でいる事を伝えたかった。


「……ごめんねクルス。やってみよう。閉じ込められてどのくらいかわからないけど、あんまり遅いと怒られちゃうから」


傷ついていた愛馬の体を心配するようにその翼を撫でるココ。それを気持ちよさそうに受けながら、頭を垂れて己に乗れと差すクルス。


「それに、我らをここに閉じ込めておくのがあの仮面の男の狙いかもしれんしな」


「すぐに人を疑うのはよくないよクルス」


「主は信用し過ぎなのだ」


ココは天馬に跨り、クルスは主に応え翼をはためかせる。羽ばたく。外へと行く為、今まさに戦の火ぶたが切って落とされんとしている外へ。

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