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白月に涙叫を  作者: 弐村 葉月
八章 戦と死
102/168

―話合―

「んだよー、もうちょっとやらせてくれよーメルシア。いいところだったんだぞ? なぁ?」


「まあまあグリム。また機会はありますから。それに、いくらなんでも派手にやり過ぎました。アノ様も起こしてしまいましたし」


「全くだ。自重しろグリム」


「俺だけ!? 俺だけ悪いのか!? 今回はオルヴスの方から挑んで来たんだぞ? なぁ!?」


教会地下に設けられて居る騎士団施設、その食堂にてアーノイスら四人は朝食を摂ることにした。まだ朝だったのか、と今更ながらにアーノイスは思っていたが、腹は空いているので問題ない。出来ればアンバタが食べたい、と最近ご無沙汰な好物を思い浮かべるが、無い物ねだりだと諦めた。

席についた彼女らの元に四人分の朝食が運ばれてくる。給仕役の修道女は、教会の最重要人物らのそうそうたるメンバーが集まっている事に緊張を隠せないのか、若干お盆を持つ手が震えていたが。


「おっし飯飯ー。朝から動いて腹減っちまったぜ」


「私だって付き合わされてたんだからな」


「それについては僕にも責任があります。申し訳ありません」


「全く、オルヴスにはもっと分別があると思ったぞ。どっかの大馬鹿と違って」


「んだとメルシア! 誰が馬鹿だってんだよ! ご丁寧に大まで付けやがって!」


「何だ、自覚してるじゃないか」


「チクショー!」


朝だと言うのに所構わず騒ぎ出すメルシアとグリム(主に後者)。これがいつものじゃれあいなのだが、修道女にそんな事情がわかる筈もない。コーヒーを注ぐ手が怯えるように震えていて、額には冷や汗が浮かんでいた。


「そんなに怯えなくても良いわ。貴女に怒っているんじゃないだから」


「は、はひっ! すみません鍵乙女さ−−っ熱!」


緊張というか誤解を解こうとアーノイスが声をかける、がそれが逆効果となってしまったのか、修道女の手元が来るって熱いコーヒーが自分の手にかかってしまったようだ。慌ててアーノイスがまだ冷たいおしぼりで彼女の手元に当てる。


「えっ、あ、あの」


「コーヒーは良いから、早く冷やしてきなさい。ね?」


半ばおしぼりを押し付けるように渡して、コーヒーの入ったポットを受け取る。修道女はまだ困惑しているようだったが、数秒してようやくアーノイスの言動を理解した。


「あ、ありがとうございます鍵乙女様!」


「礼なんていいから早く行きなさい」


「はい!」


快活に返事をして、火傷を負ったというのに軽やかに修道女は去っていく。


「……よくわからないわ」


何故彼女が上機嫌に見えるのかわからないアーノイスは、小首を傾げてその後姿を見つめていた。


「あー、あれじゃねぇの? 何だっけ……蘭……じゃなくて、菊……薔薇? いや違ぇな。マロリだか空気だかが言ってたんだが」


いつのまにじゃれあいを終えたのか、グリムが頭を掻いて何かを思い出そうと唸る。メルシアが呆れ顔で言った。


「百合か?」


「そう! それだ!」


「なわけあるか」


さらに呆れの色を濃くして切り捨てるメルシアに、再びグリムは喰ってかかる。結局わけがわからないアーノイスはオルヴスに助け舟を求める目配せをするが、彼も首を振って答えはくれない。知らない方がいい、という事なのだろうか。


「まあ百合、はおいておくとして……そろそろ食べないと冷めてしまいますし、頂きましょう」


百合とは一体なんなのか、アーノイスは気になったが、オルヴスの言う通り朝食が冷めるのも持ったいない、と一先ず彼女はまだ熱いフレンチトーストを口に運ぶ事にした。






そのまま食堂でこれからの話をするわけにもいかず、前日に使った談話室へ向かう一行。途中、先程の修道女と仲間だろう数人のシスターの一団とすれ違った。


「あ、先程はありがとうございました鍵乙女様」


「わざわざ礼を言われる程ではありませんよ。貴女方に女神の祝福があらん事を」


先程は食事という事で気が抜けていたが、今回はしっかりと鍵乙女として受け答えする。教会関係者に対する決まり文句を告げて、開けられた道を歩いて過ぎていった。

過ぎた後で、修道女の一団な黄色い声を上げて何か騒いでいた。年頃の少女とはああいうものなのだろうか、と自分の年齢に似合わない発想が頭に浮かぶ。


「まるでアイドルだなアーノイス」


「やめてよ。そんな柄じゃないわ。というか……あれが百合? なの?」


柄じゃない、が鍵乙女という存在が通常どんな目で見られているかはよくよく知っているので、それ以上の反論はしなかった。が、先程からの疑問がふと口から零れ落ちる。彼女の頭にはユリ目ユリ科ユリ属の美しい漏斗状の花が浮かんでおり、少女の可憐さを表す言葉なのだろうかと曲りなりの解釈をしていた。


「もうその話はお忘れくださいアノ様」


そんな彼女にオルヴスが苦笑いを浮かべて苦言を呈する。彼が言い渋るという事はあまり良くない言葉なのだろうか。うんわからない。とアーノイスは思ったが、諌められたので二言はいわない。

やがて談話室に着き、先頭のオルヴスが扉を開けて、グリム、メルシア、アーノイスそしてオルヴスが中へと入っていった。談話室というだけあって一般の修道女や掲剣騎士も利用するだろう場所だが、昨日に引き続き今も誰も居なかった。あまり使われていないのだろうか。にしてはお茶やお茶菓子が置いてあるが。そんなどうでもいい事を考えながら、アーノイスは昨日と同じ席に着く。メルシアもそれに倣い、オルヴスはまたお茶を汲み始めたが、グリムだけは部屋の奥にあるソファにその身を投げ出していた。


「戦ったし飯食ったしまずは昼寝だろー」


誰も聞いてはいないがそう宣言して、足を組み手を組み枕にして横になるグリム。まるで食欲睡眠欲戦闘欲が三大欲求の種族のようだ。メルシアは溜息を吐いたが、もう小言は言わないようだ。言う気も失せたか、黙ってオルヴスの淹れた茶を啜っている。それは他二名も同じであった。


「それで、何か報告は上がっているのですか?」


オルヴスがまずメルシアに問う。昨日の内に掲剣騎士は動いていた。


「今のところは何も。エトアールの連中に関してはいつも通り不明。ノラルの方も伝書はしたが返事はないとのことだ」


一朝一夕には上手くはいくまいとオルヴスは思っていたが、やはりだ。それなら、と今度はアーノイスが身を乗り出す。


「じゃあアングァストの門は? 何も起きないなら今の内に、っていうのは駄目かしら」


「ある意味で良い行動だとは思いますが、万全ではありません。これまでなら今日にでも儀式に行けたのですが、ここの所門あるところにエトアールありとでも言うように遭遇しています。まるでこちらの行動を逐一把握しているかのように」


元々駄目もとで提案していたアーノイスはオルヴスの説明に納得の表情を浮かべて、椅子に座りなおした。


「別に行っちまってもいいんじゃねぇのー? オルヴスに俺とメルシア。不安なら翳刃騎士の連中も居るし、お姫様だって幾分か戦えるようになったわけだしな」


今度はグリムが口を開く。ソファに寝転んでいるからと全く会議に参加していないわけではなかったらしい。彼の言っている事は楽観的であるの一言に尽きるが、確かに今ここには教会の持つ戦力の内、個々として強大な面々がごろごろといる。逆に集まり過ぎたと言えなくもないくらいに。それだけの戦力があれば不足の事態でも大概は対応出来るだろう。


「一理あるんだがなぁ。確かにここで手をこまねいていても仕方ない。だが、アーノイスを狙って来るエトアールの連中とは違って今回はノラルも絡んでいる。私達全員が留守の内に、エトアールは私達の方に、ノラルがコルストの方に来たとしたらどうだ。少なくともコルストの方は被害は免れない」


そう、危惧するはノラル国王女ココの領地不法侵入という事実。彼女は何者かに「撃ち落とされた」と語っていたが、それも何かの演技だと言えるかもしれない。掲剣騎士団の中に正体不明の幻獣を撃ち落としたなどという報告はないし、アングァストの裏側に行っていた者もいない。そして何より、ココを捉えようとした際に、エトアールの亡霊がその助けに入ってきた。それも口軽くも「依頼」とクオンは言っていた。この事から、ノラルとエトアールの亡霊には何らかの繋がりがあると言える。単に資金稼ぎや名を売る為の依頼ならばいい。しかし、互いの利益の為の依頼だとしたらどうだ。毎度毎度先回りしてくるエトアールの亡霊がいる最中、強力な戦力がコルストから一度に離れれば、ノラルにとっては攻めるに都合がいい。ノラルとは今現在までは小康状態だが、平和条約といったものが未だ結ばれていない事を考えれば、いつ攻めてきてもおかしくない。ここコルストにはその為の戦力が常時用意はされているが、それは防戦が出来る程度だと言って良いだろう。アヴェンシスから本隊が着くまでに何とか耐えられる程度の戦力ということだ。やってやれない事はないが、間違いなく血は流れる。


「僕らがここに居る限りはノラル側も下手に手出しはしてこないでしょう。もし、エトアールが彼らに全面協力していなければ、ですが」


「どういう事だ?」


オルヴスはメルシアにツバリ湖での戦闘の顛末を教えた。


「馬鹿な……フェルを使役していたというのか」


多人面で口腔から蛇を吐く醜悪なフェル。クラスとしては概精霊と呼ばれる、精霊化一歩手前という存在。精霊とフェルとの違いは有り体に言えばそこに思念があるか否かだ。逆に言えばフェルには思念、即ち心が無い。それを従えるということは事実上不可能だ。仮に精霊であれば人間の言葉とて理解するかもしれないが、それで従うかといえば必ずしもそうだとは言えない。彼らは、命ありながら命なきもの達なのだから。強い本能を利用する事はできるかもしれない。だが、エトアールの亡霊は明確にアーノイス達を、エトアールの亡霊以外の人間を狙ってきていた。

アーノイスは表面には出さないものの、心の内では激情を滾らせていた。何の関係も無かった、心優しい人魚の少女を、フェルは一瞬で見るも無残な肉塊へと変えた。目の前で、彼女を庇ったが為に。


「如何にしてフェルを使役していたのかは皆目見当もつきません。メルシアさんなら何かご存知かとも思ったのですが……」


「……少し、調べてみるしよう」


オルヴスの言葉に、メルシアは数秒思案し、そう答えた。言うが早いか、彼女は席を立つ。


「起きろグリム。行くぞ」


「んがっ⁉」


何時の間にか高いびきをかいていたグリムの鼻っ面を掴んで起こし、そのまま引っ張って談話室を出て行く。グリムが何事かと喚いていたが、その声も扉の向こうに消えていった。

やれやれ、とオルヴスが肩を竦める。どうにも、気味が悪い。何が目的なのかもわからなければ、使う術も不明。行く先々に待ち伏せてくる。そして、彼らは紛れもない強者だ。数度実際に戦ったオルヴスにはそれがよくわかる。犠牲者も出ているのだ。楽観視は出来ない。


「まあ、これ以上ここに居ても仕方有りません。望み薄ですがここの騎士団長に話を聞きに行ってきます。アノ様はお部屋に戻って――」


「待って」


席を立ち、扉へ向かうオルヴスをアーノイスが制した。別に、今でなくてもここでなくてもいいのかもしれない。だが、彼女にとってそれは、大切な事だった。

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