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白月に涙叫を  作者: 弐村 葉月
一章 鍵と盾
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―兄妹―

ユレアの案内で一行は件の村へと向かった。

彼女の居た道端からそう遠くはなく、五分程歩くと小さな建物がいくつが集合して建っているのが見え始めた。


「こんなとこに村があったなんてねぇ。教会は知ってんのかね?」


村というよりは集落と言った方が合っているかもしれない。舗装された道などは存在せず、雑草を刈り取って地べたを道と見立てているようで、小さな木造の家々が適当な感覚で立ち、その周囲だけ雑草が背丈を合わせて刈られ、野菜などを育てたりもしているようだ。


「フェルが近くに出ているというのにわざわざ鍵乙女様を待っていたのです。恐らくは最近出来たか、もしくは閉鎖的な場所か……」


オルヴスの言葉通り、村に入ってもあまり人影は見当たらない。フェルが出没しているというのも関係しているのだろう。


「この前までね、牛さんとか馬さんとか鶏さんとかたくさんいたんだけど、皆逃げちゃったの……」


村を見回す三人にユレアは沈んだ顔をしてそう告げた。

フェルは、命あるものに仇なす存在だ。人間然り、牛や馬といった動物、鶏などの鳥、虫ですら彼らの中では襲撃対象になっている。例え村の中で飼われていたとしても、己の生命を脅かす何かが近くにいるというのであれば、逃げるのも仕方がない事である。


「大丈夫よユレアちゃん。このお兄ちゃん達がフェルをみーんなやっつけてくれるから。そうすれば牛さん達もきっと帰ってくるわ」


「本当?」


「ええ、本当よ」


アーノイスの言葉にユレアは破顔すると、軽快な足取りで一件の木造家屋の前へ走っていった。


「ここが私のお家! えっと……ながたびでお疲れでしょう。きゅうくつ?なところですが、くつろいでいってください」


一生懸命に言葉を絞り出すように歓迎の挨拶を述べる少女。


「へぇ、ご立派な挨拶だな。誰に教えてもらったんだ?」


感心し、グリムがそう問う。


「おにーちゃんがね『もし鍵乙女様に会ったらこう言いなさい』って教えてくれたの!」


褒められて嬉しそうな笑みを浮かべて、ユレアは自宅の扉を開いた。


「ただいまー! おにーちゃーん!」


元気な声で帰宅を告げ、家の中に消えて行く少女。


「えーっと……私達どうすればいいのかしらね」


置いてけぼりにされたアーノイスが首をかしげる。


「先程も言いましたが、教会はなさそうですしね」


「ま、取り敢えず入ってけばいいんじゃねぇのー? あの子だってアーノイス様を待ってたんだろうし」


思案するオルヴスとアーノイスを余所にグリムは何食わぬ顔で、開けっぱなしの扉の中に頭を突っ込む。


「ごめんくださーい。鍵乙女と従盾騎士の愉快な御一行ですけどもー」


「いきなり胡散臭く聞えるのは私だけなの?」


「いえ、僕も同感です」


とはいえ、もう進んでしまった事は元に戻せない。二人もグリムに続き、家の前で待機する。

少しして、家の奥から翠色の髪をした青年と、その足元にひっつくユレアが出てきた。


「ああ、貴方方が……」


「ね? ね? 言ったでしょ? 鍵乙女様だよ!」


鍵乙女の突然の来訪に少々面食らった様子ながらも、青年は深々と頭を下げる。


「遠路はるばるようこそいらっしゃいました。こんな辺鄙な村にまで足を運んでいただけるなど……感謝の言葉もございません」


「たまたま近くを通りかかったものですから。そこでユレアちゃんが一人でいるのを見つけまして」


オルヴスが率先して前へ出て青年を言葉を交わす。


「ね? 嘘じゃないって言ったでしょおにーちゃん」


「ああ。でもユレア、一人で外に出ては駄目だとあれほど言ったろう」


「ごめんなさーい……」


優しい口調でユレアを叱りつけると、青年は三人の方へと向き直った。


「申し遅れました。私はユレアの兄のクオンと言います」


「へ? 兄妹? びっくりしたぜ、親子かと思った」


「はは、良く言われます」


ユレアは5,6歳と言ったところ。青年はどうみてもオルヴスと同じかそれ以上に見える。グリムが驚くのも無理はない事だった。


「立ち話もなんでしょうから上がってください。狭いところですが、お茶ぐらいお出しできますよ」


「おっ、いいねぇ。ちょうど腹が減ってたんだよなー」


「貴方はもう少し遠慮というものを覚えましょうか」


クオンの提案で、三人は家の中へと入る事にした。






招かれ、小さな円形の木テーブルに着く三人。

ユレアとクオンはキッチンでお茶の用意をしているようだ。


「良いわねこういう家。落ち着くわ」


木製のテーブルの手触りや質感を目で確かめるように眺めながらアーノイスが呟く。


「姫様は庶民の暮らしに慣れがなさそうだもんなー」


テーブルの上にだらしなく上半身を伸ばしたグリムが明後日の方向を見ながら悪態を吐いた。


「貴方だってボンボンでしょ。大司祭のドラ息子なんだから」


「だーもう、親父の話はだすなよなぁ」


「まあまあ、アノ様とてもう旅を続けて長い。最近ではようやっと野宿も慣れてきたようで何よりですよ」


いつもながらの不毛な駄話をはじめる二人をオルヴスが宥める。


「へぇ、未だにオルヴスの事を使用人みたいにしてんのかと思ったけど」


「ああ、それは変わりませんよ」


「オルヴスっ!」


アーノイスが赤面して立ちあがる。野宿でも寝られるようになった、とはいえそういう環境の変化にも身体がすぐに慣れてくれるようになったというだけであった。


「それは貴方が私にさせないからっていうのもあるでしょ! ……まあ、その、確かに私は不器用だけどやればできるわよ!」


「炊事洗濯買物その他雑務は全て僕の仕事の一部ですからね。仕事を取られてしまっては立つ瀬ないわけですよ」


オルヴスの、擁護しているのかどうなのかわからない言い回しに、グリムはただ興味なさそうに欠伸をしていたが、ふと気付いたように顔を上げた。


「なあ、家事全般は全部オルヴス任せなんだよな? 洗濯とか」


「さっき言ったでしょ。悔しいけど、そういう事ね」


「じゃあ姫様のパン――」


「オルヴス」


「はい」


「ぶべっ!」


何かを口走ろうとしたグリムの顔面に、主人の許可を得たオルヴスの拳が飛ぶ。容赦のない一撃はグリムを椅子から転げ落ちさせるには十分過ぎた。


「ぐぉぉぉお……オルヴスてめぇ、こういう時だけすぐに手ぇ出しやがってぇ……卑怯だぞ」


あまりに素早い奇襲にもろに喰らってしまったらしいグリムは顔面を抑えて床を転がる。

アーノイスは既にそっぽを向き、オルヴスは虫けらでも見る様な冷ややかな視線でグリムを見下ろしていた。


「大丈夫ですかグリム?」


「効いたぜこん畜生……だが、無事だ」


「ちっ」


「ちょ、おまっ、今舌打ちしやがったなオルヴス!」


にこやかな表情を崩さないままのオルヴスに、一挙動で立ちあがったグリムが食ってかかる。しかし、反応はごくごく冷ややかなものだった。


「死ねば――いえ、せめて記憶が人格を失えば良かったなんて、これっぽちも思っていませんよ?」


「いや、ホントすんません。反省してます。反省してまーす」


「……オルヴス」


最後のやる気のない謝罪が気にくわなかったようで、再度オルヴスに指令を出すアーノイス。


「はい」


「ちょ、待っ、やめろ! わかった! わかったから! いやマジすんません、ごめんなさい! もう二度と言わないって!」


席を立ち、指の骨を鳴らしながら近づくオルヴスと土下座しながら後退するグリム。

そこへ、お茶の準備を終えたらしいクオンとユレアがやってきた。


「おや、何やら楽しそうですね」


「あははっ、剣士のお兄ちゃんそれどうやって動いてるの?」


「これはすみません。お見苦しい所をお見せしてしまって」


グリムを追い詰めるのを止め、カップを並べるのを手伝うオルヴス。その隙を突き、グリムは席に戻った。

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