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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

魔界の物語集

影踏み

掲載日:2011/05/29

真面目な顔して告げた。

「貴方は私の人生に不必要です」

そう言うと、酷く傷ついた顔をされた。

今にも泣きそう。

足の部分が震えてる。

…キモい。

本気で生理的に無理。

しかし、失礼な野郎だ。

本当だったら、どれだけ助かるか。

死ねば良いのに。

いなくなれば清々する。

「僕がいなくなったら、貴女はモグラじゃなくなるよ!?良いの!?」

「それも一つの生き方でしょう」

私の周りをグルグル回りながら説得しようとする。

うっとうしい。

回んな気色悪い。

去れ散れ爆破しろ。

お前なんかいなくても生きていける。

死んだら死んだで一興だ。

早い人生だった。

それだけだ。

「私はあまり外に出ません。ならば、“影”などあってもなくても大差ないでしょう」

「いやいや、日に当たったら駄目なんだよ!?食料調達どうすんの!?」

「煩いですよ。夜に手に入れれば良いだけのこと。それか土の中で手に入れます」

「光が無いこの場所でどうやって夜を知るの!?」

「土が教えてくれます」

触れた土は温い。

ならば、今は夕方か。

綺麗な夕焼けが見れるだろう。

外に出ようかな。

私が座る後ろで野郎はまだ悩んでいる。

早くいなくなれば、お互い自由になれるのに。

何故私の影になったのかわからない。

思い出したくない。


パチ。


電気を消して外に向かう。

すると、影のコイツは私の後ろを歩く苦労もせずにピッタリとついてきやがる。

ストーカーという類と同じか。

住家の扉を開ければ、目の前は土。


ザク。


私の自慢の爪で地面を掘る。

地上への行き来はこうしなくてはならない。

不便と思った事は一度もない。

それが当たり前だから。

生まれた時からそうしなくてはならなかったから。

後ろの奴は放っといて、黙々と土を掘る。

だんだん冷たくなってきた。

間に合うだろうか。

もし間に合わなかったら、コイツのせいにしよう。


ガッ!


あ、石に当たったっぽい。

爪が三枚剥がれて、血がドバドバ。

グロい。

慣れてはいるけれど、やっぱり見るにたえない醜さ。

「あああ!!?ど、どうしよう!?どうしよう?!爪に、土が入っちゃった!?入っちゃった?!」

「騒がしいですよ。たかが爪が剥がれて、痛みが生じるだけのこと」

「いやいやいや!?充分騒ぐ要素たっぷり山盛りじゃない!?誰もが共感してくれるよ!?」

「ならば、もし誰か一人でも貴方のように騒がなかったら、貴方は消え失せますか?」

「それとこれとは話別ぅ!!?」

全く耳障りだ。

この蛆虫よりも役に立つ要素が何一つ存在しない野郎をぶち殺す方法はないだろうか。

是非今後の参考にしたい。


ザッザッ!


暫く怪我を見つめていると、上から音が聞こえた。

穴を掘る、地上から降る音が。

掘る音がやけに早い。

焦ってると読んだ。

タイムカプセルという物を探しているのだろうか?

土の温度は夜を教えてくれている。

早く探さなくてはならないのだろうか?

地上には夜でも光り輝く“懐中電灯”があるだろう。

ならば急がなくても帰り道は大丈夫だろうに。

…その前に、この血は何時になれば止まるのだろうか。

服が赤色に変色してきた。

ヤバイかも。

ま、それも一興か。

子孫を遺せなかったが、兄弟姉妹が代わりにやってくれるさ。

それに、後ろの野郎も道連れだからな。

私で終わる。

ザマァ。

お前も短い人生だったな。


―ズボッ!


突然、目の前に腕が現れた。

いや、上から突っ込んできやがった。

よく見ると人間の手から肘の部分で、それは何故か私の腕を掴んだ。

そして引っ張り上げられる。


ザザッ!


血まみれの手が、一番最初に外気に触れた。

次に全身が引っ張り出される。

痛いしクソ。

強引に土から出されたから、全身に所々石が擦れてかすり傷を作った。

何なんだ、一体。

「だだ大丈夫!?大丈夫じゃない!?だいじょばない?!」

後ろの野郎はピンピンしてるらしい。

マジムカつく。

私がこんなにボロボロなのに。

髪の毛についた土や汚れを払い落としていると、まだ手首を掴んでいる手に気づいた。

顔を上げる。

「うわっ、女の子!?何で土に埋まってんの!!?」

若い男の人間が驚いた顔をして立っていた。

後ろの奴と同じ煩い部類らしい。

男という生き物は全て煩いのか。

嫌な世の中だ、全く。

男の力は強く、簡単に振りほどけない。

「私は“モグラ”です。土にいるのは当然のこと。そろそろ離してください」

「あ、ごめん…。って、怪我してる!?痛くないの!?」

「痛みを感じなければ、私は生き物ではありませんね。問題はありません。帰って治療をすれば、治ります」

「だったら俺が手当てしてやるよ!俺の家、此処だし!」

男が指差した先は、小さな一軒家。

他の家もだいたいこんな形をしているから、これがここら辺の家の“普通”らしい。

確かに住家に帰るよりかは断然早い。

だが断る。


パシッ。


男の手を振り払う。

案外簡単だった。

男も野郎も固まってる。

「私一人で治療できます。では、さようなら」

「え?!えぇ??!」

立ち上がり、体を翻す。

痛むのを隠して、気づかれないよう平然と歩く。

何時もの場所へと真っ直ぐ向かう。

不幸中の幸い、足は何ともない。

だから歩ける。

「ヒイィィッ!!??」


ガクンッ!


何かに何かを引っ張られて、前へ進めなくなった。

足を動かしてもただ空を踏むだけ。

先程気持ち悪い声が聞こえた。

あいつが何かやらかしやがったんだな。

ボケナスイ〇ポ野郎が。

振り返ると案の定、あいつが捕まっていた。

頭を片手で掴まれて、全身ビクビク震えてやがる。

体がありゃ汚ぇションベン漏らしてたな。

そんくらい酷い怯え。

手の主はあの男。

「人の好意は素直に受け取ろうよ?可愛い顔してんのに勿体ないよ?」

「お世辞をどうも。その手を離してくれません?」

「ぅううあアああぁがあぐひィいああいいい!!!??」

私が進めばコイツも同じだけ進む。

つまり、一心同体。

最悪である。

こんなピッタリ当て嵌まる言葉はそうそうない。

後ろで変な奇声をあげてやがる野郎が捕まっている限り、私はこの場所から一歩も動けない。

足手まといが。

だから邪魔なんだよ。

能無しポンコツカカシ野郎。

一々うっせぇし。

自分で振りほどくくらいしやがれ。


パンッ。


男の手を叩いた。

が、今度は外れない。

男のヘラヘラした顔が、スッと冷たくなる。

ミシミシと男は手に力を込めた。

「いひゃああああああああああいぃぃぃいいいよぉおぉ!!!???」

激痛がするらしい。

良かった、共感出来なくて。

影は単体でダメージを蓄積する、と。

これから使えそうな情報入手。

さてと、早速有効活用しますか。

野郎を蹴飛ばそうと右足首を回していると、男が何か言い出した。

「あのさ、俺本気で心配してんの。お願いだから手当てさせて?」

「痛い痛い痛い痛い痛い痛いたいたいたいたいたいたいたいたいっっ!!?」

「でなきゃ、コイツの頭潰れるよ?」

ワォ。

何と嬉しい申し出だ。

いや、脅迫だ。

男が殺してくれるなら、私の手を汚さずに済む。

やったね!

ありがとう見知らぬ人間。

人間かどうかは知らんけど。

取り敢えず感謝感謝万々歳。

さぁ、さっさと殺してくれ。

期待感に痛みを忘れて拳を握り、男が殺めてくれる瞬間を待つ。

今までの人生の中で一番ワクワクした表情をしているだろう。

そんな私の様子を見て、男は何故か拍子抜けした。

早くソイツを殺ってくれ。

今か今かと拳を上下に動かす。

逸る気持ちを隠さず、男の言葉を信じて待つ。


スッ。


「脅迫してんのにその表情とか、空気ぶち壊しだわ」

「ああぁぁ…怖かったあぁ!?」

「…君には失望しました」

顔がぐちゃぐちゃで涙や鼻水や涎れで汚い。

その顔で私に抱き着くとかナイワ。

けど、今は男の行動が許せない。

期待させといて裏切るとか最低。

二度と面見せんな不細工が。

痔になって苦しめ。

「今度こそさようなら、裏切りさん」

「あうぅ~…もう地上恐い怖いコワイ!?」

「ちょっと待てよ!何だよその“裏切りさん”ってのは!俺の事か!?」

「他に誰がいるのですか。近寄らないでください。孕んでしまいます」

「何でだよ!?孕まねぇから!

もう…本当に治療するだけだから、手当てさせてくれ。もし何かしたら、爪でブッ刺して構わないから」

「今から可能ですか?」

「不可能です」

「ならば取引不成立ということで」

「だーかーらー!!」

スタスタ歩く私の後ろで何か叫んでる男。

髪の毛をガシガシ掻きむしる音がするが、私には無関係。

私よりデカイくせに、私の首に抱き着いてビクビク怯えてやがる影はチラチラと後ろを注意する。

うっとうしい。

実際コイツのせいで時間食ったし、責任とれよ。

影なんだろ?

夜なら何処でも移動できるんだろ?

だったらどっか行け。

私は食料調達してから帰る。

手がジンジンしてきたし。

痛み感じなくなってきたし。

何も感じない。

そろそろヤバイかもしれない。

片手だけで土を掘るのは厳しい。

野垂れ死にするくらいなら、餓死して土の栄養になるか。

それが素晴らしい。

お、水道がある。

手を洗うか。


ジャー。


「ね、痛い?!痛くない!?大丈夫!?辛くない?!心配心配心配!!?」

「耳元で騒がないで下さい。それと、そろそろ離れなさい。ウザイです」

「重くないでしょ!?」

「洗いにくいです」

「うぅ~…わかったよ!?」

「何故密着するのですか?気持ち悪い」

やっと離れたかと思えば、背中合わせに変わっただけ。

ピッタリ密着隙間無し。

影のコイツは私の影の長さによって体の大きさとかが変わる。

ま、土の中にいる時とそんな変わらないと思うけど。

夜のコイツは一応デカイ。

それに、何処へでも行ける。

夜は殆どが影だから。

その時にコイツと出会ったのが私だが。

人生最大の汚点。

油断していた私が悪かった。

昔の私の馬鹿。


キュッ。


蛇口を捻り、濡れた手をプラプラさせる。

乾けー乾けー。

乾かしていると、また影がのしかかってきた。

背中に抱き着いて首に腕を回すが、もう無視。

面倒臭いこと嫌い。

短時間で同じ事何回も言うの嫌。

もう好きにしろ。

半日後はわからないけど。

重くはないけど、苛々する。

なんだろう、ガムが靴の裏にくっついた時の苛立ちと怒りみたいな。

そんな気持ち。

ああ不快不愉快。

「手先が白くなってきたよ!?治る!?治す?!」

「何も感じなくなってきましたからね。時期に腐ってきますから、何かで縛らなければなりません」

「僕が握ってようか!?」

「余計汚れます悪化します痛みます。触らないでください」

「ヒドッ!!?じゃあ影で縛る!?」

「影で?」


ヒュルル。


私の影(野郎の足元)から一筋の影が伸びる。

それは私の傷ついた指の根本に巻き付き、圧迫する。

意外にもこの影は温かかった。

コイツはぬいぐるみのように冷たくも温かくもないのに。

新しい発見だ。

「…ありがとうございます」

「ははは初めてお礼言われた!?感謝された!!?ほぼぼぼぼ僕僕どうしよう!!??どうすれば良い?!」

「そのままで問題ありません。食料調達を再開しますよ」

「はいはーい!?」

クルリと体を半回転させて、公園の入口へ向かう。

その間、指は縛られたまま。

歩いていても伸び縮み自由らしく、何不自由ないが、やはり背中の奴は蚊同等の殺意を覚える。


ジャリ、タッタッ!


走る音が聞こえた。

こんな夜中にランニングとは、健康に良いのか悪いのかわからないな。

私は気にせずスタスタと目的地に一直線。

一ヶ月分くらい買い溜めしないと、一々こうやって遠い場所まで歩かなくてはならない。

最近私の影が荷物持ちになったから苦労はない。

気疲れはしょっちゅうだが。

「あっ!そこの君!モグラ族の君!」

何か向こうで叫んでる。

しかし私はモグラ族だが、残念ながら“君”という名前ではないので、残念だが無視をしなくてはならない。

いやぁ本当に残念だ。

「え、ちょ、無視!?おーい!!そこの変な背後霊背中に付けてる女の子ー!!」

「…呼んでるよ?!」

「先を急いでいます、と嘘をついておきます。面倒事に巻き込まれるのは散々ですから」

「僕のせいでごめんね!?」

「暫く黙ってるなら多少許しましょう」

「極力努力するよ!?」

「もうアウトです」

「そんな!!?」

足早で後ろの声と距離を置く。

足音がこちらに近づいてるような気がするので、私も同じ早さで先を急ぐ。

背中の野郎の表情が強張ってきた。

全く知らない顔らしい。

説明し忘れていたが、コイツは極度の人見知りらしい。

初対面の私に対しても最初はビクビクしていたが、なんだかんだあって現在に至る。

正直話すのが面倒臭い。

コイツとさえさほど話さないのに。


タタタタッ!


いつの間にか走っていた。

私達を追いかける後ろの人間に、怯える背中の野郎と、素足でコンクリートの上を走る私。

街明かりが眩しい中を人を避けて走る。

走るの得意じゃないってのに。

掘る方が絶対早い。

いや、今は走る方か。

「来るよ来るよ来るよ迫っているよ!!?」

「も…無理です…ッハァ」

「つ、つ次の路地裏に入って!?お願い!?」

路地裏?

まあ、一か八か賭けてみるか。

追いかける人間が何かはわからんが。


ザッ。


人一人通るのが限界の狭い路地裏に入った。

私はもう息切れしまくって、もう駄目。


トプン。


何か、何かが離れる音がした。

その音の後、体が少しだけ軽くなる。

振り向いた。

やっぱり野郎が立っていた。

足首から下は影に埋まってる。

けれど、その影は私の影じゃない。

私は一人になった。

影だった野郎は珍しく、声音を柔らかくして話す。

何時もの煩い疑問形じゃなく、普通の声。

「隠してあげるから、絶対声をあげないでね。終わったら、名前を呼ぶから」

「…覚えてたんですか?」

「ふふっ」

恥ずかしそうに笑う彼を最後に、下から伸びた影が私を包んだ。

目の前が真っ暗になり、私は無意識の内に体を小さくする。

普通はこんな状況恐いけれど、影の温もりが恐怖を和らげてくれ、静かに目を閉じた。



「ッハ、ハァ、ハッ!クソ…見失った」

二人が入った路地裏の後、白衣の男が続いて入る。

ずっと二人を追いかけ回していた人間。

二人が出会った男から連絡を受けて、ずっと探していたらしい。

あの男も二人を探している。

白衣とあの男は友人らしい。

古くからお互いをよく知り、大人になった今でも交流があるようだ。

白衣は額に浮かぶ脂汗を袖で拭い、路地裏を進み出した。

狭く長くジメジメとした場所だが、この先は行き止まり。

もしかしたらあの女の子達がいるかもしれない。


ザッザッ。


早足で奥に向かう。

どんどん、どんどん、行き止まりのある先へ。

追い詰めるという行為が、何故か白衣の気持ちを高ぶらせる。

もうすぐ、もうすぐだ。

この角を曲がれば、いる。

この先にある高い壁を、白衣より小さかったあの女の子が乗り越えられるとは思えない。

白衣でさえ難しいのに。


バッ!


白衣は勢いよく飛び出した。

だが、白衣が目にした光景は想定外。

そこには誰もいなかったのだ。

女の子も、背中にいた男の姿も。

ただ木箱が山積みになっているだけ。

そこに人間が入れる空間は存在しない。

路地裏によくある光景だけ。

木箱を使って反対側に渡ったとしても高さがあり、下りることは困難。

必ず骨折するだろう。

良くて打撲だが、簡単には走れない。

白衣は向こう側を覗いた。

一応確認しようと思ったのだ。

だが、下を覗いても無人。

誰かがいた形跡さえない。

「ハァー、失敗」

溜息を吐いた。

「ユン、いた?」

後ろからあの男が現れた。

ユンとは白衣の名前である。

「ごめん、見失った…」

「あーそっか」

「悪い、ナアク。自分の失態だ」

「気にしてねーよ。第一、俺がお前に頼んだんだし。夜中なのに付き合わせて悪いな」

「いや、それは問題ない。ナアクから連絡がなかったら、医務室で医学書を読んでいただけだ」

ナアクとはあの“裏切りさん”の名前。

「サンキュ、ユン。あの怪我じゃヤバイからな、早く見つけねーと」

ポリポリと人差し指で頬を掻くナアク。

白衣についた汚れを払うユンの後ろに、ナアクは違和感を覚えた。

ほんの一瞬だが、木箱の隙間から灰色の髪が見えた気がしたのだ。

それから、木箱の一部が不自然に浮いているのにも。

ナアクの視線でユンも異変に気づいた。

自分が乗った木箱だが、全くわからなかった。

二人はアイコンタクトをとると、ナアクが駆け出した。

山積みの木箱の不自然な箇所に真っ直ぐ。


ガアァン!


飛び蹴りをして木箱を破壊すると、バランスを崩した木箱がガラガラと音をたてながら崩れ落ちる。

ナアクは距離を置き、砂埃が舞う空気を片手で振り払う。

ユンが隣に並び、成り行きを見守る。


カタン。


最後に端が欠けた木箱が地面に落ちると、雪崩は止んだ。

砂埃が視界を遮り、周りが確認できない状況。

お互いが把握できるまで沈黙が続いた。

「なぁ、そこの男。お前何者?」

「ただのカゲフミだ」

「ただの“カゲフミ”、ね。正確には“影踏み”だろ。生き物の影に入り込み、少しずつエネルギーを奪う、寄生虫のような下等生物が」

「で、女の子はどうした?言わなきゃ本気で殺すぞ。さっきのように手加減はしない」

冷酷な表情をつくり、影を見下す二人。

カゲフミと名乗った影は、片膝を地面に着けた状態で眉を潜める。

怯えてばかりの彼が嘘なのか、今の彼が本当か、真実は彼しか知らない。

「それは昔の話だ。もう殆どの影踏みは消滅した。僕は彼女を絶対に殺さない。あんな奴らと同じにするな」

「ならば、何故影になっていた?それが立派な証拠だろ」

「エネルギーを奪っているのに変わりはない。今すぐ彼女を解放しろ」

「お前達に僕と彼女を話す理由はない。影踏みを滅ぼそうとするお前達に、これ以上彼女に触れさせはしない。綺麗な彼女を汚すことは、僕が許さない」

スッと立ち上がり、二人を睨みつける。


シュルシュル。


カゲフミの足元から、無数の太い影が彼を取り囲むように姿を現す。

影は威嚇するように先端を二人に向け、カゲフミの言葉を待つ。

ユンとナアクは冷静。

カゲフミの言った通り、二人は影踏みを憎み、恨み、復讐を誓い、仲間と共に影踏みを滅亡寸前まで陥れている。

現在も、その活動は裏で行われている。

表では病原菌が無くなったと喜んでいるが、裏の努力は全くと断言していいほど知られてない。

内容があまりに残酷だからか、一般に公表不可な抹消方法だからか、理由は定かではない。

けれど、二人と仲間の活動は、世間に讃えられているのは確か。

また一体、影踏みが世間から削除されれば、大勢の生き物が喜ぶのも確か。


ザリッ。


ナアクは影に興味も恐怖も一切感じず、胸に秘めた感情は怒りのみ。

「お前ら影踏みは俺達の大切な者を殺し奪い踏み付けた!俺達はお前らがこの世界に一体でもいる限り、ただ削除(デリート)するだけだ!!削除削除削除削除削除ッッ!!!!!」

「ナアクの言う通りだ。お前が存在しているだけで、世間は怯え恐怖し泣き叫ぶ。お前さえいなければ、皆が平和なのだ。結論、お前の存在意義は無い!」

首の後ろで結んだ髪を肩から背中へ払い戻し、ユンはナアクの一歩前に出る。

眉間に皺を寄せるカゲフミを馬鹿にした顔で指差し、ハンッと鼻で笑った。

カゲフミ自身への侮辱を、彼女は一度も口にしていない。

頭の中では散々罵ったり拒否したり殺そうとしたりしているが、侮辱する言葉や行動は皆無に等しい。

だからこそ、カゲフミは腹立たしさに己の影をどんどんどんどん刃物のように鋭くさせていく。

鈍い光を放つ影が数を増やす。

今か今かと目の前の人間を殺すタイミングを伺う動きをする影。

二人がポケットから何かを取り出そうとした。

「カゲフミ、退きなさい」

「「!!?」」

「…わかった」

何処かから、あの女の子の声がした。

それはカゲフミに対する命令で、明らかに影踏みの食料である生き物が使える言葉ではない。

影踏みに影を奪われたのならば、大方の生き物は影踏みの命令に従う。

もしくはコントロールされる。

もし反抗などすれば、エネルギーを根こそぎ吸い取られ、即座に死体へと姿を変える。

だからこそ、表は影踏みを恐れているのだ。

だが、カゲフミは返事に少し間はあったものの、素直に頷いた。

このやり取りは、異常。

有り得ない。

人間が食用豚の命令に従うようなもの。

有り得ない。

目の当たりにした可笑しい現実に、二人は固まってしまっていた。


トプン。


「ま、待て!!」

カゲフミは影に沈んだ。

周りの影もカゲフミに合わせて根本の影に戻る。

最後に、川に投げた小石のような音をさせ、跡形もなく消え去った。

カゲフミがいた場所は、今は木箱と二人の影だけ。

ユンが石を蹴飛ばした。

「クソッ、逃げられた」

「今回は異例だ。影踏みに命令でき、従わせた生物は彼女が初めて。慎重にやらないと、またワセリのようになるぞ」

「わかってるさ…」

影踏みで失った親友の名を聞き、ユンは拳を握りしめた。

ナアクは無線で誰かに連絡している。

ユンとナアクは、温和でいつも二人の間にいたワセリとの日々を思い返し、この強い悲しみを復讐の糧にした。



「メチュ、もう大丈夫だよ。目を開けて」

メチュ、は私の名前。

久しぶりに呼ばれた気がしたが、一週間前に母親が遊びに来て、その時に何回も名前を呼ばれたから…そうでもなかった。

母親は他の兄弟姉妹の様子もちょくちょく確認しているらしい。

長男が前に教えてくれた。

肩を軽く揺さ振られ、そっと目を開ける。

そこは私の住家だった。

私はベッドに横たわり、手にはユルユルの包帯が巻かれ?ている。

影をちらっと注意すると奴の足先に繋がっていて、私はまた影を奪われたらしい。

若干、微妙に体が重く感じる。

あの時が別離するチャンスだったかもしれない。

…しかし、一応助けてもらった身。

今回は諦めるとするか。

またチャンスはある。

変な人間抜きのチャンスが。

「大丈夫ー!?」

「包帯がヘロヘロです。巻くなら巻いてください。後、頭上で煩くしないでください」

「色々ごめんね!?下手くそでごめんね!?巻き込んでごめんね!?煩くてごめんねー!!?」


パコーン。


「グフッ!?」

野郎の顎に綺麗にアッパーが入った。

勿論、殴ったのは私よ。

口で言ってわからん奴は暴力で訴える。

今、私が独断で決めた。

変更はない。

殴ったはいいが、お互い距離は決まっている。

顎を赤くさせた野郎は遠くに行けず、床に(固い土に)後頭部直撃。

ハッ、ザマァ。

日頃のお返しだ。

「イテデデデ…殴れるだけの元気があれば心配いらないね!?」

「もう一発欲しいですか?私は大歓迎ですよ」

「ちょちょちょちょちょ??!」

「…まあ、今回は借りがありますので、これでプラマイゼロです。ありがとうございました」

「へ?!」

握った拳の力を緩め、両手を掛け布団の上に乗せる。

ベッドに座ったままの状態で、野郎にペコリと頭を下げた。

驚く野郎、カゲフミ。

無言でずっと頭を下げ続ける私。

『お礼だけはちゃんとしろ』が母親の昔からの口癖である。

その母親も、私の祖母にあたるモグラにそう教えられたらしい。

祖母は誰に教えられたのか知らないけれど、きっと祖母の母親だと思う。

母親の口癖を素直に守っているのは、七兄弟姉妹でせいぜい四人。

私と長男と次女と末っ子。

長女と次男と三男は反抗的で悪さばかりしているらしい。

この前、次男が刑務所にいれられた、という噂を耳にした。

きっと馬鹿なことをしたんだろう。

通報した奴はグッジョブ。

にしても背中が痛い。

わたわた慌てる野郎が何も言わなきゃ、私はずっとこのまま。

顔を上げたら、きっと笑う。

ホッとしたからか、恐かったからか、痛みを我慢していたからか、理由は不明。

でも、最大の理由は何となくわかってる。

「メチュ、顔上げて…?!顔見えないのは寂しいよ!?」

「カゲフミさん、これからも私の影でいるのですよ」

「……メチュ?」

「貴方が影踏みだと、初対面の時から知っています。単独が危険ならば、私の後ろにいなさい。そうすれば、貴方はポックリ死ななくて済むでしょう。私を利用しなさい」

「…僕が君の影になったのは、メチュが初めてだったからだよ。初めてメチュが、死にかけた僕を君の影に入れて、助けてくれたんだ。

静寂が怖いならウザがられても喧しくするから。寂しがり屋なメチュの後ろにずっといるから。安心して、僕だけはメチュの近くにいるから。

これからも君の影だから、死ぬまで傍にいさせてね?」

「考えておきます」

「お願いしまーす」

そっぽ向く私とヘラヘラするカゲフミ。

私も少しだけ笑った。

これから一人で生きなくて済んだから。

今更一人とか不便だ。


コイツと一緒にいた時間は呼吸をするように当たり前で。

内心は悪態つくが、コイツが後ろにいるのが普通で。

触れてくる背中が密着してるのが、何となく好きで。

やっとコイツが煩い理由がわかってきて。

これからは、いや、これからも、私はこのままで在り続けようと思う。





――けれど、その決意はこの光景を眼前に、ガラガラと音をたてて崩壊した。

その時、一番最初に告げた言葉を私は後悔する。

オチが気にくわなかったので、最後を書き加え、再アップしました。

前の作品を見て下さった方、申し訳ありません。



ありがとうございました。

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