修学旅行は異世界へ
修学旅行3日目の自由行動の日。
レポート用の歴史ある神社観光のために、鳥居をくぐったはずだった。
「ここ、どこだ…?」
田舎の風景が続いたひらけた場所に出ていて、班員の4人で顔を見合わせた。
作り物みたいな石造りの家が、何軒か離れて並んでいる。
「おーい、お前ら〜!」
少し離れたところから声をかけられて振り向くと、真っ黒なマントのようなものを羽織っている人が手を振っていた。
「こっちにくるよ」
「無視した方がいいんじゃない?」
「でも、ここがどこか訊かなきゃ」
「そんなんスマホで調べればいいよ」
スマホでマップを出しても、地図すら表示されなかった。
「圏外?」
たいして仲良くもないあまりもので組んだ男女2人ずつの集まりは、もう一度顔を見合わせた。
今度は互いの目が合った気がした。
そして、たぶん全員ひやりとした不安に煽られた。
「そこのお前ら、見ない格好だな。こんな田舎で何してるんだ?」
黒いマントの人は近づいてくるなり、制服を不思議そうに眺めた。
銀の長髪に、無精髭。
言葉は通じるのに、どう見ても日本人ではない。
ジリリと後退りそうになった時──。
「んあ?お前ら、この世界の人間じゃねえな。どうした、迷ったか?」
銀髪の男は4人をじっくり見てから、なんでもないことのように言った。
「………は」
「異なる世界の人間のことをこっちじゃ『移り人』って言うんだが、お前らそれだな」
さも当然のような口調に、修学旅行生は戸惑うだけだ。
こちらは修学旅行で京都を回っていただけだ。
異世界なんて、来たくて来ていない。
「なんで、俺らが違う世界から来たってわかるんですか」
「お前ら全員、魔力を感じないからな。俺はこれでも魔法使いの端くれだ、魔力くらいは感知できる」
「魔法があるって言うんですか…?」
訝しげに訊いたにもかかわらず、男は楽しそうに笑った。
「あるよ、ほら」
片手を差し出すと、そこに炎を灯してみせた。
手のひらの上で、火が踊っている。
手品でなければ、魔法で間違いなさそうだった。
息を呑んだり、瞬きしたり、それぞれ違う反応を見せたが、誰も何も言えなかった。
これは、本当に異世界に迷い込んだのかもしれない…。
「昨日、新月だったろ」
「…そうだっけ」
「確かそうだったよ。ホテルから見た時、星がよく見えたもん」
「世界によっちゃ、新月の周期が違うんだけどな、被った時はゲートが開くんだよ」
「ゲートって、異世界を繋ぐ的な…?」
「そ。新月前後は開きっぱなしの時もある。それに巻き込まれて、こっちに来たんだろうな」
銀髪の男は炎を仕舞うと、近くの家を指差した。
「とりあえず、うちに来るか?移り人なら、当てもないだろ」
「私たち、帰りたいんですけど…!」
「わかってる。でも、夜まで待ってくれ。ゲートを確実に開くのに、俺の魔法だけじゃ足りないから」
「帰してくれるんですか?」
「ああ、それも魔法使いの仕事だ」
男は、「俺はイーサ、よろしく」と名乗って、ニカリと笑った。
イーサの家に招き入れられて、紅茶のようなものを振る舞ってもらっている。
果たして、飲んでいいものなのか、誰も口をつけない。
せっかくの修学旅行がどんよりした気分だった。
元々、クラスで友達のいないもの同士が組んだようなもの。
はじめから楽しみではなかったが、もっと気持ちが重くなっている。
「元気ないね、お前ら。心配しなくても、ちゃんと帰してやるぞ?」
「…本当に、帰れるんですかね」
「夜の方がゲートが開きやすい。そのための準備を今からするんだよ」
「手伝えることはありますか?」
「んー、そうだな。魔法が使えないとなると、厳しいな」
イーサは髭をボリボリ掻きながら、バケツに入った大量の石を持ち上げた。
宝石のような、鉱物のような、色とりどりの石たちだった。
「綺麗ですね」
「これは、魔石。お前らの世界には、あるか?」
「僕らの世界に魔法はないですよ」
「それもそうか。魔法がねえのに、生きてくのは不便そうだな」
「そうでもないですよ、色々発展してますし」
そう言って、1人がスマホを出した。
イーサは、睨むようにスマホを見た。
「なんだ、その薄っぺらい板」
「便利な道具、ですかね」
「…そういや、スマホって使えるのかな?」
「さっき、マップは出なかったけど」
「とりあえず、先生に電話してみる?」
「俺がかけるよ」
班長が緊急連絡先の担任教師に電話をかけてみたけど、通じなかった。
画面に表示されるだけで、コールはできない。
「…ダメか」
「スマホの意味ねえ…」
「あれ、待って。あたしたちの間では連絡、行けるよ!?」
修学旅行のためにグループチャットを作っておいたが、そこにはスタンプなりメッセージなりが送れるようだった。
4人はスマホの同じ画面を開いて、送り合ってみる。
今日が一番グループチャットが動いている。
「同じ世界にいれば、通じるんだ…?」
「意味ないね」
「まあ、はぐれたら最悪使えるよ」
「…みんな、どこにも行かないでね!?」
皆無だった結束力が上がっていく一方で、イーサは目を輝かせてスマホを見た。
「なんだ、それ!?その板で、連絡が取れるのか!?」
「はい、本当なら連絡先を知っている相手のスマホにメッセージを飛ばせたりするんですが…」
「同じ世界にいないと、厳しいみたい」
「へえ〜!?お前らも、魔法みたいなのが使えるのな!面白え〜!」
イーサは目を輝かせると、ニコニコしながら言った。
「それ、分解してもいいか?」
「「「「ダメですっ!!」」」」
ゲートを開く魔法陣を描くために、イーサは庭に出た。
4人はイーサの手伝いで、魔石を並べることになった。
「魔法陣は描けねえだろうけど、魔石はこの本の通りに並べてくれればいいから」
「扱ったことないのに、触っていいんですか…?」
「弾けたりしないから、大丈夫だぞ」
「…なんか、間違えちゃいけない化学実験みたい」
「わかる、緊張してきた」
4人は、石を一つ一つ確認しながら、魔法陣の周りに置いていく。
「それにしても、お前ら転移先が王都じゃなくてよかったなあ!」
「王都だったら、まずいんですか?」
「移り人は、文明に進化をもたらす存在と言われているからなぁ。貴族位でも与えられて、囲われたんじゃねえかな」
「…っ!?」
「定住する気はないんだろ?」
「ないですっ!」
「じゃあ、よかったな」
「イーサさんは、私たちのこと、帰していいんですか…?」
「もちろん!匂いが違うからな」
「匂い?」
変な匂いでもするんだろうか、と1人が自分の腕の匂いを嗅いだが、イーサは首を振って笑った。
「違う違う、お前らはいい匂いだよ。そうじゃなくて、移り人には、移住したくて来たやつとただ巻き込まれたやつがいるからな。お前ら4人とも、移り住みたい匂いがしてない」
「そんなことまでわかるんですか」
「魔法使いだからな」
「魔法使いって何者…?」
首を傾げる4人を見て、イーサはくつくつ笑いながら、魔法陣を描き上げていった。
そうして日が暮れるまでに急ピッチで仕上げた準備が間に合い、夜を迎えた。
昨日が新月だったとわかるほど、微かな線みたいな月が見えた。
「おもてなしもできなくて悪かったな」
「いえ、僕らこそ突然来たのに、ありがとうございました」
「旅行してたんだったら、ここら辺を案内すりゃよかったなあ」
イーサは魔石を4つ取ると、それぞれの手に置いた。
「大した土産にもならないけど、持っていきな」
「…私たちの世界で、発動したりしませんよね?」
「守りぐらいには、なるんじゃね?」
テキトーすぎて不安になるが、なんとなく力強かった。
「よし、全員魔法陣の内側に入んな。出たらダメだぞ?」
イーサの指示で4人は固まって、魔法陣の上に立った。
緊張が走り、固唾をのむ。
イーサは手をかざすと、呪文を唱え始めて、みるみるうちに魔法陣が光っていく。
バタバタッと制服の裾がはためいて、風が巻き上がっていく。
目が開けていられなくなるほど強くて、彼らの上で月が笑っていた。
「じゃあな、気をつけて帰れよ」
イーサの声がした途端、あたりは夕暮れに逆戻りしていた。
ハッとして見上げると、くぐった鳥居の下にいた。
どうやら、元の場所に戻って来られたみたいだった。
スマホを確認すると、16時で集合時間に迫っていた。
「夕方ってこと…?」
「みたいだな」
「帰って来られたのか…」
「やばい、集合時間!」
「というか、レポート用の観光してない…」
「終わった…」
「異世界のレポートなんて書けないよ〜!」
4人の手の中には魔石があったが、それをレポートに書くわけにもいかない。
後のことはひとまず置いておいて、駅まで走っていくしかなかったのだった。
修学旅行は、同じ世界内でお願いしたい…!
了
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