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外伝 その鋼は、かつて青空を指していた【ラナクロア編】

■ 



 剣が折れる音が、ひとつずつ、世界から消えていった。


 残骸は拾われない。


 惜しまれもしない。


 役目を終えた鉄が、冷えてただの塊に戻っていく。


 それでいい。


 ルクセン・パロエは、震える指先を軽く振った。


 こびりついた鉄の匂いを払うように。


 からからと、乾いた笑いが漏れる。


「――終わりさね」


 視線の先。


 勇者の手に残った一振りの剣がある。


 折れていない。


 欠けてもいない。


 陽光を跳ね返すその刃は、まるで呼吸をしているかのように、静かに脈打っていた。


 ――シーザル。


 ルクセンは、愛おしさと呪いを混ぜたような声を投げた。


「どうだい」


 軽い調子で。


 いつも通りに。


 ふざけた師匠を演じる、その裏側の震えを隠して。


「……その後は」


 一瞬。


 本当に一瞬だけ。


 勇者の傍らで、空気が歪み、“人の形”を取った。


 そこにいたのは、血の通った人間ではない。


 かといって、ただの冷たい鉄でもない。


 剣の姿ではないが、剣そのものであることは、痛いほどにはっきり分かった。


 かつて、誰よりも高く、誰よりも真っすぐに空を指していた男の魂。


「――問題、ないでござる」


 声は低く、短い。


 それ以上、何も言わない。


 言わなくていいと、互いに分かっている。


 次の瞬間、世界は無情に元に戻る。


 剣は剣に。


 空気は空気に。


 ルクセンは、肺に溜まっていた熱を吐き出すように、満足げな息を漏らした。


「そうかい」


 それだけで、十分だった。


 始まったものは、もう止まらない。


 ――手渡した瞬間から。


 あの重みを、勇者の掌が受け入れた瞬間から。


 儀式は、あの時すでに始まっている。


 受け取った者の、残りの人生すべて。


 歩む足跡、流す血、そしていつか訪れる最期。


 それが、ルクセン・パロエという女が組み上げた、残酷で至高な儀式だった。


 だから、選出に応じなかった。


 国などという小さな枠に、魂を縛り付けるわけにはいかなかった。


 だから、最後だと断言した。


 これ以上の命を、自分はもう持ち合わせていない。


 禁忌に手を染めたことも。


 弟子を剣に変えてしまったことも。


 その責めは、地獄まで持っていく。


 だが、悔いではない。


 悔しかったのは――


 ただ、それだけが堪らなく悔しかったのは。


 あれほど真っすぐに、剣の道を歩みたがっていた者が。


 誰よりも誠実に、その真髄を掴もうとしていた者が。


 運命という不条理に、歩みを止めざるを得なかったこと。


 その無念を、ルクセンは許せなかった。


 だから、剣にした。


 死なせるのではなく、生きたまま。


 終わるはずだった人生を、剣という永遠に近い形へ変え、無理やりにでも先へ渡すために。


 師としての、それが最後の暴挙であり、最大の慈悲。


 師は、もう得ている。


 弟子を救うという名目さえ捨てて、ただその命を輝かせるための場所を。


 それを、今日。


 その剣が、確かに誰かの運命を切り拓くのを、見届けた。


 ルクセンは、からからと笑い。


 しなびた手首を軽やかに振って、背を向けた。


「……いい剣人生さね」


 去り際は、いつも軽い。


 羽毛が風に舞うように、何も残さないふりをして。


 誰も知らない。


 誰も気づかない。


 だが――


 確かに、ひとつの儀式は、誰にも知られないまま、完了していた。

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