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二人の男  作者: 明家叶依
10/12

うさぎ

 某ショッピングモールの二階の端、プリクラを撮っているスカートの短い高校生や、学校帰りに大型機体のコインゲームで遊ぶ小学生で賑わっているゲームコーナーにて、出入り口付近のUFOキャッチャーの機械の前で、歯ぎしりをしながら顔を透明なガラスにこすりつけている170センチくらいの丸刈り頭と、少し後ろで「違う。そこじゃない。もっと手前を狙うんだ」と指導している180センチくらいのセンター分けの姿があった。



「何でとれないんだ」


 現金投入口に吸い込まれていった500円玉を取り戻そうと、私が人差し指を突っ込もうとしていると、「やめろ、やめてくれ。恥ずかしいだろ」と友が止めにかかり、少し落ち着いたのを見計らって私に友が尋ねる。


「あと、いくらあるんだよ」

「もうない」


 財布が空っぽだと、逆さにして見せた。1円たりとも入っていない。私は基本的に財布にはその時必要な分しか入れない主義で、今日の手持ちは元々1000円。半分は喫茶店のコーヒーで消えた。煽るように「お金を入れてね」と言うUFOキャッチャーのボイスに対し「ぐぬぬぬ」と睨む。うさぎのぬいぐるみは微動だにしない。


「金貸そうか?」


 友が短パンの後ろのポケットから折りたたみ財布を取り出し、私に無断で五〇〇円玉を現金投入口に入れようとする。


「待てー! 待てー!」

「びっくりした。なんだよ」

「これは私が自分で取らないといけないのだ。人の金でとっても意味がない」

「いや、今度返せばいいだろ」

「ちゃんと自分のお金を入れて取らねば、それは自分が取ったとはいえん! 取ってくる」


 ゲームコーナーの前のエスカレーターを下り、人々の往来をすり抜けて走る。外の駐輪場で自分のママチャリの鍵を解錠し、またがると同時にペダルを強く踏んだ。


 マンションの五階まで駆け上り、玄関扉を手前に開いて、音がしないようにゆっくりと閉じる。足下を確認すると、妻がよく履いている厚底の白いスニーカーが丁寧に置かれている。扉は閉めてあるが、リビングからテレビの音が聞こえてきた。気づかれないようにすり足で歩き、ゆっくりとリビングの扉を開く。


 視線の先に妻の後ろ姿を確認する。ソファーに腰掛けている。ガラスの丸いローテーブルの上に置かれた皿にはドーナツが二つ。その隣にコーヒーが入ったカップがある。換気扇の音も相まって私のこの忍者並の歩き、気配消しで、バレずに背後まで来る。ドラマも佳境に差し掛かっていて、主人公と、生き別れになった弟の彼女が自分の交際相手だったことを知るという、大事な場面。もちろん、私は視聴済みで、このドラマは残り10分ほどある事を知っている。


 私はしゃがもうと膝を曲げようとしたとき、ピキッと関節がなる。意味も無いのに両手で口元を押さえ、呼吸の音だけは漏らさぬよう努める。幸いにも妻はドラマに集中していて振り返らなかった。危ない危ない。私はこのまま一気に床に這いつくばり、服ずれの音に最新の注意を払って進んだ。


 ちなみにテレビの右手側にある扉が寝室だ。私は少しずつほふく前進で寝室との距離を縮め、ソファーの隣に来る。一瞬。ほんの一瞬。妻がどんな顔で見ているのかな、と気になり、私は顔だけを妻の方に向けた。


 視線が重なる。


「おかえりー。スパイごっこ?」

「うむ。ただいま……いつから気づいてた?」

「えー。玄関の扉開いたときかなー。私、耳いいんだよねー」

「ふむ。そうか。いや、忘れ物を取りに来たのだ」

「何か買いたい物でもあるの?」

「なぜお金だとわかったのだ⁉」

「いや、何となくだけど……あはは、私エスパーかも」


 妻は人差し指をえくぼにつけながら小首をかしげて微笑んだ。肩まで伸びたゆるふわパーマがふわりと揺れる。置いてあったドーナツを、綺麗なピンク色のネイルで施された左手の指先でつまむ。サクッとした音が耳に届く。全体的にチョコレートでコーティングされているドーナツだ。反対の手に持ち替えて、左手の指先に付いたチョコレートを舌でなめる。


「食べる?」


 右手に持ちかえたチョコレートのドーナツを私は見据えていた。


「いや、今お腹は空いていない。いかん、こうしてはいけない。すぐに戻らねば」


 私はバレてしまって、もうどうでもよくなり、立ち上がるとすぐに寝室のドアを左に開き、クローゼットの下に置いてある透明の収納ボックスの一番下を開けた。ドラマの音が流れているのに、後方には微笑みながら立っている妻の姿があった。茶封筒から取り出した1万円を自分の財布の中に入れる。


「これは、必要経費だ。無駄遣いをするわけではない」

「何も言ってないよー」

「では、行ってくる!」


 私が急いで玄関から飛び出ると、後方から扉の鍵を閉めた音が聞こえた。


 ショッピングモールのゲームコーナーに戻ると、騒がしい音に一瞬瞼を閉じてたじろぎ、友を探していると、待ちくたびれたようにソーダのアイスを食べている。右手には私が来るまでに取ったであろうUFOキャッチャーの景品が袋一杯にぎっしり詰まっている。


「待たせた。再開しよう」


 私は1万円札を店員さんに渡して1000円札に変えてもらい、その1000円札を両替機で500円玉にした。


 よし、いざ勝負だ!


「だから違うって言ってんだろ。押すのが早いんだって

 ああ違う。今度は遅い

 うう……。何て言えばいいんだ

 違う違う。あー今いまいま」


 2000円使っても、うさぎのぬいぐるみを挟むことすら出来なかった。ちなみに、今挑戦しているのは、確率機という奴で、三つのアームでぬいぐるみを掴んで取るらしい。

 友に教えてもらった。


「こうか?」

「違う」

「こうだな?」

「だから違う」

「こうだ。これだ」

「あー、まあ。今までで一番惜しいな」


 私が追加の500円を投入しようとしたとき、友が言った。


「なあ、何でそんな必死なんだ?」

「何がだ?」

「そのぬいぐるみに対してだよ。普通のうさぎのぬいぐるみだし、欲しいなら専門の店で勝った方が安く買えるだろ」

「これじゃなきゃダメなんだ」

「だから何で」


 私が500円を入れると、UFOキャッチャーの起動音が聞こえ、ボタンが点滅する。


「妻がこれを欲しいと言ったのだ。先日、一緒に買い物に来た際、ゲームコーナーを通り過ぎる時、このうさぎをかわいいと言っていたのだ。だから、取ってあげたい」

「……そうだったのか。なあ、俺が代わりに」

「だめだ! これは私が取らないと意味が無いのだ」


 友がボタンに触れようとしたとき、私は珍しく大きな声を出してしまったが、ここ特有のうるささのおかげで、音と混じれて消えた。


「そ、そうか! よし! 絶対取るぞ」

 友は前のめりになり、一層力のこもった声で言った。


「おー!」

 私も、力強く拳を上げた。


「こうだ!」

「よし、段々とアームが近づいて来たぞ」

「ほい。きた」

「あー。惜しい! せっかく掴んだのに」

「よし。こい」


 私が勢いよくボタンを押すと、ゆっくりとアームが下がっていき、うさぎのぬいぐるみの真上で止まった。アームが閉じると、うさぎが少し窮屈そうに挟まれ、そのまま上に戻り、来た道を戻っていく。


「「おお⁉」」


 私たちは今までに無い好感触で興奮し、お互いの両手を掴んで踊っていた。

 が、友は冷静になり、すぐに真顔になった。


「ここからが本番だ。そう簡単に取らせてくれないぞ」


 真剣な顔で友が言うと、私もつばをゴクリと飲み込んで見つめていた。

 しかし、友が言うような心配事は起きず、あっけなく取り出し口の中にポトリと落とされた。

 友は唇をすぼめ、驚いたように目を見開いた。


「お前……運いいな」

「や、やったー。やったー」


 私は取り出し口から救出したうさぎを右手に持ってウハウハと飛び回っていると、周りから拍手が聞こえてきた。集中していて気づかなかったが、色んな年齢層のお客さんに囲まれていたのだ。子供や大人の方。


「すげーガッツを見たぜ、嫁さん、絶対喜ぶぞ」

「いやー。いいもんを見た」


 口々に色んな言葉を掛けてもらった。

 どうやら私と友の会話が丸聞こえだったらしい。

 私は「ありがとう。ありがとう」と皆に感謝の言葉を贈りながら涙をながした。



 自宅に帰り、今度はバレないように扉をまた開く。靴があるのを確認して扉を閉める。すっかり夕食の時刻を過ぎてしまった。現在の時刻は七時三〇分だ。怒っているかもしれない。リビングからは焼き魚の匂いがしてきた。私はアジの開きが好きだ。バレないように、バレないように扉を開く。ダイニングテーブルに座っている妻の後ろから声を掛けようとすると、


「おかえり」

 とまた先手を打たれたから、ただいまという。


 私はぬいぐるみを後ろに隠したままソファーの方を大きく回り、自分の席に着こうとした。


「何隠してるの?」

「な、何も隠していないぞ。本当だ」

「怪しいなあ」


 妻が近づいて来て、私の後ろを覗こうとする。

 妻の方が動きが速く、その上狭い方に追いやられてしまい、ぬいぐるみを取られてしまった。


「これ……」

「ほ、ほら、この前欲しいと言っていただろう」

「え、そんなこと言ったっけ?」

「言っていただろ」

「えー。確かー。あ、うさぎだ。かわいい。くらいは言ったよ」


 うさぎの頭を撫でながら妻が言う。

 私は愕然としていた。


「なんと、あれは欲しいという意味では無かったのか」

「違うよー。漫画読みすぎ。

 でも嬉しい。ありがと」


 うさぎを抱きかかえている妻の姿を見て、取ってよかったと心の底から思った。

 さて、腹も減ったし、夕食でも食べるか、と席に着く。

 アジの開き、楽しみだ。

 手伝いをするか、とふと思い、私はもう一度立ち上がってキッチンに向かおうとすると、後ろから声が聞こえる。


「いくらでとれたの?」


 私は硬直した。


「す、数百円だ」

「えー。本当かなー」


 妻は足音を立てずに、私の前に来て、いつも通りの微笑みを浮かべる。しかし、どこか含みがあるように感じた。


「ろ…………6200……だ」

 私は自信なさげに答える。


「へぇ、六二〇〇円か。…………当分は喫茶店禁止だね」

「そ、それだけは勘弁してくれ。と、友との時間が」


 私がどれだけ頭を下げても許してはくれなかった。

 アジの開きがこんなに味がしないなんて初めてだ。

 あじだけに。


 ちなみに、アジと味を掛けたのだ。

 なんちゃって。


 ……はぁ…………。どうしよう。

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